『こといづ』高木正勝

●今回の書評担当者●文教堂書店青戸店 青柳将人

 沢山の植物達が強い色彩を放って、次から次へと芽吹いて花開いていく。それは画面という制限された枠組みを遥かに越えて、言葉ではない、何かとてつもなく大きな物事を訴えかけているように感じた。

 15年以上も前、高木正勝の強いイマジネーションを感じさせる映像作品に初めて触れた時、大きく感情を揺さぶられたのを今でもよく覚えている。

 本書は著者の初めてのエッセイ集だ。以前にも音楽作品に付随した絵本や文庫本、書籍としての映像作品はあったが、言葉を前面に押し出した作品は初めてだ。

 序盤は著者の思い出や創作にまつわる話が大部分を占めているが、住み慣れた街から山間の小さな村に引っ越しするのを転機に文章から肩の力が抜けていく。言葉が丸みを帯びてきて、自然と言葉が身体から出てきているのだろうなというのが伝わってくる。文章の変化というのは、その人の価値観の変化でもあると思う。著者にとって非常に貴重な時間が記録された作品でもあるという事だ。作中の挿絵を描かれている「たかぎみかを」さんの絵も、絵日記のような風合いの絵から、後半になるにつれてありとあらゆる生命の宿り木のような抽象的な絵が増え、行間から拡がるイマジネーションに豊かな色彩を添えてくれる。

 村に引越してきたばかりの頃は、都市との環境の違いに戸惑いがあったように感じる。けれど少しずつ身体が風土に馴染んでいくと、著者の関心事は自己から手のひらを伸ばした先へ、円の外へと拡がっていった。足の先に地続きに広大に広がっている大地や、大地を潤す雨を降らす空。空を飛び交い、自然のハーモニーを奏でる鳥達。その全ての事象を愛でていく中で紡がれる言葉は、子供のように無垢な純粋さと、壮年の大人の達観された知性が調和され、視覚から耳触りの良い語感になって届けられる。

 そして著者は土地を耕し、生命の巡りを肌で感じていく中で、小さな村のコミュニティの中で育まれる家族のような輪の中に身を委ねていく。ここには都市では決して経験する事の出来ないだろう、小さいけれどとても強固な強い絆が存在するのだ。

 こうして日本の風土を思い出させてくれるような季節の巡りを生活の営みを、著者が体現していく過程を追体験していくと、利便性ばかりを求めた結果、失われてしまった人と人、そしてあらゆる生命と人との繋がりが、書名通り、「こと(が)いづ」るように表現されているのが分かる。花開いて朽ちていった生命の轍は、連綿と続いていく生命のための肥やしとなって、永遠に受け継がれていくのだろう。

 本書の刊行によって、今までに多くの素晴らしい音楽や映像を生み出してきた著者の作品群のライナーノーツとして、いや、「高木正勝」という一人の人間を知るための、これ以上にない一冊となったのは間違いない。

 私達も本書を読んで、白く乾いた空気や、踏みしめる固い土の中で静かに眠っている生命の息吹の気配を感じながら、新たな年を迎えられたらいいなと思います。

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文教堂書店青戸店 青柳将人
文教堂書店青戸店 青柳将人
1983年千葉県生まれ。高校時代は地元の美学校、専門予備校でデッサン、デザインを勉強していたが、途中で映画、実験映像の世界に魅力を感じて、高校卒業後は映画学校を経て映像研究所へと進む。その後、文教堂書店に入社し、王子台店、ユーカリが丘店を経て現在青戸店にて文芸、文庫、新書、人文書、理工書、コミック等のジャンルを担当している。専門学校時代は服飾学校やミュージシャン志望の友人達と映画や映像を制作してばかりいたので、この業界に入る前は音楽や映画、絵、服飾の事で頭の中がいっぱいでした。