『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル』豊島ミホ

●今回の書評担当者●文教堂書店青戸店 青柳将人

  • 大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル (岩波ジュニア新書)
  • 『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル (岩波ジュニア新書)』
    豊島 ミホ
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『檸檬のころ』という10代の若者達を中心に描いた連作短篇集が映画化されているので、「豊島ミホ」という作家の名前を一度位はどこかで見たことがあると思います。

『檸檬のころ』に登場する少年少女達が背伸びをして大人と肩を並べようとしたり、等身大の葛藤を抱えたりしている姿に、10代の頃の自分や当時の同級生達を重ね合わせ、懐かしくも切ない感情に浸りながら読ませてもらった。著者は「檸檬のころ」の文庫本のあとがきの冒頭で、自身の高校時代についてこう語っています。

「私の高校生活は暗くて無様なものでした。卒業式のとき、もうここに通わなくて済むんだという事実に安心してボロボロ泣いたくらいです」

 あとがきを読み終えた後にパラパラと文庫本を読み返すと、どの少年少女達も今まで以上に愛しく、そしてなによりも著者のことが他人には思えない程にシンパシーを感じました。

 本書は著者が高校、作家時代に傷つき、そして植えつけられた憎しみや恨みと、どうやって向き合い、克服してきたのかという長い道のりを描いた作品です。スクールカーストやいじめ、人間関係で息苦しさを感じて悩んでいる人達へ向けたカウンセリング本という体を取っていますが、過去作の『底辺女子高生』、『やさぐれるには、まだ早い!』を読んでいる読者には著者の新しいエッセイ本としても楽しめると思います。

「他者から悪い影響を受けることを、自分は選ばない。悪いものを投げつけられたら、受け取らずに捨てる。いつも自分を大切にする」

 著者も上記の文章の前後に書いていますが、これが本書を読み進めた先の到達点です。文字で読めばじつに簡潔で短い文章ではありますが、著者はこの考え方に至るまでに10年以上の年月を懸けました。それだけ他者からの一方的な感情や、抑圧で植えつけられた固定観念を打破して抜け出すというのは非常に困難なことなのです。

「高校生の時、ぼんやり空想したことがありました。『大人の私が会いにこないかな』と。(中略)『大丈夫だよ!』、『こうなってるよ!』って、抱きしめてくれないかな、って。ばかみたいな空想ですが、次の瞬間にも本当になればいいのに、と結構本気で思っていました。今思えば、未来と過去とで呼び合って、私たちは本当に会えている気もします」

 この後半で語られている文章を読んだ私は、27歳の女性が高校時代にタイムリープし、高校生活をもう一度やり直す、『リテイク・シックスティーン』という作品を思い出しました。「あの小説を執筆していた時にも、きっとこういうことを思い出しながら書いていたんだろうな」と、行間から著者の心の奥を少し覗かせてもらったような気がしました。

 それはまるで著者の記憶の断片を散りばめて、過去の作品達が少しずつ顔を出してくれているかのように。長い間、足掻き、もがき苦しみ続けてきた軌跡を知ることで、より一層「豊島ミホ」という作家の魅力を感じられた気がしました。作家の限りなく生に近い言葉に触れると、こういった思いもよらない邂逅があるから、少し得した気分になりますよね。

「あなたの傷も痛みも、心からわかって全部引き受ける、それは主に未来の『幸せなあなた』の役割です。(中略)どんな状況に置かれていても、自分に許してもいい。それだけは、つらくても忘れないでいて下さい。」

 一人でも多くの読者が、この最後に書かれた著者から読者へのメッセージを読み終えた時、ほんの少しでも救われてくれたならいいなと思います。そして復讐や仕返しという意味ではなく、再挑戦、リスタートという意味での「リベンジ」に向かって踏み出し、「幸せなあなた」への道を少しずつでもいいから歩んでもらえたら嬉しいですね。

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文教堂書店青戸店 青柳将人
文教堂書店青戸店 青柳将人
1983年千葉県生まれ。高校時代は地元の美学校、専門予備校でデッサン、デザインを勉強していたが、途中で映画、実験映像の世界に魅力を感じて、高校卒業後は映画学校を経て映像研究所へと進む。その後、文教堂書店に入社し、王子台店、ユーカリが丘店を経て現在青戸店にて文芸、文庫、新書、人文書、理工書、コミック等のジャンルを担当している。専門学校時代は服飾学校やミュージシャン志望の友人達と映画や映像を制作してばかりいたので、この業界に入る前は音楽や映画、絵、服飾の事で頭の中がいっぱいでした。