『フジモトマサル傑作集』フジモトマサル

●今回の書評担当者●宮脇書店本店 藤村結香

  • フジモトマサル傑作集
  • 『フジモトマサル傑作集』
    フジモトマサル,名久井 直子,福永 信
    青幻舎
    2,970円(税込)
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「世界が滅びそうなのにわくわくする。」という穂村弘さんの帯コメントが秀逸すぎる。未収録も多数含む、フジモトマサルさん初となるベスト作品集です。
 亡くなられてからもう5年も経つのですね。本書に収録されているエッセイを読みながら、この人にも読み切れずに手元に置いたままの本達が沢山いたんだなと切ない気持ちになってしまった。

 少々ガサツなお父さんとこぐまのガドガド、思い通りの人生なんて詰まらないと悩み続ける若人ペンギン・スコットくん、東京から田舎に越してきたりんこちゃんとお父さんのオオカミ親子、夢の研究をしているアナグマ博士、鳥たちに不可思議な休暇に誘われる女性、回文で強盗、天然気味のかわうそ、年頃の女性である羊のドリーなど、作品の中では可愛らしい動物たちが当たり前のように二足歩行をして人間くさく生きている。
 こんなに可愛らしいイラストなのに彼らはどこか皮肉めいていて可愛くない。短編漫画の中にも必ずどこかに、人との擦れ違いや生きることの難しさ、死が身近にあるということが自然に描かれているように思えます。

 収録作品の中には藤野可織さんの短編集「スパゲティ禍」と共に、作品に添えられた挿絵もある。人間が突如文字通り"スパゲティ"になってしまう現象が起きて世界が壊れていくというかなり異様な設定の物語。フジモトさんの挿絵があることで、終末間近を描いた作品だというのに、明日にもこの現象が起こりそうな日常感すら感じてしまった。
 本書の中でも一番好きなシリーズが「アナグマ博士の睡眠研究所」。夢の悩みを聴き、ときには人の夢の中に入り込んでその人を助けたりもするアナグマ博士。彼自身も未だ「夢」という存在の謎を考え続けている。私も是非アナグマ博士とお話ししてみたい。たまに意味不明な夢を見ることがあるから...。

 フジモトマサル作品のもつ魅力。一見平穏な世界を描いていたりしても、次の瞬間自然の摂理のように世界があっけらかんと滅んでいそうな感じがします。「あれ? なんだろうこの不安さは」と感じながら読み終わったのに、何故かまた読み返したくなってしまう。うーん...うまく言い表せないのが悔しいのですが、ふとした時に目が合った野良猫の瞳のような、なんとも不思議な魅力です。

 本書に収録されたことによって「あの作品を読みたかったけど品切れで読めていない」と嘆いていた人の喜びの声も大きいのだそうです。この本をきっかけに、是非この可愛いのに可愛くない動物たちを知ってほしい。読む前の自分の中には存在していなかった、彼らが心の片隅にきっと住み着いてくれます。

 今日見る夢の中で、アナグマ博士とお話しできますように。

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宮脇書店本店 藤村結香
宮脇書店本店 藤村結香
1983年香川県丸亀市生まれ。小学生の時に佐藤さとる先生の「コロボックル物語」に出会ったのが読書人生の始まり。その頃からお世話になっていた書店でいまも勤務。書店員になって一番驚いたのは、プルーフ本の存在。本として生まれる前の作品を読ませてもらえるなんて幸せすぎると感動の日々。