『死体展覧会』ハサン・ブラーシム

●今回の書評担当者●本のがんこ堂野洲店 原口結希子

  • 死体展覧会 (エクス・リブリス)
  • 『死体展覧会 (エクス・リブリス)』
    ハサン・ブラーシム,藤井 光
    白水社
    7,573円(税込)
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 あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願いします。
 皆様はどのような年末年始をお過ごしになられましたか。年またぎ、もしくは新年一冊目の本は何になさいましたか。

 私は昨年の暮れ、新刊入荷の多いクリスマスの朝に、気合を入れて普段より一時間早く出社したら車に轢かれました。

 痛いのと辛いのと血が出たのと乗っていた原付のライトが割れたのとバックミラーが砕けた以外は無事に済み、そのままお店で一日働きました。
 眼鏡のつるが折れていても、顎から血が滲んでいても、案外とお客様にはバレないものです。不審人物として指をさされたら泣いてまうわ、と思っていたのでほっとしました。

 そんな思いがけない怪我、人生初の交通事故に遭遇した折に、ハサン・ブラーシム『死体展覧会』を読んでいる途中だったのは不思議な巡り合わせだったと思います。イラクから亡命した作家による戦争と暴力にまつわる短編集には、日常のなかで負うちょっとした痛みのことなど簡単に忘れさせるグロテスクなインパクトがありました。

 表題作である「死体展覧会」は題名そのまま、ただただ人間の死に様、殺し様を書き連ねた作品です。詳細の一切明かされない謎の組織による殺人行為は過激であればあるほど称賛され、陰惨さ非道さを構成員同士で争うように仕向けられています。粗筋といえるような粗筋はなく、寓意や教訓といったものは感じさせませんが、「自分には関係ない」、「興味がない」、「理解ができない」とは言い切ってしまえないと読者に思い知らせる力を持った物語です。

 生きている限りは、次の瞬間苦痛に満ちた意味のない死に叩き込まれる可能性を持ち合わせているのが自分の生命だと、毎日そんなことを思いながら暮らしていきたい人はそう多くはないと思いますが、たまにはこんな読書もいかがでしょうか。

 また個人的には、簡単に暴力をふるう全ての人間にこの短編を読ませて「おまえたちがやっていることの行きつく先はこれだからな」と言ってやりたい気分もあります。妙な言い方になってしまいますが、地に足のついた現実的な暴力、絵空事ではない残酷さという点でいえば、これほどの小説はなかなか見かけないと思います。

 収録作品のなかには、悲惨一辺倒なだけでなく、不思議な味わいを感じさせるものもあります。

「記録と現実」という短編では、諸々のテロ組織が世界に公開している斬首動画の執行人が、実は誘拐されてきた無実の難民で、はまり役として使い回しにされている同一人物だったという奇妙な物語が語られます。「アラビアン・ナイフ」はナイフだけ消してしまえる超能力者、その逆に何もない空間からナイフを取り出せる超能力者にまつわる不思議な話です。幾つかの作品には幻想文学のようなたたずまいがありながらも、どれも人間による野蛮な暴力に色濃く塗りつぶされている点で、とても珍しい作品集ではないかと思います。

 これからまだまだ寒い日が続きますので皆様お体に気をつけてください。

 寒空の下、集団で連行され服を剥ぎ取られ放水されて、そのままガス室で命を落とした人たちがいたという第二次大戦中の出来事を、夜道をたらたら寒がりながら歩いていると思い出すことがあります。きっと今の自分よりもっと寒かったろう。これから先、自分がそんな目にあうことがないとは言い切れない。それどころか自分がホースのどちら側にいるのかさえもわかったものじゃない、と考えると、生きているというのは本当に凄まじいことだなと思います。あんまり怖がりすぎず、出来ることはやって、少しの幸運を祈って、本を読みながら生きていきたいものですね。

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本のがんこ堂野洲店 原口結希子
宇治生まれ滋賀育ち、大体40歳。図書館臨職や大型書店の契約社員を転転としたのち、入社面接でなんとか社長と部長の目を欺くことに成功して本のがんこ堂に拾ってもらいました。それからもう15年は経ちますが、社長は今でもその失敗を後悔していると折にふれては強く私に伝えてきます。好きな仕事は品出しで、得意な仕事は不平不満なしでほどほど元気な長時間労働です。 滋賀県は適度に田舎で適度にひらけたよいところです。琵琶湖と山だけでできているという噂は嘘で、過ごしやすく読書にも適したよい県です。みなさんぜひ滋賀県と本のがんこ堂へお越しください。60歳を越えた今も第一線に立ち、品出し、接客、版元への苦情などオールマイティにこなす社長以下全従業員が真心こめてお待ちしております。