『幸福書房の四十年』岩楯幸雄

●今回の書評担当者●本のがんこ堂野洲店 原口結希子

  • 幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!
  • 『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』
    岩楯幸雄
    左右社
    1,375円(税込)
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「本があるかぎりは死ぬのはやめよう」と陰々鬱々登校していた学生時代から幾世霜(当時の日課は、教室に着いてすぐ、自分の机の四方に新潮文庫と岩波文庫で結界を張りめぐらすことだったという暗黒ぶりです。先生方からもばっちり無視されていました)、私は当時思い目指していた通りの真面目で熱心な本好きとして人生をおくってはいるのですが、偶然と幸運によって成り済ますことに成功した書店員という職業人としては、見所のないヘボ助です。

 こんな穀潰しを受け入れて働かせて養ってくれている本屋業界には感謝の念しかありませんが、最近のこの業界、だんだん元気も余裕もなくなってきて、自分が本屋でいられるのもあとどれぐらいだろうかと考えることが増えてきました。ほかの本屋さんたちはどんなふうに思って毎日を暮らしているのかが知りたくて、手にとったのがこの本です。すごく素敵な本だという評判は色んな所から耳にしていたのですが、それほど前情報を持たずにわくわくしながら頁を開いてみたら、「はじめに」の一行目でお店が閉店してしまいました。ちょっとショックでした。

 昔とある営業さんがおっしゃっておられたのですが、京都についての案内書や解説本が一番よく売れるのは、やっぱり京都市内の書店だそうです。その伝でいけば、書店についての本を読むのは書店員が多い、というのはありそうなことです。

 フィクション、ノンフィクション、漫画に小説、色々な物語に登場する書店を、自分の職場と比べてああだこうだと考えてしまう人も沢山いるでしょう。うちのめされるような高尚な指南本、そんなあほなと突っ込みを入れずにいられなくなるお花畑本屋さん小説、これは私かしらと深いシンパシーを抱かせる労働文学、これまでに色々な名作珍作が発表されてきました。そういうものはもういい、とおっしゃられる本屋さんもおられるかもしれません。書店員は貧しい。書店員は忙しい。書店員は意外と本を読まない。これもまた、よく言われることです。

 そんな暇も金もない本屋のみなさんに強く強く伝えたい。この際、本屋のみんなに伝わるなら、本屋じゃない人の方に向かっては言わない、ぐらいの勢いです。『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』を読んでみてください。私は読み終えるまでに二回泣いてしまって休憩をいれました。しかも三回読み直しても、それが何故なのかがよくわからない。この本は私には手が届かない理想の本屋の記録であり、その理想の終焉までもが描かれているからなのかもしれません。

 泣いてしまったと言いましたが、読んでいてとても楽しい本です。開店準備を済ませてから本に囲まれて朝ごはんとか、仕入れの時に「あの人がこれを買ってくれたらいいな」とか、レジの周りにメモがびっしりとか、開業時に名字が屋号になりかけるとか(うちは「田中書店」になるところだったそうです)、シフトは少数精鋭でまわっているとか、どれもこれも小さな本屋あるあるの連続です。それでいてときおりちらっとだけ見せてもらえる、丁寧で熱心で精確なお仕事ぶりには圧倒されるばかりで、思わず「先輩すごいです!!」と新入部員のような気持ちになってしまいました。

 そんな素敵なお店をきれいに畳まれたことも、本当にすごいと思います。本に挟み込んであった特典ペーパー(?)の「幸福書房最後の1日 2018年2月20日幸福書房閉店の日を記録しました。 記録:左右社」に、最終日に来店された方が「みんなが毎日これぐらい来てくれたらよかったのにね」とおっしゃられた台詞が掲載されています。店を閉めたことがある人は、みんな耳に、口に、したことがあると思います。何度聞いても心がしみいる台詞ですが、悲しいことばかり考えていてもどうしようもありません。

 気が楽になるようなことを考えてみましょう。この先何が起こるかはわからないけれど、たぶんきっと、私がいなくてもお店はまわるし、書店がなくても街は元気で、紙の本がなくなったとしても人間は栄えることでしょう。高くて遠いところからみれば、替えがきかないものなんて存在しないんだと思い込んで、楽天的に生きていきたいもんです。

 とはいえ、自分は低くて近い視点しか持ち合わせていないので、今後もこれまで通り本を愛して読むでしょう。電子書籍というものには触れたことがありません。私は時代遅れなうえに偏屈で保守的で、変化ということがすごく嫌いです。何かが変わってしまうぐらいなら、何も良くならなくていいんだとか言って、穴のあいた靴をずっと履いていて、雨の日にお店の床をべちゃべちゃにする迷惑な人間です(お客様、同僚のみなさん、いつも済みません)。私が死ぬまで紙の本を買いつつ読むだろうということと、紙の本がこれからたどる運命には何も関係がないと思います。

 本屋としてはどうしようもありません。日々の売上のために働く、自分の分際で手に負えない業界の将来どうこうは気にせず働く、愛して忠誠を尽くして働く、ご縁が途切れたら働くのをやめる。多分そうなるんだろうと思います。

 紙から電子へ、過渡期といわれる現在ですが、紙の本を手にとる毎日をおくっているみなさんは、どんなことを感じておられますか? 自分と本とは、どうなっていくと思っておられますか? 良かったら教えてほしいです。

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本のがんこ堂野洲店 原口結希子
宇治生まれ滋賀育ち、大体40歳。図書館臨職や大型書店の契約社員を転転としたのち、入社面接でなんとか社長と部長の目を欺くことに成功して本のがんこ堂に拾ってもらいました。それからもう15年は経ちますが、社長は今でもその失敗を後悔していると折にふれては強く私に伝えてきます。好きな仕事は品出しで、得意な仕事は不平不満なしでほどほど元気な長時間労働です。 滋賀県は適度に田舎で適度にひらけたよいところです。琵琶湖と山だけでできているという噂は嘘で、過ごしやすく読書にも適したよい県です。みなさんぜひ滋賀県と本のがんこ堂へお越しください。60歳を越えた今も第一線に立ち、品出し、接客、版元への苦情などオールマイティにこなす社長以下全従業員が真心こめてお待ちしております。