『花さき山』斎藤隆介・著 滝平二郎・絵

●今回の書評担当者●ときわ書房千城台店 片山恭子

  • 花さき山 (ものがたり絵本20)
  • 『花さき山 (ものがたり絵本20)』
    斎藤 隆介,滝平 二郎
    岩崎書店
    1,320円(税込)
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 昨年末のクリスマスシーズンに、60代半ばくらいと思しきご婦人が来店された。お正月に会う、来春小学生になるお孫さんに贈る絵本を見立てて欲しいとのこと。これぞ本屋の腕の見どころ、お薦めしてなんぼの商売をしているにもかかわらず、実はこの「プレゼント用に本を選んでほしい」というのが私は苦手だ。「何でもいい」と大抵の方々は仰るが、本当に何でもいいと思っておられるのは一握りで、どなたにも好みはある。その好みから外れた本をお薦めしてしまったが最後、落胆され、もうここへは足を運んでくれなくなってしまうかもしれない。そんなプレッシャーから何年経っても解放されない、頼りない店員で申し訳ないと思いながら、清水の舞台から飛び降りるつもりでお客様の前に歩み出る。

 目の前のご婦人を観察しつつ贈るお相手の性別・性格・好み・親御さんが本好きかどうかなどを尋ねながら、何冊か絵本を棚から抜き出して並べてみる。テイストの異なる数種類の中から興味を示された作品を見極め、更に棚から数冊の本を取り出す。擬人化された果物や野菜のキャラクターが描かれた華やかな絵本やユーモア絵本など、どれもストーリーがしっかりして人気のある作品だが、ご婦人の表情は芳しからず次第に焦りが生じてくる。そんなとき彼女の口から発せられた一言が私の心に火をつけた。「あなたの好きな絵本を教えてください。」

 覚悟を決めて一冊の本を棚から抜き出し、ご婦人の前に差し出した。
「少し古風な作品ですが、私が好きな絵本はこちらです。」
 一度見たら忘れない特徴的な切り絵の表紙。
 今回ご紹介する『花さき山』だ。

『花さき山』は、斎藤隆介氏が義民・佐倉惣五郎の逸話を基に創作した童話『ベロ出しチョンマ』が表題の作品集冒頭にあたり、滝平二郎氏が「この作品の世界にうちこんだ」ことで生まれた絵本とある(奥付「『花さき山』に添えて」参照)。

 小学校の入学祝いに、幼稚園の先生をしていた叔母から贈られた一冊だった。当時結婚前の叔母は、実家である祖父母の家から勤務先に通っており、彼女の部屋の書棚は宝箱のようだった。中でも『ねないこだれだ』と『うみべのハリー』は小学校にあがっても繰り返し読んでいた。本を送られた当初は長い文章を読みこなす力が備わっていなかったので、パラパラ眺めては閉じ、気の向いたときに取り出して数行読んでは放り出しの繰り返しだった。母が読み聞かせをしてくれようとしたが、何となくこの本は自力で読んでみたいと思い、断ったのを覚えている。叔母からすれば私に妹が生まれたのも、この本を贈るきっかけとなったのかもしれない。折に触れて読み続けてきた愛読書だ。


 主人公の<あや>は、山菜採りに入った山で迷い、花畑に迷い込み、山ンば(やまんば)と遭遇。いちめんの花たちに驚くあやは、この花々が何故咲いているのか、山ンばにその理由を聞かされる。自分のことよりもひとのことを思って辛抱すると、その優しさと健気さが花を咲かせるという。

 書店で働き始めてこの本と棚で再会したときは驚いたが、児童書はこうしたロングセラーが強いジャンルであるということを知った。1969年の初版から現在、当店の棚に並ぶ148刷を数えるまでに読み継がれていることが、その魅力を証明している。

 この山に咲く花々の美しさは優しさの象徴。人を思いやる気持ちは美しいと素直に感動した幼い頃の自分を忘れないで、と年を重ねた私に向けて本が語りかけてくる。

(最後に。この本をお薦めしたご婦人には、本書を店頭で読み終えた後、「こちらを頂戴します」と仰っていただけました。)

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ときわ書房千城台店 片山恭子
1971年小倉生まれの岸和田育ち。初めて覚えた小倉百人一首は紫式部だが、学生時代に枕草子の講義にハマり清少納言贔屓に。転職・放浪で落ち着かない20代の終わり頃、同社に拾われる。瑞江店、本八幡店を経て3店舗め。特技は絶対音感(役に立ちません)。中山可穂、吉野朔実を偏愛。馬が好き。