『海について、あるいは巨大サメを追った一年』モルテン・ストロークスネス

●今回の書評担当者●梅田蔦屋書店 三砂慶明

  • 海について、あるいは巨大サメを追った一年:ニシオンデンザメに魅せられて
  • 『海について、あるいは巨大サメを追った一年:ニシオンデンザメに魅せられて』
    モルテン・ストロークスネス,岩崎 晋也
    化学同人
    2,831円(税込)
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 沸き立つような興奮と、目の前に突如として広がる未知の世界。いままで人類がつむいできた神話や文学、古代地図を導火線に、次々と明らかになっていく未知のサメの正体──。

 サメについて名前以外の何も知らなかったことに、本書を読んで気づかされました。

 5億年以上のあいだに、地球上で5度の生物の大量絶滅が起きました。大陸の形を変えるほどの津波が発生し、地上の森林は燃え、酸性雨が降り注いだ海は亜硫酸のプールに。繰り返す環境の激変に、もっとも生命力にあふれた三葉虫も、栄華をほこった恐竜も生き残ることはできませんでした。

 しかしながら、火山の噴火や氷河期、隕石の衝突、寄生動物、細菌、ウィルス、海の酸性化といった大量絶滅の原因となったあらゆるすべての危機を乗り越えてきた生物がいます。それがサメです。

 サメの先祖は、恐竜が出現するはるか昔、4億5千万年前にはすでに海を泳いでおり、恐竜をはじめ無数の種がほろびたあとも「サメの時代」を築き上げ、繁栄しつづけました。世界中の海を泳ぐサメは500種にも及び、そのうちの半分がこの40年で発見されたばかりです。その生態には不明な点が多く、その中でもっとも謎につつまれているのが、巨大サメ、ニシオンデンザメです。

 学名は、somniosus microcephalus。
 鼻先は丸く、体型は葉巻のようで、胎生。北大西洋に生息し、北極の氷冠の下も泳ぎます。凍るほどの水温を好みますが、温かい水にも耐えられ、深海にもぐることもできます。寿命は、脊椎動物のなかでは突出した長寿で、400年から500年。成長は遅く、子どもを産むことができるようになるまでに150年かかります。全長7メートル、体重1100トンにもなる世界最大の肉食のサメ。泳ぐ速度は極端に遅く、赤ちゃんがハイハイするぐらいのスピードにも関わらず、有名な探検家ナンセンの調査によれば、その胃の中には、なんと自分よりも圧倒的に泳ぐのが速い、タラやアザラシ、クジラの脂肪などが発見されたそうです。

 この神秘のベールにつつまれた巨大サメの物語を子どもの頃に父親からきかされた芸術家と、その話に魅了された作家が、実際にこの不思議なサメを釣りあげようとした一年の記録が本書です。

 ニシオンデンザメが見たい。

 この子どものようなまじり気のない欲求を本気で実現しようとして、腐った牛の死骸を何度も吐きながら長さ20センチの釣り針にくくりつけて失敗し、気分転換にタラを釣りにいって遭難しかけ、何度も喧嘩し、それでも、どうしてもあきらめられず、自分たちの手でニシオンデンザメを釣り上げたい一心で、ちっぽけなゴムボートで海に乗り出していく二人。

 読めば読むほどに愛着がわいてくるのは、純粋にこの二人組が自分たちの人生を賭けて、本気でサメに挑んでいるからです。

「海はすべての源だ。はるか太古の波は、海辺の誰も入れない洞窟にこだまする小さなしぶきのように、われわれのなかを流れている。」

 エンジンを切って、あてどもなく漂うボートの上で交わされるとめどなく交わされる会話。詩のように美しい海への賛歌。沈黙が気づまりに感じられることなく、ただ目の前に途方もなく広がる海とサメと人間の物語です。

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梅田蔦屋書店 三砂慶明
梅田蔦屋書店 三砂慶明
1982年西宮生まれの宝塚育ち。学生時代、担当教官に頼まれてコラムニスト・山本夏彦の絶版本を古書店で蒐集するも、肝心の先生が在外研究でロシアに。待っている間に読みはじめた『恋に似たもの』で中毒し、山本夏彦が創業した工作社『室内』編集部に就職。同誌休刊後は、本とその周辺をうろうろしながら、同社で念願の書籍担当になりました。愛読書は椎名誠さんの『蚊』「日本読書公社」。探求書は、フランス出版会の王者、エルゼヴィル一族が手掛けたエルゼヴィル版。フランスに留学する知人友人に頼み込むも、次々と音信不通に。他、読書案内に「本がすき。」https://honsuki.jp/reviewer/misago-yoshiaki