『むらさきのスカートの女』今村夏子

●今回の書評担当者●宮脇書店青森店 大竹真奈美

  • むらさきのスカートの女
  • 『むらさきのスカートの女』
    今村夏子
    朝日新聞出版
    1,169円(税込)
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 あなたのご近所にもいなかっただろうか? 街の誰もがその存在を知っている、強烈キャラ人物。いわゆる名物おばさん、名物おじさんなどと呼ばれる人たちである。

 子どもたちは、彼らに大抵上手いことあだ名を付け、なにかと話題にして騒ぎ立てる。なんだか気がかりで目で追ってしまうあの人......胸の内に、なにかしら心当たりがある方もいらっしゃるだろう。

 作中には、いつもむらさきのスカートを穿いている「むらさきのスカートの女」と呼ばれる人物が登場する。街の誰もがその存在を知っていて、子どもたちは、ジャンケンをして負けた人が彼女にタッチするなど、罰ゲームの対象にして無邪気に遊ぶ。

 公園の一番奥のベンチが、彼女の定位置。そんな、むらさきのスカートの女を観察しているあるひとりの女が、作中の語り手である。あちらが「むらさきのスカートの女」ならば、こちらは「黄色いカーディガンの女」といったところであろう、と語り手は言う。

 むらさきのスカートの女が、自分の勤める会社で働くように仕向け、共に働きながら、むらさきのスカートの女をひたすら監視する、黄色いカーディガンの女。彼女は、むらさきのスカートの女を日々監視しながら、友達になる機会をうかがっている。そう、友達になりたいのだ。

 いつの間にやらその姿に釘付けになる。気がついた時には既に引き込まれている。違和感。確かにそこにある、不確かなもの。その不確かな何かが、ページが進むと共に膨張していき、悪い予感を生み出していく。

 そんな予感にまみれるほど、それを明確にするべく対処しようとするのだけれど、その術が見当もつかず、ただただうろたえる。何かがおかしい......何かがおかしいはずだ。はっきりとそう感じるのに、それが何なのか全くわからない。

 いや、本当に全くわからないのか? 本当は薄々気づいてるんじゃないのか? だからこそ危ういギリギリのところで、それが崩れてしまう瞬間を恐れて息を詰まらせているのではないのか?

 重力の不和。空気も心も張りつめる。最早、わからないのかどうかもわからないのである。奇妙なのに平然としたリアリティ。何かとんでもないことを、他愛なく綴ることの空恐ろしさがそこにある。

そして最後には、今まで見てきたものは一体何だったのであろうと愕然とする。
むらさきのスカートの女を監視する黄色いカーディガンの女。彼女のその語りを貪り読む自分は、さしずめ「グレーのシャツの女」といったところではなかろうか、と内面に沁み広がる恐怖。

 胸の鼓動は悪い予感を弾ませ、騒がしく鳴り乱れる。心許なく不安に付き纏われる、不穏低気圧。なんなんだこの気持ちは。知らずのうちに無礼に人を指差していたその指は、いつのまにかピストルを模して自分のこめかみに突きつけてられているかのようだ。

 ふと、むらさきのスカートが悪戯に翻る。

 いつだって、こんなとんでもないところに私を連れ出すのは、今村夏子さんだけなのである。

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宮脇書店青森店 大竹真奈美
宮脇書店青森店 大竹真奈美
1979年青森生まれ。絵本と猫にまみれ育ち、文系まっしぐらに。司書への夢叶わず、豆本講師や製作販売を経て、書店員に。現在は、学校図書ボランティアで読み聞かせ活動、図書整備等、図書館員もどきを体感しつつ、書店で働くという結果オーライな日々を送っている。本のある空間、本と人が出会える場所が好き。来世に持って行けそうなものを手探りで収集中。本の中は宝庫な気がして、時間を見つけてはページをひらく日々。そのまにまに、本と人との架け橋になれたら心嬉しい。