『歪んだ波紋』塩田武士

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理

 間違った情報の拡散がもたらす怖い世界を想像したことがありますか。自分がその被害者になったり、安易なSNSでの拡散で加害者に加担したりすることです。

 本書はそんな恐ろしい世界を思い起こさせる連作短編集です。

 単行本として発売される前に、その中の一話、「小説現代」に掲載された「ゼロの影」を読んでいたのですが、その時に去来したのは、これはそう、自分が熱中してやまない社会派小説にして、人間の悲哀が色濃く滲み出ている松本清張ではないかと。単行本の帯文に、松本清張は「戦争」を背負って昭和を描いたと書かれていますが、松本清張をリスペクトされていたようで、著者の想いは結実していたと思います。

 1話目「黒い依頼」は、明確な悪意がある虚報に、知らずに踊らされてしまう記者の話が書かれています。誤報と虚報、これはまた性質が全く違います。虚報により、2重の精神的苦痛をしいられた被害者。記者は被害者に許しを請い続け、被害者と対面し、許されたかなと思ったとき、そう紛れもない真実をみるのです。許されたわけではない。

 3話目「ゼロの影」。これは唐突な自伝が発売されたという新聞の記事から始まります。この記事はずっと宙に浮いたままです。自分の身近に起こった事件、その事件の犯人が、警察とマスコミによって野放しにされた。女性や子どもたちが、また被害を受けるかもしれない。その事情を知った時、調べていた自分に関わり、この真実が明らかになると、無数の悪意で自分の家族に襲ってくるかもしれないとしたら。心の許容量を超えてしまい、悲鳴をあげる事態が皮肉たっぷりに用意されていました。冒頭の記事は予想だにできないところで、繋がってきます。

 そして、5話目の「歪んだ波紋」で1~4話のすべてのパズルのピースがはまります。
 ある組織が真実を歪ませて革命をはかろうとしている。相賀という記者が何度か登場しますが、この記者に著者は何かを託したのではないかと思えます。

 元新聞記者の著者だからこそ言えた最後に確信をつく言葉がでてきて、大いに納得しました。

 本を閉じてまず思ったのは、SNSでリツィートする前に、ひと呼吸おき、自分の目でみる。どんな罠が仕掛けられているかもしれない。冗談ではすまされない私たちの運命をも直結、情報の世界の現代に警鐘を鳴らす、今まさに読まれるべき本だと思います。そして、このテーマの続編を待っています。

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ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
生まれも育ちも京都市。学生時代は日本史中世を勉強(鎌倉時代に特別な想いが)卒業と同時にジュンク堂書店に拾われる。京都店、京都BAL店を行き来し、現在滋賀草津店に勤務。心を落ちつかせる時には、詩仙堂、広隆寺の仏像を。あらゆるジャンルの本を読みます。推し本に対しては、しつこすぎるほど推していきます。塩田武士さん、早瀬耕さんの小説が好き。