『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』鴨居羊子

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理

  • わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい (ちくま文庫)
  • 『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい (ちくま文庫)』
    鴨居 羊子
    筑摩書房
    990円(税込)
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 このタイトルの情景を思い浮かべてみる。何か夢の出来事が起こり、見果てぬ世界へ誘われる予感が。
 ある出版社の方から、ぜひ読むべき名作として紹介された本である。

 新聞記者から転身、1955年「チュニック」という下着の会社を立ち上げ、時代の寵児となった鴨居羊子が書いた自伝。人形制作、絵画、文筆業にも秀でて、才能がほとばしる。表紙の人形は、鴨居羊子の作品である。

 1枚のピンクのガーターベルトに出会ったときから、夢が動きだす。新聞記者をやーめたで、飛び込んだ世界、下着を製造したこともなく、経理も無知、右も左もわからない、いちからの出発。

 紆余曲折はあったが、やりたいことをやり、自分の信念で挑んだ夢がかなっていく。起業、ものづくりをする人には推薦するのはもちろん、行動する前から自分をあきらめている人に、一歩を踏み出させる強烈なシャワーを浴びせ、後押しをしてくれているようだ。

 綴られる文章は説得力があるとともに魔法にかかったような美文、魅力満載。この書き手、湯水のごとく高揚を与えてくれる。

 鴨居羊子の言うところ、その時代の女性たちは下着に不自由しているが、不自由していると自覚していない。そんな彼女たちに指摘しなければならない。薄着で高価な外国製か白いメリヤス製品のみであった下着の世界を実用的でカラフルで美しい世界へと誘った。下着文化開眼。救世主である。カラフルな下着は、はしたないなんて言わせはしない。女性の意識改革だ。

 まず、初めの売り方も斬新で個性的、度肝を抜かれる。商売を始める前に、下着の個展を開催。世の中に何かを訴えてから、ウエーブを起こしてから、下着を売らねば。お金を儲けることだけがすべてでない。

 鴨居羊子を突き動かしたものは何か。
 閉塞感で生きづらくなっている女性たちを解放し、自分自身も開放されたかったのではないかと考える。

 そして、途中から読み手の自分の心模様に変化が生じてくる。
 私は私だ。しかし、このままではいつか、私は私でなくなるだろうという思いが私を苦しませた。女である前に人間であろうとしたけれど、恋愛もしたいし、女の一部で仕事なんてやってみせらあ。

 彼女の想いの吐露が見え隠れし、もうひとりの鴨居羊子が現れて、それが上書きされるのではなく、混ぜ合わさってくる。迷いと葛藤。

 鴨居羊子は確かに行動力があり、生命力に溢れているが、その一方、孤独で、夢見る女の子であったと。だから、惹きつけられてやまないのだ。彼女のなかに自分を見つけるから、共感し、心が揺さぶられる。人は大胆であり、繊細であり、太陽があり、陰がある。

 私は知らせたい。
 あなたの人生の先輩に、こんなに素敵な女の子がいたことを。

 本を閉じて、自分の過去、現在について想いを馳せる。
 大切にしたい本が1冊生まれた。

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ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
生まれも育ちも京都市。学生時代は日本史中世を勉強(鎌倉時代に特別な想いが)卒業と同時にジュンク堂書店に拾われる。京都店、京都BAL店を行き来し、現在滋賀草津店に勤務。心を落ちつかせる時には、詩仙堂、広隆寺の仏像を。あらゆるジャンルの本を読みます。推し本に対しては、しつこすぎるほど推していきます。塩田武士さん、早瀬耕さんの小説が好き。