But Beautiful(3)

 1月の終わり近くになってようやく必要な曲が全部できあがる。アルバムのための「森へ行きましょう」「ためいき小唄」「花散らしの雨」「あなたなしで」「ちょっとひとこと」「五十雀」「啓示」、そして伊勢神宮おかげ座から頼まれた2曲「はじまりのうた」(メロディのみ)「おかげの森」の全9曲。ブラボー!

 これまでこんなに集中したことはない。知恵熱が出そうだ。いやいや、まだアルバムができたわけではないのだ。気を引き締めよう。モードに入るというのはこういう感覚かなと思ったりした。
 歌詞はできあがるたび市川にメールで送って見せていたが、メロディも聞いてもらわねばならない。いよいよデモ録音にとりかかる。

 以前は、例えば前作「うたかた」の時などは、自宅でMD録音をして郵送で送るということをしていた。最近はCMの曲など短いものならiPadのボイスメモやICレコーダーで録音したものを、パソコンで送ってしまう。
 ピアノソロの弾き語りの曲であればわたしの宅録でも充分雰囲気は伝わるけれど、このたびはアンサンブルの予定なので、参加ミュージシャンの方々に音源を聞いていただく必要もある。うちの調子の狂ったピアノと、母の炊事の音が入った録音ではちょっと気恥ずかしい。さて、どこで録音するか。

 心当たりならある。安来市在住のギターの弾き語りのノグチアツシさんは家の二階の一室をスタジオにしつらえている。ピアノはないけれど、キーボードがあるのでデモ録音ができる。ここ何年かはジョイントライブをすることが多いので、よく練習に行ったりするのだが、その時、
「何か録音することがあったらここを使えばいいよ」
と言ってくれていたのだ。「何か録音する」ときはなかなか来なかったが、チャンス到来。スケジュールを聞くと、1月の終わり頃があいているという。

 2013年1月30日。「気をつかってくれるなよ」と言われていたけど、やっぱり悪いのでお菓子を持参してノグチさんの家へ行く。なんだかわくわくする。
 二階のスタジオに上がると、奥さんのえっちゃんがお茶を持ってきてくれる。えっちゃんはいつも上機嫌。この笑顔を見るとなんでもできそうな気がする。
「いよいよだね。まあ、好きに使ってやって〜」なんて、優しい言葉に感謝。

 思えば、誰かの世話になってばかり。ファーストの頃は修ちゃんと持田さんの熱血列車に乗って気が付いたら終点だったが、今回初めは市川で、次はノグチさんやえっちゃん。このあともミュージシャンのみなさんや、録音のZAKにはうんとお世話になることだろう。ジャケットも誰かにお願いして作らなければならない。一枚のアルバムができて誰かの手に届くまでには何人の手がかかることだろう。

 録音システムはパソコンなので、わたしには扱えないのだが、一人で歌いたいだろうと察して、ノグチさんは「REC」(録音)のスイッチを押すと部屋から出て行く。ノグチさんが階段をとんとんとんと下りきったところをみはからってピアノを弾き始める。1曲歌い終わると携帯を1回鳴らしてノグチさんを呼んでスイッチを切ってもらう、ということにした。このやり方、新しいのか古いのかよくわからない(多分古い)。

 歌詞を間違えたり、演奏をとちったりしない限りはそのままOKにして、ほとんどの曲をテイク1とか2で終えた。わたしは残念ながら全く同じ演奏を二度とすることができない。なのでテイクを重ねると選択肢がどんどん増えて、しかも、本番がまた違う、というような困ったことになってしまう。アンサンブルになればまた変わるので、出来はとりあえずおいといて、雰囲気が伝わるような演奏をこころがけた。

 この部屋、スタジオとはいっても防音にはなっておらず、夏は蝉の声やカエルの声、秋は虫の声が入り込むそうだ。風情は満点。けれど喜ぶわけにはいかない。防音ってミュージシャンにとっては問題なのだ。
 冬晴れのその日は、「啓示」を録音している時に、雀がわんさか庭にやってきていた。とりあえず歌い終えて、あまりの鳴き声にブラインドのすきまから外を見ると、あれは柿の木だったか、冬枯れの葉のない木に雀がまるで何かの実のように鈴なりに止まっている。冬なのにぷっくらしていてかわいらしい。
 雀のコーラス隊はノグチさん宅にあの一瞬、あの1曲のために、訪れてくれたようだ。おかげで「啓示」のイメージがとても印象的になった。

 ノグチさんは1曲ごとに階段を上ったり下りたりしてスイッチを入れたり切ったりしてくれた。何往復してくれたのだろう。スマートな体からさらにエネルギーを奪ってしまった。
「おまえ1曲録るのが早いなあ。下に降りたと思ったらすぐに携帯が鳴ったぞ」
「だって短い歌だし」
みたいな会話をかわしているうちに、録音はどんどん進んでいった。
 ライブ音源などが既にあるものは録音しなかったので、このたび書き下ろした曲ばかりでは1時間もかからなかった。

「ためいき小唄」という歌には自分の声を重ねて入れた。なかなか自分の声にハモりをつけるのは難しい。特にわたしのような独特な間で歌っているとあとで合わせるタイミングが取れない。
「自分に合わせるタイミングって難しいもんだね」
と言ったらノグチさんが
「おまえに合わせるのがどれだけ大変か分かっただろう」
とにやにやした。いつもコーラスしてもらってすいません。そうか、こんなに苦労をかけていたのだなあ。自分と合わせるのが大変なのではなくて、「わたしと」合わせるのが大変なのだな。こりゃまた失礼。

 録音した音源をすぐにもらって帰れるものだとばかり思っていたら、そこからノグチさんのミックスが始まった。家のピアノで適当録音していたわたしからすれば、ここで出来ただけで万々歳なんですけど。
「ミックスは簡単でいいよ」とか、「適当でいいから」
と言ってみたけど(腹も減ったし)、修ちゃんに輪をかけて几帳面なノグチさんは、音源をそのまま渡すのをよしとせず、それから6時間以上もかけてミックスをしてくれたのだった。デモ音源だというのに。

 結局えっちゃんが用意してくれた夕食までごちそうになって、音源ができあがったのは10時すぎだった。熱血くんの次は真面目くん。ほんとに男子ってすごい。つくづく自分の適当さが浮かび上がってくる。
 このデモ音源を送ったら、市川は何て言うだろう。どきどきする。
 冬の夜更け、車もまばらな国道9号線をできたての音源を大音量で聞きながら帰る。

 あくる朝デモ録音を市川にパソコンのアプリ、Dropboxで送る。返事は翌日すぐに来て、「いいですね!」と書かれている。
 やった。市川が喜んでくれた。
 さらに「これはすごいアルバムになりますよ」とある。ほんとかな。だとしたらうれしい。

 ここから市川と二人でどの曲を誰に発注してアレンジや演奏をしてもらうかを考え始める。恒例の春のツアーに発売記念としてニューアルバムを持っていくには、少なくとも3月中にレコーディングを終えなければならない。
「夜も昼も」の時のプロデューサー、大友良英さんにはぜひ参加していただきたい。けれど、大友さんはこのとき大変忙しそうで(4月から始まるNHKの朝ドラ「あまちゃん」の音楽制作にかかっておられた)、お願いのメールを出したら3月には予定がいっぱいで2日間しかあいてないとのこと。そのうち1日はわたしの都合が合わず、結局残りの日に合わせてレコーディングの日程を組んだ。

 3月の初旬には、歌手の畠山美由紀さんとのジョイントライブの湯布院と大阪でのツアーが入っている。3月29日はスクールMARIKOのプレイベントのコンサートを松江で企画している。スケジュール的には、レコーディングは中旬が望ましい。大友さんが都合をつけられる日が中旬だったのはほんとにラッキーだった。
 時を同じくして、コントラバスの水谷浩章さんにもメールを出す。ベースとしての参加ももちろんだけれど、今回は「ミシン」のストリングスのアレンジを水谷さんにしていただこうと思っていた。水谷さんが率いるフォノライトストリングスというバンドのアルバムを聞いたときから、わたしと市川の心は決まっていた。
 レコーディングに1日しか参加できないという大友さんとは、録音できるとしたらせいぜい3曲。あとは、水谷さんにがんばっていただくしかない。
 水谷さんからも快諾をいただき、またフォノライトストリングスのスケジュール調整もしていただいた。少しずつ少しずつ予定が詰んでいく。

 大友さんと、水谷さんにそれぞれデモ音源を送る。大友さんには「ちょっとひとこと」「啓示」「はためいて」。「はためいて」は昨年、郡山からプロジェクトFUKUSHIMA!のメンバーである森彰一郎さんを松江にお招きしてトーク&ライブをしたときに、森さんに何かお土産をと思いライブの前の日に急に思いついて書いた1曲で、昨年その森さんのはからいで大友さんと郡山でライブをしたときに、一緒に演奏させてもらったことがある。今回のアルバムに入れるか迷ったけれどやはり、今のわたしのアルバムには入れるべきと決めた。レコーディングするなら大友さんとと思っていた1曲だ。同じように迷っていた「遠い場所から」もピアノの弾き語りで入れることにした。

 水谷さんには「ミシン」「あなたなしで」「森へ行きましょう」「ためいき小唄」「ちょっとひとこと」のデモ音源を送った。フォノライトストリングスとしてと、ベース奏者としての二役分なので曲が多くなってしまったが2日間来れると言われたので、安心する。

 レコーディングは予算のこともあって3日間だけ。レコーディングエンジニアのZAKの都合もついた。ZAKのことは、「夜も昼も」の時に、大友さんに紹介してもらって以来、何かとお世話になっている。ZAKってかっこいい名前だけど関西人で、お笑いのツボなど何かと気が合う。
 大友さん、水谷さん、ZAKのスケジュールがとれたことで、なんだかアルバムが完成したような気持ちになった。それだけみな忙しい人たちなのだ。

 大友さんからの提案で、ハーモニカや、メロトロン、それからアコーディオンも弾ける近藤達郎さんにも声をかける。近藤さんは、「あまちゃん」バンドの中でも中心的な活躍をしている方だ。
 近藤さんとは、ツアーでご一緒したことはあるが、アルバムに参加していただくのは初めて。ピアニストとしてもとても尊敬する物腰の穏やかな紳士だ。鍵盤の魔術師の近藤さんがいるなら百人力だというわけで、急いで連絡をとって、レコーディングにお誘いして快諾をいただく。

 2月のある日東京で水谷さんのフォノライトストリングスのライブがあるとツイッターで知り、市川に伝えたら見に行ってくれた。そこにゲストで出ていたドラマーの外山明さんを見てひらめいたのだそうだ。
「浜田さんと外山さんのドラムのコラボを見てみたい!」by市川。
というわけで、その場でオファーをし、外山さんもご一緒できることになったとのこと。
 これで役者がそろった。Aチームだ。最強な気分だぜ。ふふふ。

Song of 「But Beautiful(3)」
「ためいき小唄」from Album「But Beautiful」(2013)