9月16日(水) あなたに褒められたくて

 今週末に集英社文庫から、北上次郎著『勝手に! 文庫解説』が発売になる。これは、依頼もされないのに文庫解説(大沢在昌『絆回廊 新宿鮫10』から、ジョージ・R・R・マーティン『炎と氷の歌』までの日本14篇、翻訳16篇)を書いてしまい、それを一冊にまとめたものだ。

 その内容については本文を読んでいただきたいが、この文庫本の巻末に、池上冬樹、大森望、杉江松恋、そして北上次郎の4人が文庫解説のもろもろについて語り合う座談会が載っている。その中で、これまで自分が書いてきた文庫解説の「自薦ベスト3」をそれぞれが発表し、なぜそれを選んだのかという理由も語っているのだが、少し補足したほうがいいかなと考えている。

 私はその三冊のなかに、宮部みゆき『魔術はささやく』を入れていて、その理由について次のように語っている。

『魔術はささやく』(1993年1月新潮文庫)は初めて褒められた解説だから。新保(博久)教授と、音楽雑誌「ロッキング・オン」では、音楽を語るのは難しい。この場所でどうしてドンと太鼓の音が鳴る必要があるのかを言葉にするのは難しいが、この解説はそれに成功していると、音楽系の記者が書いてくれてびっくりした。

 この後段については当欄で書いたことがある。その「ロッキング・オン」社発行の「SIGHT」では2001年から大森望と書評対談をやっていて(単行本も何冊か出ている)、その最後の担当者H君と飯を食っていたとき、昔、「ミュージックマガジン」におれの解説を褒めてくれた記事が載ったんだよと話をしたら、H君がそれ、「ミュージックマガジン」ではありません、「ロッキング・オン」ですと言い、なんで君はそんなことを知っているのかと尋ねたら、そのコラムを書いたのはぼくです、と告白されたという顛末は以前書いたのでそれ以上の補足は不要だろう。補足が必要だな、と思ったのはシンポ教授が褒めてくれたという前段だ。
 わし、褒めたことないで、と教授はおっしゃるかもしれないので、やはり補足を加えておきたい。

 何の雑誌だったかは忘れた。どういう趣旨の座談会であるかも覚えていない。とにかく日本ミステリーのベスト作品を選ぶ企画だ。教授を始めとするミステリー評論家数名が集まって、選んでいくのだが、宮部作品から何を選ぶのかという段になったとき、教授が『魔術はささやく』を選んだのである。えっ、と驚いたのはその先だ。
 その理由について、「文庫解説がいいですから」と教授が発言したのである。

 正直に書くけれど、すごく嬉しかった。実は褒められることなど滅多にない。書評を書き始めて四十年になるが、具体的に褒められたのはそれが最初である。文章で書いたわけではなく、座談会での発言であるから、あるいは教授は覚えていないかもしれないが、間違いなく教授はそう発言した。いい年こいて恥ずかしいが、褒められると嬉しいのである。そのことに気づいたので、私、最近は他人を素直に褒めることにしている。
 その座談会でも、次のように発言している。

北上 大森はね、上手いときは上手いんだよ。俺は日本一だと思う。でも手を抜くときがあるの。小説がつまらないと、明らかに褒めないんだよ。ある意味では正直なんだけど。

 大森の文庫解説は日本一だ、と褒めたつもりだったのだが、今読み返すと余計なことを付け加えていて、これでは褒めたことになっていない(笑)。困ったものである。