2月2日(火) いまいちばん面白いエッセイ

  • 小説宝石 2016年 02 月号 [雑誌]
  • 『小説宝石 2016年 02 月号 [雑誌]』
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 亀和田武が「小説宝石」で連載している「夢でまた逢えたら」は、あらゆる雑誌の中でいまいちばん面白いエッセイだ。「小説宝石」が届くと真先にこのページを開くのが最近の習慣になっている。2016年2月号で、この連載は52回。つまり4年以上続いていることになるが、単行本も1冊まとまっている。書名はずばり、『夢でまた逢えたら』(光文社)だ。それも群を抜く面白さだったが、この1年くらいはもっと素晴らしい。このエッセイは最近ますます冴えまくっている。

 たとえば2月号の第52回は、「女嫌いなんだよ、実は俺。こんな文章を目にしたら、私を知る人間からは失笑が漏れるに違いない」との一文から始まっている。最近は、会わなくなった男友達のことを思い出す機会が増えた、というのだ。その一人が大学時代の林屋くんで、ここから音楽の話が始まっていく。

 五〇年代後半から六〇年代半ばまでの、日本語バージョンのポップスに的を絞ったディスコグラフィー『資料・日本ポピュラー史研究』の巻頭に、亀和田武が「糞いまいましいビートルズ」というエッセイを寄稿したこと、それを大滝詠一がラジオで紹介した際、ダニー飯田とパラダイスキングに在籍した佐野修が、スティーブ・ローレンスの「悲しきあしおと」をこんなふうに歌っていた、とカメワダさんは書いているんですね、と愉快そうに喋ったこと。それはこんなふうだ。

 ろーして あのこわん うぉくに サヨナラとぉん 
 いいって しまったのん よぉるも ねむれない~ん
 かえぇってん おくれん

 そのころ亀和田武は「野性時代」に、「漣健児、そしてスウィート・ミュージック」など、日本語バージョン全盛期へのオマージュを捧げた短文エッセイ三本を書いたこと。その趣味が共通していたので林屋くんと仲良くなったこと。そして、こう書いている。

 ある日。林屋くんが、私の家に泊まりにきたとき「これ、カメワダに」といって、一本のカセット・テープを渡してくれた。シリア・ポールの「夢で逢えたら」や、先述した高松秀晴のデビュー曲「山小屋の少女」「星は泣いちゃいやだ」、さらには麻生京子「ハンガリア・ロック」、倉光薫「クライ・クライ・クライ」など、六三年以来、聴くことのできなかった曲がマクセルの46分テープに、まるで腕利きのDJが編集したように、上手に配列されている。

 そして6ページのエッセイは次のように締めくくられる。そうか、いいのかな、こういうふうにエッセイのラストを紹介するのって。私の下手なダイジェストを読むよりも、亀和田武の味わい深い文章で読むほうが遙かにいいと思うのだが、しかしこのエッセイがなぜ素晴らしいのかを語るためには、ラストの紹介は欠かせないのでお許し願いたい。

 世界に一本しかない私だけのテープだ。古いダンボール箱の中から、林屋くん作成のテープを見つけたのは二年前だ。夢で逢えたら。そうか、シリア・ポールの歌を何百回も聴いていたから、この連載タイトルを「夢でまた逢えたら」にしたんだな。やっとそのことに気がついた。

 絶品のラストとはこのことだ。うまいよなあ。「やっとそのことに気がついた」とはいろいろな人のエッセイで読むが、本当はもっと前に気がついているだろ、と思うことが少なくない。ようするに、文章上のテクニックであることが少なくないのだ。しかし亀和田武の場合、以前から気がついていたら、もっと前にこのことは書いているだろう。なんといっても、この連載エッセイは52回なのだ。おそらく古いダンボール箱が出てきて、その中にあった林屋くんのテープを久しぶりに聴いたとき、つまり二年前に、亀和田武は連載タイトルの裏に、シリア・ポールの歌があったことに気がついたのだ。「やっとそのことに気がついた」というのは、文章上のテクニックではなく、本当だと思う。私が驚くのは、ダンボールを発見してから二年間、このネタを寝かせたことだ。私ならすぐに書きたくなる。しかし亀和田武はこのネタだけでなく、すべてをこのように熟成するまで待つのである。エッセイに深みと独特の味わいが生まれているのは、そのためだ。

 大事なことを書き忘れた。実は私、音楽に無知である。だからこの第52回の「夢でまた逢えたら」に出てくる音楽に関する固有名詞はまったくわからない。しかし、阿佐田哲也の『麻雀放浪記』が麻雀を知らない人にも面白いように(何人もの人からそういう証言を聞いた)、亀和田武のエッセイは音楽に無知の人間にも面白いのだ。それが、阿佐田哲也の、そして亀和田武の、言葉の力である。20年ほど前だったか、亀和田武が『1963年のルイジアナ・ママ』という本を上梓したときのことを思い出す。あのときは、LPを買いに走ったが、今回は音が聞こえてきた。

 ろーして あのこわん うぉくに サヨナラとぉん 
 いいって しまったのん よぉるも ねむれない~ん
 かえぇってん おくれん

 そうか、もう一つ書いておく。いつかの回で、バラエテイ・ブックを制作中であると亀和田武は書いていた。さまざまなところに書いてきたエッセイをまとめた本だ。その本の中に、「糞いまいましいビートルズ」も、「漣健児、そしてスウィート・ミュージック」も、収録されるのだと思う。おお、早く読みたい。