2月27日(月)大正・昭和の鳥瞰図絵師・吉田初三郎

  • 吉田初三郎のパノラマ地図―大正・昭和の鳥瞰図絵師 (別冊太陽)
  • 『吉田初三郎のパノラマ地図―大正・昭和の鳥瞰図絵師 (別冊太陽)』
    吉田初三郎
    平凡社
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  • 美しき九州―「大正広重」吉田初三郎の世界
  • 『美しき九州―「大正広重」吉田初三郎の世界』
    啓一郎, 益田
    海鳥社
    2,530円(税込)
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 週刊ギャロップの1月15日号から連載の始まった石川肇「馬の文化手帖Season2」が面白い。文学者と競馬のかかわりを描くエッセイで、「Season2」とあるのは、「Season1」を2015年秋から2016年春まで連載していたからだ。前回の連載も面白かったが、久々に連載が再開したのである。今回の「2」の特徴は、文学者と競馬場のかかわりを描くことに特化している点で、だから今はなき古い競馬場が次々に出てくる。

 話は突然変わってしまうけれど、グリーンチャンネルに「競馬ワンダラー」というドキュメント番組があった。いまも再放送をしているけれど(再々々々々かもしれない)、これが超面白かった。北海道から沖縄まで、日本各地にあった競馬場の跡を旅する番組で、日本全国にこんなにも多くの競馬場があったことに驚く。その形がまったく残っていないところもあるが、中には走路のかたちが、というよりもその名残りが残っているところもあり、そういうのを見つけると番組MCの浅野靖典が「いいカーブですねえ」と必ず言うのもよかった。

 この浅野靖典は『廃競馬場巡礼』(東邦出版/2006年)という著作があるように、競馬場の跡地をめぐることを愛しているのである(その『廃競馬場巡礼』の弟2弾がそろそろ書かれてもいいように思う)。この人なくしてこの番組は成立しない。わが国には昭和30年前後に廃止された競馬場が多く、ということはまだ関係者が各地にいることが多いので、そういう証言を集めているのもいい。この「競馬ワンダラー」、2006年の弟1シーズンから始まり、これまで6シリーズが放映されてきた。各シリーズは12~14回なので、全部で60回以上もある。各地の関係者が元気なうちに、早く弟7シリーズを始めていただきたい。

 とても不思議なのは、JRAがこの番組に馬事文化賞を与えていないことだ。これほど素晴らしい番組はない。競馬場の歴史をこれほど丁寧に、紹介する番組は他にないのだ。あ、そうか。もう一つ。この番組のオープニングに毎回流れるのが゛はっぴいえんどの「風をあつめて」という曲よかった。

 話を石川肇「馬の文化手帖 Season2」に戻すと、この「2」の特徴は、吉田初三郎の鳥瞰図を毎回掲げていることだ。連載弟1回は八戸市鳥瞰図(吉田初三郎は八戸の種差海岸に潮観荘というアトリエ兼別荘を持っていた)を大きく紹介しているが、その中にいまはなき八戸競馬場を描いている。この回の末尾はこうだ。

 潮観荘は天然芝も見渡せる少し高いところにあったが、昭和28年の火事で全焼してしまった。現在は跡地にコンクリートが寂しげに残されているばかりだが、文豪佐藤春夫が小品「美しい海べ」(昭和29年)に、在りし日の姿をわずかではあるが書き残してくれていた。

 連載弟3回では、北朝鮮の「平安南道鳥瞰図」が掲げられ、そこから平壤競馬場を紹介しているが、ここでは五木寛之「風に吹かれて」から以下の文章が引用されている。

「平壤の競馬場は、それほど大きなものではなかった。それだけに、観客の数も少なく、空気はきれいで平和な遊び場だった。向こう正面のアカシアの花の下を、原色の騎手の帽子がチラチラ見え隠れに走る風情は、叙情的な風景でさえあった」

 こういうふうに、日本各地、樺太、満州など、各地の鳥瞰図を掲げながら、競馬と文学者を紹介していくのである。前回の「Season1」もよかったが、古い競馬場の話が好きな私にはこたえられない。そして「競馬ワンダラー」をお好きな方も絶対に気に入るだろう。こういう連載を待っていたのだ。

 ところで、この連載で私は初めて吉田初三郎のことを知ったのだが、俄然興味を覚えたので比較的簡単に入手できる吉田初三郎に関する本を買ってみた。たくさんあるが、私が買ったのは以下の3冊だ。

『吉田初三郎のパノラマ地図』別冊太陽 平凡社(2002年10月)
堀田典裕『吉田初三郎の鳥瞰図を読む』河出書房新社(2009年7月)
益田啓一郎『美しき九州 「大正広重」吉田初三郎の世界』海風社(2009年2月)

 それらの書によると、吉田初三郎は大正から昭和にかけて活躍した鳥瞰図絵師で、その特徴は極端なデフォルメにある。たとえば、知多半島を描いた鳥瞰図には、遠くハワイ(!) まで描かれている。吉田初三郎が生涯に描いた鳥瞰図ば1600とも3000とも言われ、定かではないようだが、その多くの鳥瞰図に富士山が描かれているのも特徴だろう。本来なら見えない地域の鳥瞰図であるのに、初三郎には関係がないのだ。初三郎の鳥瞰図が「絵でもなければ地図でもない」と言われたのもそのためだろう。

 前記の別冊太陽に寄せた荒俣宏によれば、初三郎の名所図絵が世間からまったく忘れ去られていた昭和50年代の半ばには,神田神保町の古書店で1部300円から800円で多く売られていたという。

 この連載の筆者である石川肇について書くのを忘れていた。現在は京都の国際日本文化センターIR室助教。東アジア近代における大衆文化・文学を対象として研究を進めている。「舟橋聖一の愛馬命名と女たち」で弟11回Gallopエッセイ大賞を受賞、というのが簡単な経歴である。

 私はこの賞の選考委員の一人でもあるのだが、受賞者にこのような素晴らしい連載を書いていただけるとは嬉しい。ちなみに、このGallopエッセイ大賞は、その弟13回の〆切が3月16日である。応募要項は発売中の週刊ギャロップに書いてあるので、関心のある方はぜひどうぞ。