5月19日(金)『猿神のロスト・シティ』

  • 猿神のロスト・シティ―地上最後の秘境に眠る謎の文明を探せ
  • 『猿神のロスト・シティ―地上最後の秘境に眠る謎の文明を探せ』
    ダグラス・プレストン,鍛原 多惠子
    NHK出版
    2,420円(税込)
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  • ジェニーのいた庭 (ハヤカワ文庫NV)
  • 『ジェニーのいた庭 (ハヤカワ文庫NV)』
    ダグラス プレストン,Preston,Douglas,安彦, 後藤
    早川書房
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 本の雑誌の新刊ガイドの原稿を編集部に送った日、新宿に出て新刊書店に寄ったら、ダグラス・プレストン『猿神のロスト・シティ』(鍛原多恵子訳/NHK出版)という本が新刊コーナーに並んでいた。

 どうしてこの本が目に止まったのか、最初はわからない。「地上最後の秘境に眠る謎の文明を探せ」との副題がついていて、帯に大きく、「21世紀にこんな冒険がありえるのか!?」とある。その下の惹句はこうだ。

  襲いかかる毒蛇、ジャガー、不治の熱帯病
  NASAの最新テクノロジー×考古学調査
  「ナショナル・ジオグラフィック」の発表に世界中が騒然!

 確かに面白そうだけど、そういうことではない。もっと気になることがあったから目に止まったのだ。その本を手に取り、じっと見る。ええとええと、えっ、ダグラス・プレストン? もしかして、あのダグラス・プレストンか?

 急いで著者紹介を読むと、こうあった。

「ノンフィクション『屋根裏の恐竜たち』でデビュー。『殺人者の陳列棚』など、スリラー作家としてリンカーン・チャイルドとの合作で知られる。『ホット・ゾーン』の著者リチャード・プレストンは実兄」

 やっぱり、あのプレストンだ。リンカーン・チャイルドとの合作は、『レリック』(1997年に扶桑社ミステリーから上下巻で翻訳)を始め、『マウント・ドラゴン』『地底大戦』『海賊オッカムの至宝』など書かれているが、いま読むといささか辛いことは否めない。それよりもダグラス・プレストンは私にとって、単独で書いた小説第1作『ジェニーのいた庭』の作者である。

 これは一九九七年六月にハヤカワ文庫から翻訳された長編で、いまでも忘れられない傑作だ。人類学者の父親が、母親をなくして天涯孤独のチンパンジーをアフリカからアメリカに連れて帰るところから始まっていく。そのとき人類学者の長男サンディは七歳、妹のセアラは五歳。仲のいい蜜月が回想としてどんどん挿入されていく。その光景が光り輝くのは蜜月が失われてしまったからだ。この家族はばらばらになっていくのである。「ディズニーが映画化権を取得した感動の物語」という帯コピーからは想像もできない内容といっていい。その崩壊していく過程を鮮やかに描いた異色の家族小説で、絶版のままでいるのは惜しまれる。ちなみに、『猿神のロスト・シティ』の著者紹介欄、ならびに訳者あとがきに、『ジェニーのいた庭』の書名はあがっていない。

 この『猿神のロスト・シティ』も面白かったことは書いておきたい。中米ホンジュラスの熱帯雨林の奥地に、謎の古代都市群が存在していたというのである。それがこれまで発見されなかったのは、その一帯がジャングルの脅威と、さらに殺人事件発生率が世界一という国の特殊性に阻まれ、21世紀まで人跡未踏の地であったからだ。最新のテクノロジーがなければ、あるいはまだ発見されていなかったかもしれない。

 それこそが本書のキモなのだが、空中からレーザーを照射する「ライダー探査」によってマヤ文明に匹敵する一大都市群が発見される。探検調査隊が現地に行くのもヘリコプターだから、これまでの秘境探検隊とはディテールがかなり異なる。もちろん、蛇な虫などに悩まされる過程はあるけれど、21世紀の探検隊は超近代的である。これからの秘境探検隊はこのような形になるのではないか。そんな気がしてくるほど、画期的な形といっていい。これで探検と言えるのか、との批判は当然ながらあるが、それは別の話だ。

 しかし読み終えて、いちばん印象に残るのは、ハイニックという人物だ。麻薬カルテルの元密売人で、遺跡の元盗掘者。今回の失われた都市の発見に貢献した人物だが、旧来の探検記だったら、こういう男は欠かせないだろう。この男がいちばん印象に残ったということは、超近代的な探検記よりも、旧来の探検記のほうがやっぱり好き、なのかもしれない。そんなことを教えてくれる人物だ。

 それにしても、ダグラス・プレストンがまだ元気で活躍していたことがわかって嬉しい。リンカーン・チャイルドとの合作の翻訳はもういいけれど、何か未訳の作品があったらぜひ翻訳してほしい。あの『ジェニーのいた庭』のような作品を書いた著者が、傑作はあれ一作きり、とは考えにくい。まだまだ傑作が眠っているのではないか。そんな気がしてならないのである。