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10月18日(水)リンウッド・バークレイ

  • 失踪家族 (ヴィレッジブックス)
  • 『失踪家族 (ヴィレッジブックス)』
    リンウッド ・バークレイ,高山祥子
    ヴィレッジブックス
    1,780円(税込)
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  • 崩壊家族 (ヴィレッジブックス)
  • 『崩壊家族 (ヴィレッジブックス)』
    リンウッド・バークレイ,高山祥子
    ヴィレッジブックス
    2,998円(税込)
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  • 救いようがない (ヴィレッシブックス)
  • 『救いようがない (ヴィレッシブックス)』
    リンウッド・バークレイ,長島水際
    ヴィレッジブックス
    1,100円(税込)
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 夏の終わりに札幌に行った。翻訳ミステリー・シンジケートの札幌読書会に出席するためである。札幌競馬のついでに行った、との説もあるが、どちらでもよろしい。その読書会で私の隣に座った榎本卓史君がすごかった。とんでもない物知り博士なのである。

「あのさ、都会から来た女性上司の下に配属された朴訥な青年が主人公の警察小説があったよね。創元から出たやつ。あれ、なんだっけ?」
 と尋ねると、たちどころに、
「スティーヴン・ブースの『黒い犬』ですね」
「翻訳が出たのは何年だっけ?」
「2003年ですね」
 と教えてくれるのである。

 その読書会の参加者プロフィールというのが配付されたのでそれを見ると、榎本君は「好きな作家」の欄に、ハーラン・コーベン、ロバート・グレイスをあげていて、「好きな作品」欄には、グレッグ・ルッカ『暗殺者』、ジョージ・R・R・マーティンの〈氷と炎の歌〉シリーズをあげている。

 思わず私、
「君、趣味いいねえ」
 と言ってしまった。
 私と重なるところ大だからだ。

 その「好きな作品」欄に、私の知らない作品名があった。それがリンウッド・バークレイ『失踪家族』。
「なあに、これ?」
 と尋ねると、2010年にヴィレッジ・ブックスから翻訳されたものだという。日本では3冊しか翻訳されなかったらしく、『失踪家族』はそのうちの1冊のようだ。「好きな作家」と「好きな作品」があれだけ重なるのだから、その『失踪家族』という作品も面白いに違いない。で、時間が出来たら読もうと思ったが、なかなか時間が取れず、3冊まとめて読んだのは先週だ。

 まず最初に、その3冊の書名を掲げておく。

『失踪家族』(高山祥子訳/ヴィレッジブックス)2010年8月
『崩壊家族』(高山祥子訳/ヴィレッジブックス)2013年6月
『救いようがない』(長島水際訳/ヴィレッジブックス)2014年3月

 ちなみに、年度は翻訳年。私がその年、いかにボーッとしていて、これらの作品を読み逃がしていたかを表すために翻訳年を付け加えた。リンウッド・バークレイのこの3作が翻訳されたそれぞれの年、私は翻訳ミステリー時評を書いていたのだ。それなのに、3回もチャンスがあったのに、すべて未読であったとは恥ずかしい。

 というのは、これが実にもう面白かったのである。ベストは榎本君も書名をあげていた『失踪家族』。ヒロインのシンシアが14歳のとき、目が覚めてみると家族がいない。父も母も兄も、みんながいない家で目覚めるのである。結局シンシアはおばに育てられ、それから25年、いまは結婚して娘は10歳。で、遙か昔に数奇な体験をしたということでテレビに出演すると、その日を境に不可解なことが頻出する──そういう話だが、この奇妙な話をどこに着地させるのか。不可解な設定はいくらでも作ることが出来るが、読者を納得させる着地が出来るのか。それこそが問われるところだが、いやあ、うまいうまい。

『崩壊家族』も面白い。こちらもヘンな話だが、前半は普通に展開する。17歳のデリクが休暇に出掛ける隣人の家の地下室にひそむところからこの長編は幕が開く。隣人の留守の間に、恋人とそこでよからぬことをするのが彼の計画なのである。ところが一度は出掛けたはずの隣人一家がすぐに戻ってきたかと思うと、何者かが侵入してきて、隣家の住民全員を惨殺。デリクは隠れていたので、そのまま逃走した犯人の顔を見ていない。それをすぐに警察に言えばよかったのに、隠していたものだから、容疑者としてデリクは逮捕。かくて父親の犯人探しが始まっていく──という話で、これだけを聞くと特に目新しい話ではないように思えるが、後半の展開がうまい。細かなことはここに書かないけれど、ストーリーを引っ張る小道具をいくつも用意して、さらに市長(ヘンなリアリティがある!)に代表されるキャラのうまさもあり、ぐいぐい読者を引きずり込む。

『救いようがない』はこれまでの2作と作風が異なり、こちらはユーモア・ミステリー。家族思いだが極度の心配症のSF作家ザックが主人公で、これが粗忽なダメ男だから、私好みではあるけれど、作品の仕上がりとしては前記2作のほうが上。『崩壊家族』の訳者あとがきを読むと、『失踪家族』を書くまではコミカルな作風だったというから、『救いようがない』で作風が変わったわけではなく、『失踪家族』『崩壊家族』のほうが新しい作風というわけだろう。

 年に1作のペースで作品を書いているというから、まだまだ作品はあるはずだ。ぜひリンウッド・バークレイの小説がふたたび翻訳されることを望みたい。それにしても、2010年に翻訳の出た本の真価にいまさら気がつくなんて、ホント、恥ずかしい。私好みであるにもかかわらず(私好みでないならば、いくらあってもいいのだ)、未読の小説がまだまだわんさかあり、私が読み逃がしたこういう本をきちんと読んでいる榎本君のような人たちが全国におそらくはたくさんいる。

 そうだ、全国の読書会をまわりたい。突然、そういう思いがこみ上げてくる。出来れば、競馬場のある地がいいけれど(笑)。

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