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12月15日(金) 山本一生『水を石油に変える人』

  • 水を石油に変える人 山本五十六、不覚の一瞬
  • 『水を石油に変える人 山本五十六、不覚の一瞬』
    山本 一生
    文藝春秋
    1,912円(税込)
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  • 恋と伯爵と大正デモクラシー 有馬頼寧日記1919
  • 『恋と伯爵と大正デモクラシー 有馬頼寧日記1919』
    山本 一生
    日本経済新聞出版社
    2,160円(税込)
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 未読本シリーズの第2回は、山本一生『水を石油に変える人』(文藝春秋)だ。いきなり第2回かよ、第1回はどうしたんだ、と言われそうだが、リンウッド・バークレイについて書いた10月18日の当欄を第1回とする。だから、今回が第2回。

 正直に書くと、山本一生『水を石油に変える人』が出ていたことを知ったのが11月なのである。この本は2017年の6月に出た本だ。刊行後5カ月もたってから気がついたのでは、どこにも書評を書くことは出来ない。

 そのとき、当欄に書けばいいんだ、とひらめいたのである。10月にもリンウッド・バークレイについて書いたことだし、新刊のときに読み逃がした本を紹介するシリーズを始めよう──というわけなのである。

 新刊書評は刊行後3カ月以内、というのがこの業界の暗黙の了解事項になっている。だから、刊行2カ月後に読むのがぎりぎり。そこで原稿を書くとその1カ月後には書評を載せた雑誌などが出るだろうから、3か月ルールを守れる。6月に出たものを11月に気がついたのでは、駄目なのである。

 町田に引っ込んでから都心に出る機会が極端に減ったので、こんな本が出てたのかよということが少なくない。これまでは、そういう本は諦めてきたが、これからは当欄でどんどん紹介していく。もうすでに第3回の準備に入っている。

 そうか、山本一生『水を石油に変える人』については、産経新聞から「今年の3冊」というアンケート依頼がきたので、そこに書いたことも付け加えておく。年間回顧であるから、こういう場合は6月に出た本でもいいんですね。ただ、そういうコラムの制約上、短いスペースで書かなければならないので、そこに書き切れなかったことをこちらに書く。

 山本一生には、『書斎の競馬学』という名著がある。ここで紹介されていたディック・フランシスの伝記が翻訳されることをずっと待っていたのだが、どうも出版状況がそれを許さないようで残念だ。そういう競馬史研究、エッセイなどでも知られている人だが、同時に近代史家でもあり、『恋と伯爵と大正デモクラシー 有馬頼寧日記1919』(2007年・日本経済新聞出版社)で第56回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。『水を石油に変える人』には、「山本五十六、不覚の一瞬」との副題が付けられている。うまいですねこの副題。これだけで本書を手に取るだろう。いや、私は書店で見かけなかったので駄目だったんですが。

 真珠湾攻撃の3年前、海軍次官の山本五十六や、のちに「神風特攻」を考案する大西瀧次郎らの前で、水をガソリンに変える実験をした詐欺師がいたというのである。これは、その史実を描いた歴史ノンフィクションだ。
 
 面白いのはその詐欺師本多維富が、その前に「藁から真綿」が取れる詐欺をしていたということで、全然懲りてない。しかも裁判になっても、詐欺師そのものは罪に問われていないこと。中心にいる詐欺師は、公開実験のときになっても今日は都合が悪いとか言いだして実行しなかったりするので、その詐欺師の犯罪を立証できず、無罪になっているのだ。有罪になったのは、その「新技術」を金に変えようと画策した連中で、詐欺師のまわりにはいつもこういう輩が集まってくる。政治家だったり、実業家だったりするが、そのとき彼らが金を必要としていた状況を、著者は克明に描き出すので興味がつきない。

『恋と伯爵と大正デモクラシー』に、有馬頼寧と美登里の逢瀬の記録を、国会図書館の憲政資料室で日記の原本にあたり、とうとう欄外に数字の羅列(それが二人の逢瀬の私的記録だ)を発見するくだりがあったように、山本一生の調査は鬼気せまるものがあるが、本書もまた例外ではない。

 たとえば、東勝熊という男がいる。

 1904年(明治37年)のニューヨーク・タイムズで、ニューヨーク市警が柔道家ヒガシを招いたと報じられたように、この男は格闘家として登場する。その翌年の異種格闘技戦の詳細まで、著者は描くのだから徹底している。そのあと、東勝熊はドイツに渡り、日本倶楽部に出入りするようになる。

 このくだりで、驚いた。ベルリンの日本倶楽部を運営していたのは、玉井喜作だからだ。明治期に酷寒のシベリアを横断したたった一人の民間人である。榎本武揚を始め、シベリア大陸そのものを横断した日本人は数人いるが、すべて官憲の護衛つき。何の保護もなく護衛もなく、隊商の群れに入って横断したのは玉井喜作ただ一人だ。急いで巻末の参考文献一覧を見ると、湯郷将和『キサク・タマイの冒険』、大島幹雄『シベリア漂流 玉井喜作の生涯』の書名がある。おお、まさか、玉井喜作の名前をこんなところで見るとは思ってもいなかった。

 明治三十九年に玉井喜作が結核で亡くなると、東勝熊は日本倶楽部の代表者になる。ドイツに渡った日本の著名人はこの倶楽部に顔を出すので、多くの政財界人と彼は知り合う。日本に帰国後、メキシコの原油を輸入する会社を設立するが、その経営は傾き、そういうときに詐欺師本多維富と知り合うのである。こうして、東勝熊は詐欺にからめ捕られていく。あるいは、東勝熊は「水からガソリン」に変えることを信じていたのかもしれない。

 山本五十六を始めとする海軍の懐に詐欺師がするりと入り込んだのも、石油の八割をアメリカからの輸入に頼るという当時の状況のためかもしれない。
 
 もっとも著者は、この「水からガソリン」事件はその後も生き続けていると終章に書き留めている。たとえば1954年にドイツ人発明家ルイス・アンリッチは水をガソリンに変える物質の製造に成功したと発表するし、翌年にはポーランド人ジョン・アンドリュースが「水からガソリン」の製造法を発明したと各方面に手紙を送っている、というのだ。さらに、1954年,アメリカのイリノイ州のグイド・ランチは水をガソリンに変える緑の粉末を発見したと騙って金を集めたことで訴えられているし、1983年の中国でバスの運転手王洪成は「水からガソリン」に変える液体を発見したと発表して投資家を騙し、禁固10年の刑が言い渡されている。

 しかもこれで終わらないから、すごい。次はインドに渡り、1996年に科学者ラマル・ピラーイが地元の薬草を煎じることで、「水からガソリン」が可能になったと発表。その4年後に逮捕されている。2012年にインディペンデント紙は「イギリスの小さな企業が、水と空気からクリーン燃料を作る新技術を発表した」と伝え、2014年にはインターナションナル・ビジネス・タイムズが「さようなら石油 米海軍が海水を燃料に変える新技術を開発」と報じたというから、この都市伝説はいまも生きつづけているということだろう。

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