1月10日(水)書評家4人の2017年解説文庫リスト

〔大森望〕

1月『神の値段』一色さゆり/宝島社文庫
  『すばらしい新世界〔新訳版〕』オルダス・ハクスリー/大森望訳/ハヤカワepi文庫※
2月『七帝柔道記』増田俊也/角川文庫
  『最良の嘘の最後のひと言』河野裕/創元推理文庫
3月『魔導の福音』佐藤さくら/創元推理文庫
  『風の名前1 キングキラー・クロニクル 第1部』パトリック・ロスファス/山形浩生・渡辺 智江・守岡桜訳/ハヤカワ文庫FT
4月『スレーテッド 消された記憶』テリ・テリー/竹内美紀訳/祥伝社文庫
  『タイタニア4 烈風篇』田中芳樹/講談社文庫
  『誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選』野﨑まど・大森望編/ハヤカワ文庫JA※
  『SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録』大森望編/早川書房※
  『短編少女』集英社文庫編集部編/集英社文庫
5月『人みな眠りて』カート・ヴォネガット/大森望訳/河出書房新社※
6月『ゼロの激震』安生正/宝島社文庫
  『空棺の烏』阿部智里/文春文庫
  『だれの息子でもない』神林長平/講談社文庫
7月『行き先は特異点』大森望・日下三蔵編/創元SF文庫※
8月『機巧のイヴ』乾緑郎/新潮文庫
9月『文明の子』太田光/新潮文庫
10月『銀河の壷なおし〔新訳版〕』フィリップ・K・ディック/大森望訳/ハヤカワ文庫SF※
11月『ヘブンメイカー』恒川光太郎/角川文庫

「ひとこと」
 2017年の解説は全部で20本。ここから編者解説・訳者解説(末尾に※印をつけたもの)を除いた純粋な文庫解説は14本で、ほぼ例年並み。このうち一番たいへんだったのは、畑違いの『七帝柔道記』。ところが、『おすすめ文庫王国2018』の「文庫解説書き方対談」で北上次郎氏と話したら、「あの解説は俺だろう、絶対俺にくると思ってたのに、書店で見たら『大森望』って帯にも入ってて...(書きたいと思っていた解説を同業者にさらわれたのは)この業界で四十年やって初めて」「近年で一番のショックだった」と、嘆くことしきり。そうと知ってたら喜んで譲ったのに。ちなみに、同様の例で僕がショックだったのは、法月綸太郎『ノックス・マシン』(角川文庫/解説・杉江松恋)でした。


杉江松恋

1月『WOLF』柴田哲孝(角川文庫)
2月『穴屋佐平次難題始末』風野真知雄(徳間文庫)
  『トレント最後の事件』E・C・ベントリー作・大久保康雄訳(創元推理文庫)
  『波形の声』長岡弘樹(徳間文庫)
  『キッド・ザ・ラビット』東山彰良(双葉文庫)
  『緑の家の女』逢坂剛(角川文庫)
3月『ゴーストマン 時限紙幣』ロジャー・ホッブズ作・田口俊樹訳(文春文庫)
  『地中の記憶』ローリー・ロイ作・佐々田雅子訳(ハヤカワ・ミステリ)
  『マインド・クァンチャ』森博嗣(中公文庫)
4月『新宿警察(1)捜査篇 新宿警察』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(2)風俗篇 新宿心中』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(3)対決篇 復讐の論理』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(4)新宿 その暗黒の恋』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(5)純情篇 若い刑事』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(6)喜劇篇 新宿の夜の神々』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(7)よるべなき男の仕事・殺し』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(8)人情篇 新宿裏町小唄』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(9)活劇篇 真夜中の狩人』藤原審爾(アドレナライズ)※電子書籍
  『新宿警察(10)あたしにも殺させて』(アドレナライズ)※電子書籍
6月『槐』月村了衛(光文社文庫)
7月『明治・妖モダン』畠中恵(朝日文庫)
  『満願』米村穂信(新潮文庫)
  『生還者』下村敦史(講談社文庫)
8月『雨の狩人』大沢在昌(幻冬舎文庫)
  『名探偵傑作短篇集 火村英生篇』有栖川有栖(講談社文庫)
9月『季節はうつる、メリーゴーラウンドのように』岡崎琢磨(角川文庫)
11月『矢の家』A・E・W・メースン作・福永武彦訳(創元推理文庫)

「ひとこと」
解説仕事としては前半に集中したのが2017年でした。7月以降は7本だけで、特に最後の3ヶ月は『矢の家』1本しか書いていません。自分でも意外だったのだけど、別に仕事を断ったわけではなくて偶然です。前半6ヶ月で20本、そのうちの10本は電子書籍でした。これは藤原審爾の〈新宿警察〉シリーズを、現時点でわかっている限り網羅しようということで企画をいただいたもので、全作を再読して収録順を決めるところから、解説と作品リスト執筆までをすべて担当しました。途中で未知の〈新宿警察〉スピンオフ作品を発見したり、第1長篇の『新宿 その暗黒の恋』と文庫版『夜だけの恋』の差分を確認したり、作業自体は大変だったけど楽しかったです。4月はほぼすべて〈新宿警察〉に費やしたといってもいいぐらいで、自分の解説歴の中でも忘れられない仕事になりました。単発の解説での自信作は『マインド・クァンチャ』でしょうか。森作品では『スカイ・イクリプス』に続いて二度目のシリーズ最終作担当で、そういう場面で起用していただけるのは非常にありがたい。腕が鳴ります。


〔池上冬樹〕

1月『犯罪者』太田愛(角川文庫)
2月『ライアー』大沢在昌(新潮文庫)
3月『少年時代』深水黎一郎(ハルキ文庫)
3月『凍土の狩人』森村誠一(集英社文庫)
6月『下山事件 暗殺者たちの夏』柴田哲孝(祥伝社文庫)
6月『かたづの!』中島京子(集英社文庫)
  『アルファベット・ハウス』ユッシ・エーズラ・オールスン・鈴木恵訳(ハヤカワ文庫)
8月『青い花は未来で眠る』乾ルカ(角川文庫)※『11月のジュリエット』改題
10月『棟居刑事の黙示録』森村誠一(中公文庫)
   『短編伝説 愛を語れば』集英社文庫編集部編(集英社文庫)
11月『九紋龍 羽州ぼろ鳶組3』今村翔吾(祥伝社文庫)
   『十字路に立つ女』逢坂剛(角川文庫)
12月『新装版 頼子のために』法月綸太郎(講談社文庫)

「ひとこと」
19冊(2008年)、26冊(09年)、17冊(10年)、20冊(11年)、15冊(12年)、22冊(13年)、15冊(14年)、18冊(15年)、27冊(16年)ときて、17年はがくんと減って13冊。ここ10年でもっとも少ないけれど、15冊前後がいちばん適当なのではないだろうか。
なお、12月に出た『新装版 頼子のために』は、1993年5月に刊行された文庫本の単なる新装版ではなく、旧版に新たな解説を付け加えたもの。93年時の解説と、24年間を振り返る2017年時の新解説の二つがついています。ミステリの潮流の変化の中で法月綸太郎という傑出した異能を捉えてみました。ぜひお読みください。


〔北上次郎〕

1月『私たちの願いは、いつも』尾崎英子(角川文庫)
2月『いろは匂えど』瀧羽麻子(幻冬舎文庫)
3月『女系の総督』藤田宜永(講談社文庫)
4月『ゲームセットにはまだ早い』須賀しのぶ(幻冬舎文庫)
  『本屋稼業』波多野聖(ハルキ文庫)
6月『二千七百の夏と冬』荻原浩(双葉文庫)
7月『競馬の終わり』杉山俊彦(集英社文庫)
9月『未必のマクベス』早瀬耕(ハヤカワ文庫)
  『逢坂の六人』周防柳(集英社文庫)
11月『埠頭三角暗闇市場』椎名誠(講談社文庫)
  『南国太平記』直木三十五(角川文庫)
12月『ヨイ豊』梶よう子(講談社文庫)
  『ミッドナイトジャーナル』本城雅人(講談社文庫)
  『蒼天見ゆ』葉室麟(角川文庫)

「ひとこと」
自分が書きたいと思った解説をすべて書くことができるなら、そんなに幸せなことはないが、そういうことはあり得ない。いままでに「そうか、もう出ちゃったのか」と書店で文庫を手にしたことは何度もある。誰が解説を書いたんだろうと手に取って巻末を確認するのだが、そういう場合の解説者の多くは、小説家であり、他ジャンルの評論家であり、あるいは作者の身近な知り合いというケースが多い。同業者の名前がそこにあれば、ショックを受けただろうが、これまで40年、そういうことは一度もなかった。2016年までは。2017年の2月、新宿の書店で角川文庫『七帝柔道記』を見たときのショックは当分忘れられないだろう。その帯に「解説・大森望」とあったのである。という話をここで書くつもりでいたのに、それも大森に書かれてしまった。もういいや。大森がその解説でどういうことを書いたのか、いまだに読んでいない。