4月25日(木)われはうたえども やぶれかぶれ

  • 蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)
  • 『蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)』
    室生 犀星
    講談社
    1,134円(税込)
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  • イタリアン・シューズ
  • 『イタリアン・シューズ』
    ヘニング・マンケル
    東京創元社
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  • 老人と宇宙(そら) (ハヤカワ文庫SF)
  • 『老人と宇宙(そら) (ハヤカワ文庫SF)』
    ジョン スコルジー
    早川書房
    950円(税込)
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 室生犀星の「われはうたえども やぶれかぶれ」を突然、読みたくなった。これは「新潮」の昭和三十七年二月号に発表した小説で、最晩年の作品である。いろいろな版があるが、いまは講談社文芸文庫で容易に読むことが出来る。

 椎名誠にインタビューしていたとき、あれは『大きな約束』をテキストにした回だったと記憶しているが、この「われはうたえども やぶれかぶれ」に触れたことがある。椎名は高校生のとき、雑誌でこの小説を読んだというのである。そのときは尿が出ない苦悩というのが理解できなかったと椎名は語っている。

 椎名誠はその後、『われは歌えどもやぶれかぶれ』(集英社2018年12月刊)という本を出しているが、これはサンデー毎日に書いているエッセイをまとめたもので、その中で次のように書いている。

「小便がでなくて苦悩するこの小説に首をかしげていたものだ。尿が出ない苦悩、なんて高校生には意味がわからなかった。今は前立腺肥大によるものと理解できる」

 話はいきなり飛んでしまうが、高校生のとき、授業中に「新潮」を読んでいたというのが私には信じられない。私が高校生のころに読んでいたのは、松本清張、笹沢佐保、黒岩重吾、源氏鶏太である。この四人が、近所の貸本家「ふたば文庫」の四天皇で、私はこの四人の著作をはじめとしてエンターテインメント(この名称は当時まだなかったが)を読み漁っていた。いまでも覚えているのは、大学1年のとき、五味康祐『うるさい妹たち』という小説を学校に持っていったら(帰りにふたば文庫に返す予定であった)、何読んでるの、といきなり本にかけたカバーを級友に外されたことだ。そのとき私の顔が紅潮したのは、これが濡れ場の多い小説だったからである。あ、おれは恥ずかしいと思っているんだ、とそのとき初めて気がついた。ちなみにこの小説は、増村保造監督、白坂依志夫脚本で映画化されたので、映画ファンならご記憶かもしれない。

 高校の卒業アルバムに、隣のクラスの寄せ書きが載っていて、そこに「ストレイシープ」とあったことも思い出す。恥ずかしながら、大学に入るまで漱石を読んだことがなかったので、こいつ何を書いているんだろ、とその意味がわからなかった。

 私の周囲には、若いころは文学青年だったという知人が少なくない。椎名はその一人だが、他にも田口俊樹、池上冬樹と結構いる。自慢じゃないが私、高校に入る春休みに「ふたば文庫」で松本清張『点と線』を借りて読んだのが、最初の読書体験である。つまり、最初からエンターテインメントで育った者である。それは私の、ささやかな誇りの一つと言っていい。

 ええと、何の話をしていたのか。室生犀星の「われはうたえども やぶれかぶれ」を突然読みたくなったのは、ヘニング・マンケル『イタリアン・シューズ』(柳沢由実子訳/東京創元社)を読んだからである。これは、刑事ヴァランダー・シリーズで知られる作者の単発作品で、ミステリーでもなく、普通小説だ。

 スウェーデンの小さな島で暮らす六十六歳の元医師が語る過去といまを描く小説だ。そのフレドリックという老人は、母親が十九年間も高齢者施設に入っている間、一度しかそこを訪ねていない。葬式にも出ていない。すべて葬儀屋にまかせ、請求書の支払いをしただけ。そういう冷たい男である。若いときには恋人を捨て、それを省みもしない。

「あなたは決していい人じゃない。いままでもいまも。とるべき責任をとらず、逃げてばかりいた。これからも決していい人間にはなれないと思う」

 とまで言われている老人である。

 暴力的ではないし、犯罪をおかしたこともない。しかし、人間としては何かが欠落しているといっていい。そういう男の老後の日々を描いた老人小説だが、どんどん引き込まれていくのは、独善的で、自分勝手な、この男は私だ、という気がしてくるからである。そう気がついた瞬間に、室生犀星の「われはうたえども やぶれかぶれ」を突然思い出したのである。数年前に、この小説のことを椎名が何か言っていたなあと思い出した。

 これは室生犀星の闘病記である。看護婦に対して突如として怒りだしたりするから結構自分勝手で、その点ではフレドリックに似ている。というよりも歳を取ると、みんなこんな感じになるのかも。

 ところで、この小説は室生犀星が七十二歳のときの作品であると、椎名誠『われは歌えどもやぶれかぶれ』の中にあった。「いまのぼくがそれとおなじだ」と、そのとき椎名は書いているが、実は私も、ただいまがその七十二歳なのである。七十二歳になると、みんな、この小説を読みたくなるのか。

 なんだか脈略のない話で恐縮だが、最強の老人小説を紹介してこの稿を終わりたい。ジョン・スコルジー『老人と宇宙』(ハヤカワ文庫)だ。いま何巻まで出ているのかわからないが、第1巻をまずお読みいただきたい。コロニー防衛軍の入隊資格は七十五歳以上で、入隊と同時に若返りの手術を受けるのである。すると、どうなるか。下品になるので詳細は避けるけれど、まあとにかく元気になるのだ。なんと素晴らしいこと。

 私、まだ七十二歳なので、コロニー防衛軍に入隊するには三年待たなければならない。早く三年がたたないかなと待ち望む日々なのである。