第75回

 前の年同様、休みはダラダラしているうちに終わり、'88年が明けた。
 年末進行でガンバった分、年明けの仕事は楽チンだった。校了紙が夕方まで出ないと印刷所から連絡が入り、それまで忙中閑あり状態になってしまったオレは、あるものを探しに高円寺に向かった。
 あるものとは...、小川範子('73年7月20日生まれ、東京出身)が6歳の時に撮られたロリータ・ヌードが載っている写真集だ。
 そうした写真集があるという噂は、'87の後半頃から囁かれていた。オレにその話を最初にしたのは石川誠壱だった。'70年代の終盤は『リトル・プリテンダー』というロリータ・ヌード写真集がバカ売れして、類似本が山のように出版されていたので、そんなものがあってもおかしくはないと思った。しかし、小川範子は6歳の時から当時の事務所である劇団東京宝映に入っている。まだ、児童ポルノ法なんてカゲもカタチもない時代とはいえ、未成年のヌード撮影には親の承諾が必要なはず。劇団に入れるような親が、果たしてヌード撮影を承諾するものだろうか? 児童劇団がロリータ・ヌードのモデルを斡旋するとは考えづらい...。しかも、話の持ち込み元は、いつもウソかホントかわからないような話をしている石川誠壱。
(99%、ガセだな)
 オレは、総合的にそう判断した。

 だが、それは大間違いだった。
「見つけちゃいましたよ、アレ」
 年末進行にそろそろ入ろうかという頃、編集部に現れた石川誠壱がニヤケながら、件の写真集を見つけたと自慢する。
「ホントに!? じゃあ見せてよ。すっげ~スクープじゃん」
 当然、見せてくれるものと思っていたら、さにあらず。
「ダメ!! どこにも出さないって決めたんだ」
「おいおい、それはないだろう!!」
 ナダめてもスカしても石川誠壱は、ダメの一点張り。見つけたといっても見せてもくれないんじゃ話にならない。
(ホントに見つけたのかよ!?)
 仕方なく、オレはこう切り出した。
「それじゃあ、中身はいいから表紙だけ見せてよ。タイトルだけでも知りたいし...」
 こうなったら、自分で探すしかない。しかし、'79年頃発売されたロリータ・ヌード写真集というだけの手掛かりでは、探しようがない(今でもそうだが、古本屋では、写真集をビニール袋に入れて販売しているので中身の確認のしようがないのだ)。タイトルと体裁が分かっているだけでも探す手間は膨大に省ける(というか、趣味で古本マンガ漁りをしているオレにとって、その2つさえあれば見つけたのも同然)。
「それだったら、いいよ」
 しばらく考え込んで、石川誠壱は答えた。
(やり~!!)
 オレは石川誠壱に悟られぬように心の中で喝采を挙げた。

 数日後、石川誠壱がなぜか指定してきた銀座のホコ天で、約束通り写真集を見せてくれた。
(版型、A4正寸、平綴、タイトルは『リトル・エンジェルス』)
 オレは、石川誠壱が茶封筒から取り出した写真集の背と表紙のデザインを瞬間形状記憶さながら脳みそに焼きつけた。

 こうして、いつでも見つけられる体勢はできたものの、年末進行に入っていたため年内は身動きが取れなかった。
(あの手の写真集は、マニアだったら死蔵するから、あるとすれば、学生の下宿街。実家には持ち帰らないだろうから、彼女ができたり、卒業して引っ越す際に手放す可能性がある。となればまずは高円寺あたりから攻めてみるか)
 高円寺だったら、マンガ漁りで何度も廻っているから、どこの古本屋に何が置いてあるか分かっている。
(小一時間もあれば十分だ)
 時間的にも校了の合間のヒマつぶしにはちょうど良かった。