第88回

 7月号が校了し、8月号の仕込みも「あぶないマガジン」の製作と並行することになる。8月号の取材や撮影の合間を縫って、八ヶ岳の麓のスタジオに泊まりがけで野坂なつみのランジェリー撮影に行ったり、表紙用に野球のユニホーム姿の山崎真由美の撮影をしたりと順調に進んでいた。
 ところが、3月号のランジェリーグラビアのモデル・片桐綾の初ヌードを取る予定で組んだ北海道ロケで事件は起こる。
 集合時間どころか、搭乗が始まってもモデルもマネージャーの事務所の女社長も姿を現さないのだ。
「どうなってんだ。大橋」
 なぜか同行することになった編集長も心配そうだ。
「困りましたね」
 携帯電話があれば、連絡くらいは取れるのだが、そういう時代ではない。
 そうこうしている内に、出発時間が迫ってきた。
 ギリギリになって、ハアハアと息を荒げた女社長だけがロビーに現れた。
「急に綾ちゃんと連絡が取れなくなっちゃって...」
 言い訳を聞いている時間がない。
「状況は後で連絡しますから、先に北海道に行っててください」
 スタッフと編集長に先に現地入りしてもらうことにした。

 女社長の話では、ヌードになることはちゃんと確認して、昨日の夜にも連絡はとれていたのだか、今朝になっていなくなってしまったということだった。
「で、どうするんです?」
 既にスタッフと編集長は、北海道に向かう飛行機の中だ。後戻りはできない。
「野坂を説得して、脱がせますから、明日の出発でいいですか」
 思わぬ展開で野坂なつみの初ヌードの話が転がり込んできた。この事務所は、片桐と野坂が二枚看板で、他に代わりがいなかったのだ。
 翌朝、無事に野坂と女社長と共に北海道に向かうことができた。
 だが、先撮りした野坂のランジェリーのポジは結局、お蔵入りになってしまった。
 梅雨の時期のロケだったので、「北海道には梅雨がない」という噂を信じて、ロケ地を北海道にしたのだが、実際に行ってみると連日雨。牛舎のワラ小屋を貸してくれた酪農家のおじさんにそのことを言ったら、
「いや、北海道にも梅雨はあるよ」
 との答え。関東では常識に近いこの噂、実は全くのデタラメだったようだ。

 「あぶないマガジン」の読者の性体験告白コーナーのイラストは、当時大人気のマンガ家・遊人にお願いした。
「おたくの会社のエロの基準はどんな感じですか?」
 打ち合せに指定された吉祥寺の喫茶店で遊人は、開口一番こう尋ねてきた。
「ウチは、あくまでお上の基準に則ってやってますよ。別に反体制の旗を掲げてるわけじゃないですから(笑)」
「そうですか。なら安心しました。最近はそうでもない出版社も増えているようですから、一応訊いてみただけです」
 グラビアでヘア解禁となるのは、'91年に発売された篠山紀信撮影、モデル・樋口可南子の写真集『Water Fruit 不測の事態』がきっかけとなるのだが、これはそれ以前の話。しかし、一部のマンガ雑誌では、かなり過激な表現がされているものもあった。
「やっぱり、中学生とかも読者にいるんですから、基準は大切ですよね」
 遊人は、マンガの過激化傾向を憂いているようだった。
 その遊人が、この2年後に起こる有害コミック騒動で有害図書の作者としてヤリ玉に挙げられてしまうのだから、世の中皮肉なものだ。
(あんなに表現について気を使っていた人なのに)
 連載は中断、単行本も絶版にされてしまった遊人にオレは、心から同情を禁じ得なかった。