第12回「アイドルじゃなくなったあとも、生きていくんだよ、私たちって」と、堂垣内碧(NEXT YOU)は言った。 ――朝井リョウ『武道館』が描くアイドルの現在

 3月に発売されたCDジャーナルムック『HELLO! PROJECT COMPLETE ALBUM BOOK』(音楽出版社)は、つんく♂率いるハロー!プロジェクト(ハロプロ)関連の全アルバムを網羅する、ファン必携のディスクガイド本。大森が生まれて初めて書いたディスクガイドが4本入ってる点でもたいへん貴重ですが(モーニング娘。のベスト盤とライブ盤に、ミニモニ。映画のサントラ盤と『FOLK SONGS 3』の紹介を書きました)、小説好きにぜひチェックしてほしいのが、最後のほうに収録されている、朝井リョウと柚木麻子のつんく詞をめぐる対談。Juice=Juice「イジワルしないで抱きしめてよ」(ハロプロ楽曲大賞'14で堂々の1位を獲得した名曲)に出てくる"さっぱりスイーツ"とは何か?――などなど、歌詞の細部に徹底的にこだわって、作家ならではの推理と妄想のかぎりをつくす。この2人が選者になって、対談解説つき「つんく詞ベスト集成」を出せばぜったい売れるんじゃないかと思うんですがどうですか。

 ......という話はともかく、その対談の中で、朝井リョウは自身のアイドル観を披露したあと、最後に「〈シャイニング バタフライ〉が大好き。あの曲から生まれた小説『武道館』を4月下旬に出します」と語っている。

〈シャイニング バタフライ〉は、モーニング娘。OGの選抜メンバー10人(藤本美貴、矢口真里、安倍なつみ、石川梨華、吉澤ひとみ、久住小春、保田圭、中澤裕子、飯田圭織、小川麻琴)で2011年に結成されたドリームモーニング娘。唯一のオリジナル曲。2012年2月15日にリリースされたこの曲を、同年3月10日の「ドリームモーニング娘。スペシャルLIVE 2012 日本武道館 ~第一章 終幕『勇者タチ、集合セョ』」で聴いたときの感動から、最新長編『武道館』は生まれたのだという。朝井リョウいわく、「それまであったいろいろな縛りから解放された上でアイドルをやっている姿があまりに美しくて、泣いてしまって」

 〈シャイニング バタフライ〉は、少女時代を卒業し、傷つき涙した日々を乗り越え、長いトンネルを抜け、まぶしいスポットライトを浴びて蝶のように舞う女性の姿を描く、(モーニング娘。OGたちにとって)自己言及的な楽曲。それ自体が一種のアイドル論と言えなくもない〈シャイニング バタフライ〉から、朝井リョウはいったいどんな小説を紡いだのか。

『武道館』の帯に寄せたコメントで、つんく♂はこう書いている。
「著者はアイドルを生み出す側にチャレンジした。/それも文学の世界で......。なんたる野望。なんたるマニアック。なんたる妄想力」

 主人公の日高愛子は、大手芸能事務所が主催するアイドル発掘オーディションに中学3年生で応募して合格し、その1年後、6人組の女性アイドルグループ、NEXT YOU のメンバーとしてデビューを飾る。夢は、武道館でライブをやること。物語はその翌年、メンバーのひとりが卒業し、NEXT YOU が5人になったところから始まる。

 もっとも、『武道館』は、アイドルグループがさまざまな障害を乗り越え、必死に努力して武道館を目指すスポ根な青春小説ではない。
メンバー同士のたこ焼きパーティーやアイドル動画チェックや学校生活や幼なじみとの交遊やネットでの炎上騒ぎが、グラビア撮影や握手会やダンスレッスンやオリコンデイリーチャートトップ10入りやライブや新曲リリースイベントと並行して、同じ密度で描かれる。

 そのディテールがいちいちものすごくリアルなのがこの小説のポイント。峯岸みなみの丸刈り謝罪動画事件とか、AKB48握手会襲撃事件とか、実際の出来事が(固有名詞を出さず、時期をずらして)ほぼそのまま出てくるだけでなく、細かいネタのひとつひとつにすべて元ネタ(事実の裏づけ)があるんじゃないかと思うほど。
 アイドルオタクなら思わずニヤニヤしたり戦慄したりするでしょうが、アイドル界隈に興味がない人が読むと、これ1冊で、いまのアイドルをとりまく状況が概観できるメリットがある。

 たとえば、NEXT YOUのファンは「ネクス中毒」、ライブは「授業参観」、握手会は「席替え」(対面式ではなく、メンバーと隣同士、椅子に並んで手をつなぐ)と呼ばれる――という設定ですが、こうやってそのグループ独自の呼び名をつけるのも最近の流行。たとえば、CAガールズロックユニットを標榜するPASSPO☆(ぱすぽ)だと、ファンは「パッセンジャー(パッセン)」、ライブや握手会は「フライト」――という具合。

 有名ドルヲタの代表として何度か登場する40代の男性の名前が「サムライ」だったり、メンバーのひとりががちょっと太るとネット掲示板に(というか2ちゃんねるに)「デブ化により完全終了のお知らせ」「【これはひどい】だちまゆ、オーディション時と別人になる【比較画像アリ】」などと書かれたり、ネット記事で握手会を「卑猥な"コンセプトキャバクラ"」と揶揄されたり、素人時代のInstagramのアカウントがバレて騒動になったり......。アニメ好きアイドルとしてソロで番組に出演したメンバーの私物PCがテレビ画面に映り、違法アップロードされた動画をブックマークしていることが発覚してアニヲタに叩かれ大炎上――とか、リアリティがありすぎて胸が痛みますね。アイドル自身と同じくらい、"アイドルをめぐる言説"も、この小説の重要なパーツになっている。
 こうした非難や中傷に対してはいくらでも反論できるし、反論したいのに、アイドルとしては反論できない。怒ることもできない。怒ることを禁じられた存在としてのアイドル。作中の一節を引けば、

 匿名での悪口、盗撮、執拗なまでの過去の詮索、きっとこれまではこちらから怒ってもよかったであろうことが、日に日に、そうではなくなっている。煽り耐性、スルースキル、それらの言葉は自分たちが小さなころにはこの世になかったのに、本当についさっき生まれたような新しい言葉なのに、その習性をあらかじめ持ち合わせていることを当然のように求められる。


 前出の対談で、「ハロー!プロジェクトの歌詞に共通しているのは"怒り"ですよね。だから好きなんだと思う。私たちも根底に怒りがあるから」「怒りがあんまり感じられないんですよ、ほかのアイドル楽曲には」と語る柚木麻子に、朝井リョウは「なぜならアイドルは怒らないと思いたいから。そのほうがこっちが楽だから」と応じ、「弱者のふりをして、その層に媚び」るようなマーケティングをしないのがつんく♂の魅力だと言う。そうした"怒るアイドル"への共感が『武道館』の根底にも流れている。

 NEXT YOUの人気が上がるにつれて、遠い夢だった武道館もしだいに現実味を帯びてくる。というか、いまや(〈本の話〉掲載の『武道館』書評で、でんぱ組.incの夢眠ねむも書くとおり)、メジャーな女性アイドルグループにとって、武道館は遠い夢ではなく単なる通過点になりつつあるし、そのことは本書の中でもじゅうぶんに意識されている。作中で、メンバーのひとりは言う。

「もしかしたら、いつか本当に、武道館とかに立てるかもしれない感じだよね、今」「だけど、私たちって、武道館に立ったあとも生きていかなくちゃいけないんだよね」「武道館に立ったあとも、ハタチになったあとも」「アイドルじゃなくなったあとも、生きていくんだよ、私たちって」


 それでもなお、武道館は彼女たちにとって特別なものでありつづける。象徴としての武道館。
 本書で描かれるNEXT YOUは、具体的にどれかひとつの女性アイドルグループをモデルにしているというわけではなく、ももクロだったりさくら学院だったりモーニング娘。だったりスマイレージ(アンジュルム)だったり、さまざまなグループの要素がミックスされているが、武道館との関係性でいちばん直接的に参照されているのは、ハロプロの古参グループ、℃-uteだろう。もちろん、グループの性格はNEXT YOUとは全然違うし、なにより℃-uteが武道館に"たどりついた"のは2005年の結成から数えて9年目(ハロー!プロジェクト・キッズとしてハロプロに加わったときから数えると12年目)だったから、同列には並べられない。それでもあえて、ある重要な場面で、℃-ute武道館公演決定サプライズ発表をほとんどそのまま下敷きにしている点から、著者のアイドル愛(というかハロヲタぶり)が伝わってくる。場所も同じ、池袋サンシャイン噴水広場。実際、この小説を読んでいる途中、たまらなくなって本を閉じ、PCで再生したのが、アイドルリリイベ(リリースイベント)の聖地として知られるこの場所で2013年4月3日に行われた、℃-ute「Crazy 完全な大人」発売記念イベントの動画だった。


「ハロ!ステ#10」より(サプライズ発表は5分43秒から)。

 たまたま、本書を読み終えた翌日の4月26日には、渋谷公会堂で、その「Crazy 完全な大人」もセットリストに入っている℃-ute春ツアー「The Future Departure」があり、2階のファミリー席から、客船を模したステージを見下ろしながら、『武道館』のことを思い出し、℃-uteの歩んできた10年と、これからの10年について考えていた。
『武道館』のNEXT YOU もまた、武道館を通過し、さらにその先へと進んでゆく。彼女たちの物語が、構想の出発点であるドリームモーニング娘。の〈シャイニング バタフライ〉とどこでどうつながるのか。未読の方はぜひ小説を読んでたしかめてください。


ドリーム モーニング娘。 『シャイニング バタフライ』 (MV)