まえがき 『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』

 平成最後の夏を沖縄で過ごした。

 僕が初めて沖縄を訪れたのは、小学生に上がって間もない時期だから、平成が始まったばかりの頃だ。カラフルな魚に目をみはり、親にねだってサトウキビを齧り、国際通りのステーキハウスで興奮した記憶が残っている。あれから三十年近い歳月が経ったある日、那覇市第一牧志公設市場が建て替えになると聞いた。

 牧志公設市場の歴史は七十年以上前にまで遡る。終戦後に闇市が立つと、多くの買い物客で賑わうようになった。那覇市はこれを衛生的な市場として整理するべく動き出し、一九五〇年に牧志公設市場が開設された。現在の建物は一九七二年に建設されたものだが、老朽化が進み、二〇一九年に建て替え工事が行われることになったのだ。それを知り、市場の風景を記録しておこうと沖縄を訪れたのだった。

 最初のうちは、幼い頃と同じように食材に見惚れていたけれど、毎日足を運ぶうちに、そこで働く人達に目が向くようになった。きっかけは市場の二階に展示されていた古い写真だ。そこには戦後間もない頃の賑わいが記録されていて、笑顔を見せる人もいれば、澄ました表情でカメラに顔を向ける人もいた。その写真を見つめているうちに、ひとりひとりに話しかけたい気持ちに駆られた。あなたはどこで生まれて、どんなふうに育って、どんなふうに働き、今はどうしてそんな表情を浮かべているのか。ひとりひとりに話しかけたくなったけれど、写真に記録された人達に質問を投げかけることは叶わないだろう。でも、同じ時代を生きている人には、話しかけることができる。

「私の話なんて、本に書くほどのことではないですよ」。話を聞かせて欲しいんですとお願いすると、店主達はそう答えた。でも、市場の姿を記録するには、そこでお店を営むひとりひとりの人生を書き記さなければと思った。お店の多くは個人商店であり、お店の歴史と店主の人生が重なっている。そうしたひとつひとつの人生が集まって、現在の風景がある。店主達は謙遜していたけれど、話を伺ってみると、そこには沖縄の戦後の姿が深く滲んでいた。

 一度の滞在ではとても取材を終えられるはずもなく、この一年、月に一度は沖縄を訪れ、朝から晩まで市場界隈を歩きまわった。最初は公設市場でお店を構える人にだけ話を伺うつもりだったけれど、市場は市場だけで独立して存在しているのではなく、周辺にある商店と支えあうようにして存在していることに気づいた。そこで僕は、アーケードが張り巡らされている範囲を「市場界隈」として、そこにある三十軒のお店に話を聞かせてもらった。市場界隈の「今」を記録するべく、何十年と続いてきたお店だけでなく、最近開業したお店も取り上げている。

 風景は日々移り変わってゆく。話を聞かせてもらいたいと思っていたけれど、この一年のあいだに閉店してしまったお店は何軒もある。気になっていたお店が取り壊されている姿を何度となく目にしているうちに、「今」という時間が何より懐かしいものだと感じるようになった。

 第一牧志公設市場は二〇一九年六月十六日で営業を終えて、建て替え工事に入る。市場は近くの仮設店舗で営業を続けるけれど、現在の風景は過去のものになってしまう。移り変わってしまったあとで懐かしむのではなく、そこにまだ市場があるうちに本を出版できたらと、急き立てられるように取材を重ねた。ここ数年、六月には毎年のように沖縄を訪れてきたけれど、今年の六月はこの本を手に市場界隈を歩くつもりでいる。こうして書き記された「今」が、いつかの未来、五年後、十年後、百年後の誰かに届くことを想像しながら。

二〇一九年四月三十日 橋本倫史