【今週はこれを読め! SF編】異世界への入口はどこに、あるいは迷える青少年殺人事件

文=牧眞司

  • 不思議の国の少女たち (創元推理文庫)
  • 『不思議の国の少女たち (創元推理文庫)』
    ショーニン・マグワイア,原島 文世
    東京創元社
    924円(税込)
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『オズの魔法使い』のドロシーは、エメラルドの都からカンザスへ帰還し、「おうちがいちばん」と言った(これは映画版。原作の台詞は異なるが、帰還を喜んでいるのは同様)。しかし、不思議の国から戻ってきた少年・少女が、もともとの日常に安息できるとは限らない。親はあれこれうるさいし、クラスメイトは意地悪で、わくわくするような出来事はひとつもない。これだったら異世界のほうがずっとマシだ。

 そんなこじれた子どもたちを受けいれる全寮制施設が、「エリノア・ウェストの迷える青少年のための学校(ホーム)」である。

 異世界に暮らしたいなんて現実逃避だとも思うが、この作品に登場する面々は、いわゆる不思議ちゃんと呼ばれるような、ほわわ〜んとした夢見がちの魂ではない。

 主人公のナンシー(彼女は死者の殿堂から戻ってきた)は、普通の高校ではみなから"冷たい"、中身が死んでいると言われた性格だ。ホームでナンシーのルームメイトとなったスミ(菓子の国から帰還)は、すごく唐突で、絶えず動きまわっている。性欲というものがないナンシーに対して、スミは「あたしがオナニーしたらいや?」と訊ねる。ナンシーは「別に自慰行為に反対しているわけじゃないの。ただ見たくないだけ」と答える。そんなふうに、彼女たちは個人主義なのだ。

 妖精界へ行っていた少年ケイドは、ホームで衣裳の交換を一手に引き受けている。オーダーメイドもOKだ。ジャック(ジャクリーン)とジル(ジリアン)は双子の姉妹で、ともにヴァンパイアの国へ行っていた。その世界でジャックはブリーク博士の弟子となり、細胞組織を再結合させ、人体に改めて生命を吹きこむやりかたを伝授される。いっぽう、ジルは強大な力を持つご主人の後継者として育てられた。それ以外にも、骸骨の世界から帰った少年クリストファー、蜘蛛の巣国から戻ってきた少女ロリエルなど多士済々である。学校を運営するエリノアも、十六歳になる前、六回、無意味(ナンセンス)世界へ行った。しかし、とうにその入口が見つけられなくなっている。

 彼ら全員に共通するのは、「異世界へもう一度行けるのなら」という強い願望だ。なにかの拍子に、異世界への扉が開くこともあるが、その確率は非常に低い。

 物語は、ナンシーがこのホームへ到着するところからはじまる。上に紹介したような個性的な面々からの洗礼を受けて戸惑いもするが、自分を理解してくれない親の元にいるよりはずっといい。しかし、ルームメイトのスミが両手を切断された死体で発見され、ホーム内に緊張が走る。生徒はすべていわくつきなので(表向きは問題児の更正施設)、なるべく警察を介入させたくない。しかし、状況を考えると、犯人は内部にいる可能性が高い。

 それにしても凄いのは、猟奇殺人でパニックにならない生徒たちだ。スミにつづき、ロリエルが鋭器で眼球をくりぬいて殺されるが、ナンシー、ジャック、クリストファーが協力して死体を地下室へ運んで処理をしてしまう。ジャックが溜めこんでいた(本人は「万一のため」と主張する)大量の酸で肉を溶かす。骨だけになると、クリストファーが笛を吹いてそれを操る(骨の世界にいたときに身につけた技術だ)。骸骨から犯人を聞きだそうとするのだが、骸骨が指さしたのはなにもない空間だった。

 かくして物語は、ファンタジイでありながら、不穏な謎解きミステリの色調を帯びることになる。果たして、生徒たちは犯人を見つけられるのか? 動機は? そして、不思議の国への扉は開くのか?

 ヒューゴー、ネビュラ、ローカスの三冠(すべてノヴェラ部門)を獲得した話題作。

(牧眞司)

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