【今週はこれを読め! エンタメ編】六畳一間の日常風景〜『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』

文=松井ゆかり

  • 阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし
  • 『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』
    阿佐ヶ谷姉妹
    幻冬舎
    2,780円(税込)
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 阿佐ヶ谷姉妹が好きなんである(昨年おふたりがご出演された回の『タモリ倶楽部』の録画は永久保存決定)。本書は、彼女たちのふだんの暮らしぶりを綴ったエッセイ+「私の落とし方」をテーマにした書き下ろし恋愛小説が収録されているという、俺得な一冊。おもしろい芸人さんが必ずしもおもしろい文章を書かれるわけではないということは重々承知していたが、読み始める前はやはり期待せずにはいられなかったものだ。実際その期待は裏切られることはなかった。いや、おふたりともマジで文章がお上手。ネタやトークのユニークさがそのままエッセイや小説に移行した感じ。

 ...と、すべての日本国民が阿佐ヶ谷姉妹を認知しているかのように話を進めてしまっているが、もちろん彼女たちをご存じない方々もいらっしゃるだろう。「阿佐ヶ谷姉妹」とは、血縁関係はないながら顔が似ているということで姉妹として活動されているお笑いコンビ。渡辺江里子さん(姉)と木村美穂さん(妹)によるユニットで、おそろいの衣装であるピンク色のドレスが印象的だ。自虐ネタや歌唱力をいかした歌ネタを得意としている。注目を集めるようになったのは、現在は終了してしまった『とんねるずのみなさんのおかげでした』の人気企画「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」からか。知名度的には、三谷幸喜などによる脚本のドラマ『やっぱり猫が好き』の恩田三姉妹よりは上だが、叶姉妹ほどではない、という感触である(『〜猫が好き』全盛期の頃と比較したら、逆転されるかもしれないけれど)。私のように「ボヘミアン」を熱唱するえりこさんの動画を見てファンになった者もいれば、私の以前のバイト先の上司のように「阿佐ヶ谷姉妹のビキニ姿がたまらない」と熱く語るマニア(?)もいるという、さまざまな角度からの観賞に堪えうる芸人であるといえよう(ピンの仕事はえりこさんの方が多い気がするが、同じコンビ芸人の千鳥・ノブから「ここ最近の芸人でいちばんやばい」と言わせしめるみほさんもなかなかの逸材)。

 エッセイを読むとわかることだが、浮ついたところや派手派手しさとは無縁の阿佐ヶ谷姉妹。幻冬舎のウェブサイトで連載が始まった当初は六畳一間で共同生活をしていて、1000円のお財布を使っていたり西友や芸人のライブで買った服を着ていたり、美容関連の記述も白髪染めについての詳細な情報であるなど、庶民にとっては親近感覚えまくりの日常風景が綴られている。一般人ブロガーやインスタグラマーのみなさんの方が、よほどきらびやかな日常を送っておられるに違いない。時に言い合いをしたりしつつも、なんだかんだで仲のよい姉妹生活を送られているえりこさんとみほさんの姿に、こういう暮らしもいいなと思わされる(「エッセイとカレー」の話など、ほんとに泣きが入りながら読みました)。おふたりとも実際には姉妹がいらっしゃらないようなのもまた乙な感じ(みほさんはひとりっ子であることが明言されており、えりこさんには弟さんがいらっしゃる様子)。

 分量としてはエッセイにほとんどのページが割かれているが、特筆すべきは小説部分かも。エッセイも同様なのだが、温かみとユーモアと少々の皮肉を含んだ不思議な味わいがある。「私の落とし方」がテーマの小説、えりこさんが"有馬温泉の旅館の湯守と仲居"、みほさんが"阿佐ヶ谷のゼリー店の店長兼パティシエとお笑い女芸人(みほさん本人)"の淡い恋模様を描いておられる(おふたりとも職人気質の男性がお好みなのだろうか?)。私だったら"研究(将棋)一筋にみえる科学者(将棋棋士)が、私にだけは特別な思いを寄せてくれている"というシチュエーションが激萌えだが(←誰が知りたいのだ)。

 私が10代だった頃には山ほど書店に並んでいたアイドルが書いたという触れ込みの書籍(某女性アイドルが「ご本が出ましたね」と言われて、「はい、私もまだ読んでないんですけど」と答えたというエピソードも懐かしい)ほどではないが、現在でも芸能人が本を出版するのは珍しくない(芥川賞まで受賞するケースもあるくらいだ)。『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』も、タレント本と侮られることなかれ。漫才やコントも素晴らしいが、引き続き文筆活動にも力を入れていただきたいと強く願うものである。ファンのみなさんはもちろんのこと、これまで阿佐ヶ谷姉妹をご存じなかった方も、この機会にぜひおふたりの魅力に触れてみられてはいかがでしょう。

(松井ゆかり)

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