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    <title>作家の読書道</title>
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    <updated>2010-01-27T11:50:44Z</updated>
    <subtitle>作家自身は、どんな「本屋のお客」なんだろう？そしてどんな「本の読者」なんだろう？
そんな疑問を、作家の方々に直撃インタビューです。</subtitle>
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    <title>その７「新作『天地明察』」</title>
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    <published>2010-01-27T03:43:24Z</published>
    <updated>2010-01-27T11:50:44Z</updated>

    <summary>――そうした試みをしてきた冲方さんが新刊『天地明察』で時代小説を書いたのが意外に...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――そうした試みをしてきた冲方さんが新刊『天地明察』で時代小説を書いたのが意外にも思えますが、歴史はもともとお好きだったのですか。これは日本独自の暦を作った、渋川春海という実在の人物が主人公ですが。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:高校時代に出会った人物なんです。16歳の時に暦について調べていたんですね。八卦、六十四卦、七十二候、二十四節気、陰陽道、神道などを調べました。海外にいる頃、日本人の宗教は何だというクエスチョンをよくされて、それが心に残っていて、日本に帰ってきてカレンダーを見ていて、これが日本人にとっての宗教なのかなと思ったんです。すごく緩やかで曖昧で漠然としているけれど、何かしらそこに法則がある。時のめぐり、星のめぐり合わせに対して、ある種の信仰心がある。それは他の宗教とはあまりに違うけれど、言葉にならないものを日々の中に取り入れていく方法に関しては、日本人は巧みなんじゃないかと思うんです。そういうことを考えてカレンダーにハマっていったら、日本で初めて暦を作った渋川春海という人物にいきあたり、さらに調べていくうちに渋川春海自身にハマったんですですね。でも、16歳でどうやって調べたのかは覚えていないんです。日本史のレポートの題材にしたんですが、よく調べたなと思う。</p>

<p class="Q">――その時からずっと渋川春海のことが心にあったのですね。確かに、挫折を繰り返しても実直に思うところに進んでいく、魅力的な人ですよね。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:いつか小説にしたいと思っていたんですが、手も足もでなかったんです。あまりにも調べなくちゃいけないことが膨大すぎたし、16、17歳だと当時の時代背景もよく理解できていない。ちくちく調べてはいて、ＳＦ大賞を受賞した時に『ＳＦ Japan』に渋川についての中編を書いたんですが、やっぱりまだ時代の読み取り方を間違えている部分がありました。それで、まだ書けないなとは思っていたんですが、『野性時代』から連載のお話をいただいた時にその中編を見せて、チャレンジしてみたいと言ったら「やりましょう」ということになって。</p>

<p class="Q">――暦がいかに自分の生活の中に根付いているのか、改めて気づかされました。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:ヨーロッパでは結構有名な話なんですが、キリストの誕生日が12月25日なのは、当時のローマ皇帝がキリスト教を広めたくて、太陽神と同じくらい偉大な人だと伝えるために太陽神と同じ12月25日にしたそうなんです。日付や冬至、夏至というのはそれくらい重要なんですよね。何日が何の日であるか決めるだけで世の中が変わる。そのダイナミズムを実感するのは為政者と研究者で、民衆はそのただ中にいるんでなかなか実感することがない。ただ、僕が海外にいた頃のことでよく覚えているのは、みんな正月が違うんですよ。うちの宗教だと正月はいついつだ、って言う。そういう認識の違いに興味がわいたんですね。ああ、そういえば、高校時代は暦大辞典を見て七十二節気、全部写しました（笑）。六十四卦も写しましたね。今思い出しました。そんな時間があったってことは、高校時代ってヒマなんですね（笑）。</p>
]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――もはや読書道ではなく写し道ですね（笑）。さて、今回は執筆にあたって、新たに資料を集めたわけですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:そうですね。研究家の方にどこの大学の昭和何年の何々論文の第一章に何が載っているから見なさい、などと教えていただいて。論文も漢文まじりの旧かなづかいで分からなくて、これも全部写しました（笑）。児玉明人さんの論文などを写しましたね。写していくうちに何がいいたいか、これはこういう文章だということが分かっていくんです。</p>

<p class="Q">――今後も時代小説をお書きになるのですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:次は水戸光圀です。年内、なるべくはやいうちに『野性時代』で連載を始めようと思っています。光圀は『天地明察』にも登場しますが、担当編集者がいたくこのキャラを気に入ったようで（笑）。初めて日本史を編纂しようとした人なんです。藩でも幕府でもなく、日本を歴史としてとらえようとした。でもそれで民衆を貧困に陥れたという説もあり、聖人君子かどうかはいまだに評価が真っ二つに分かれる人なんです。その前に、最後のライトノベルと謳っている『テスタメントシュピーゲル』が残り２冊なので、それをはやく書いて卒業しないと、僕自身がライトノベルを書けなくなってきているので...。まあ、あれがライトノベルなのかという話もありますが（笑）。とにかく、きちんと責任を果たさないといけないなと思っています。</p>

<p class="Q">――『マルドゥック・スクランブル』劇場版アニメ公開、『蒼穹のファフナー　HEAVEN AND EARTH』アニメ化決定も発表になりましたが、今相当お忙しいのでは。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:いまだに年が明けていないですね。まだ年末気分。FAXを送りながら雑煮食ってましたから（笑）。</p>

<p class="Q">――では最近の読書生活というと、資料中心ですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:定期的に懐かしいものを写しています。『神話の力』の中から気が向いた章を選んだり。最近は、そろそろ真面目に聖書を読み返さないと、と思っています。子供の頃は旧約は「すげー海が割れたー！」と、アクション巨編として読んだし、新訳もマグダラのマリア萌えしたりしていましたから（笑）。今、大人の頭でもう一度読んでみたいですね。コーランも断片的にしか読んでいないので、きちんと読みたいなと思っています。</p>]]>
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    <title>その６「ようやく&quot;作家&quot;と名乗るように」</title>
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    <published>2010-01-27T03:42:32Z</published>
    <updated>2010-01-27T03:43:05Z</updated>

    <summary>――ところで、アニメや漫画、ゲームなど４つの媒体を経験して思ったことは。 冲方:...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――ところで、アニメや漫画、ゲームなど４つの媒体を経験して思ったことは。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:活字は離れようがないし、活字離れはありえないですね。今は読む媒体から書く媒体に移ってブログやメールや掲示板が盛んになっていて、ニコニコ動画なんかは映像を見ている間に言葉を叩き込める。活字がいかに娯楽として広がっているかを感じるし、これからまた恐ろしく広がっていくだろうなと思います。それがひとつのコミュニティになると、経済活動が停滞するので困るなあと思っていて。プロでも何でもない人たちがその場の気分でtwitterなどを始めることによって、活字媒体の広がりは加速していくんでしょうけれど、活字の商業的な行為は停滞してしまう。今はアニメ業界の方が一番敏感ですね。このままだと消費で殺されてしまう。でもいわゆる「勝負作品」を作ろうとすると停滞する。テレビのアニメの本数は半数になっていて、この年始早々からスタジオの淘汰も始まっている。今、劇場版を作ったりＯＶＡにしたりしているのは、生き残りを賭けての勝負でしょうね。逆に漫画雑誌はコンテンツを増やそうとしてしますね。この状況に耐えられるくらいのコンテンツを今から１本でも増やしたい。このまま加速的に増えていくのか、一握りのものだけが残るのかは、今年来年あたりに分かると言われてます。小説は今ケータイ小説がありますが、あれを「小説」と呼んだのは発明だと思いますね。小説の枠組みとして考える時にどうだろうとは思いますが、活字が求められた結果のものですよね。自分自身に関しては小説が主軸であることは変わらないと分かりました。そして今回『天地明察』を書いて改めて作家だと思おう、と。</p>

<p class="Q">――あれ、これまでは何だったんでしょう。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:なんだったんでしょうね。"活字野郎"とか（爆笑）。著述業とか。今回、改めて作家という文字が内包している責任を負おうと思ったんです。それで、名刺にも初めて「作家」と入れました。</p>

<p class="Q">――これまでの小説でも、いろいろな試みをされてきたと思うんです。「／」や「＝」といった記号を多用したり、漢字のルビにアルファベットを当てたり、韻を踏んだ文章が続いたり。すごく面白いなあと思っていたのですが。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:まず、英語の詩の影響を受けていますね。韻を踏むのは向こうの文化ですし。ルイス・キャロルなんかもすごく言葉遊びをしますよね。円形に文字を配して渦巻き状に読ませたりする。日本語に対する実感としては、アルファベットに比べてものすごく遊べるんです。漢字、カタカナ、ひらがなと、何種類もの文字を使いながら、さらにルビという不思議な表記がある。ルビをふるために印刷技術が発達したくらいですが、これは本当に面白いですね。内心、もっとぐちゃぐちゃにしたいくらいなんですが、そうすると読みにくいと言われてしまうので...。あとは、文字を絵としてとらえているところがあります。ビジョンとしてパッと見た時、どうとらえられるか。漫画の擬音は同じ「バキッ」という音でも文字のデザイン次第で何かが壊れたのか、痛いのか、衝撃を受けたのか表現できる。それに対して活字も、漢字や表意記号を多用してもいいんじゃないかと思って。でもそうすると文章がややこしくなってみんな読めなくなるんです(笑)。</p>

<p class="Q">――ドイツ語などを多用したり、『マルドゥック～』では登場人物がみな卵に絡んだ名前になっていたりするのは。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:辞書を写すのが好きなんですよね。パッと開いてここからここまでと決めて写したりしていると、言葉のつながりが見えてきて面白いんです。ｈで始まるとなんとなく統一感があるなー、などと思ったりして、それを使ったりする。名前を卵で統一したのも、カオスの中での整合性をイメージしたからだと思います。何かが共通しているというような、発見のある小説を書きたくなるんでしょうね。</p>]]>
        
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    <title>その５「４つの媒体を経験」</title>
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    <published>2010-01-27T03:39:23Z</published>
    <updated>2010-01-29T10:01:12Z</updated>

    <summary>――やろうと思ってできることじゃないですよ（笑）。まず、大学生でゲーム会社に勤め...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――やろうと思ってできることじゃないですよ（笑）。まず、大学生でゲーム会社に勤めたというのは、どのような経緯ですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:一緒にデビューした七尾あきらさんの弟さんが、主にゲームの音楽を作っている作曲家だったんです。そのツテで製作を学ばせてもらいました。契約社員にしてもらった上で、SEGAに送り込まれて、そこで120億かけて大コケしたという巨大プロジェクトのシナリオチームで作業をしていました。</p>

<p class="Q">――漫画の原作は。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:七尾さんのデビュー作の挿絵を描いた伊藤真美さんが漫画も描かれている方で。漫画のシナリオを書きたいという話をしたら、伊藤さんが少年画報社で描く時に原作者として僕を推薦してくださったんです。それが『ピルグリム・イェーガー　巡礼の魔狩人』。近世イタリア、ルネサンス時期のファンタジーなんですが、その時にかなりキリスト教の歴史を勉強しました。資料のつまった段ボールを積んで「さあ読むぜ」って（笑）。１冊ずつじっくり読むのが僕の読み方だったんですが、"段ボール読み"がだんだん得意になってきました。流し読みをしつつ、必要な箇所を抽出していくという。その時は近世の歴史シリーズや、中世ヨーロッパの歴史では阿部謹也さんの本をいっぱい読みました。でもヨーロッパばかりだとだんだん飽きてくるので、白川静さんの漢字の成り立ちの本を息抜きに読んでいました（笑）。魔女狩りとかキリストとかオカルトばかりやっていると、対極的なものがほしくなるんです。それが僕の癖でもあって、軽いものを調べていると重いものが読みたくなる。アジアを調べはじめたら、ヨーロッパを調べないと気分が悪くなってくるんです。</p>

<p class="Q">――アニメにはどのような関わり方をされたのですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:企画、原案、プロット、脚本は一通りやりました。そういえば、その時にアニメーションを何本か見て写しましたね。どんなリズムでセリフを運んでいるのかといったことを知りたくて。自分は言葉を多くしたがる悪い癖があるので、どこまでセリフを入れこめられるのかを確かめたかったんです。あと、同じ風にアメリカのテレビドラマの『ＣＳＩ』のマイアミ編もシーズン４まで写しました。字幕を見ながらキーボードをカタカタカタ...と（笑）。</p>

<p class="Q">――本だけでなく、映像までも書き写すとは！　では当時読んでいたもので、印象に残っている本は何ですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:ジョーゼフ・キャンベルさんの『神話の力』に出合ったのが20歳すぎくらいだったと思います。池袋のジュンク堂が出来たということで行って、ジュンク堂で初めて買った本なんです。以来、10年くらい経つと思うんですが、定期的に100回くらい読み返しています。１回読んで理解しても、次に読むとまた違った理解ができる。子供のための神話の構造なんかについて語られている対談集で、僕にとっては鏡のような本で。自分が吸収した知識を定期的に照らし合わせて確実なものにしていくんです。いろんな箇所に傍線が引いてあって、全部日付が書いてあるんです。３年前にここに線を引いたんだ、ということが分かる、日記にようになっています。人には見せられませんね（笑）。</p>

<p class="Q">――幅広く読まれていますが、ＳＦ小説を系統立てて読まれたりはしなかったのですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:言っていいのか分かりませんが...。ほとんど読んでいなくて。『2001年宇宙の旅』も途中でやめてしまったんです。キューブリックの映画のほうがいいなと思って。もともとあれはキューブリックとクラークの合作として作ってあって、映像でもナレーションがいっぱい入っていたのを、キューブリックが全部カットしたんですよね。想像に委ねたいからって。だから本の出版も遅らせろっていちゃもんつけたんですよ。だからというわけではないけれど、あれは映像の力でいろいろ想像できたんです。もともと想像するのが好きなので、「ドラゴンクエスト」もドット絵のほうは楽しいのに、絵がリアルになってくるとそうでもなくなってきてしまうし。大学の授業で『アンドロイドは電気羊の夢の見るか』について１年間学ぶ授業があって、映画化作品である『ブレードランナー』も観ましたが、あれは原作と違いすぎるのでほっとしました（笑）。自分の創作のスタンスを決めたんじゃないかと思うくらい。まったく違うものを提示することで第三のイメージがそこに現れるんだということを実感しました。両方を経験したことで新たな世界が生まれるんですよね。あとは日本のいろんなＳＦ作品がいかに『ブレードランナー』の衣装デザインや車の形などを参考にしているかも分かりました。</p>

<p class="Q">――冲方さんの作品は、サイバーパンク系のＳＦとも言われると思うのですが。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:そう言われて、あ、そうなんだ、と思って、サイバーパンクの代表的な作品であるウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』も読んだのですが、何が言いたいのかさっぱり分からなくて。ここらへんが似ているんだろうなと思う部分もあったんですが、とにかく文章が、昔自分が頑張って日本語訳したものを思い出して心が痛くて（笑）。ＳＦのジャンルがどうのといったこととはまったく違うところで痛みを感じてしまうので、あれは読めないんです。</p>

<p class="Q">――意外ですねえ（笑）。そういえば、書き写す作業は、その後は...。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>: キングの『幸運の25セント硬貨』はたまに写します。執筆に疲れると写したくなるんですよね。野球選手が疲れてくると素振りをするみたいに（笑）。読むということは吸収して肉体にするという感覚なので、いいなと思ったものは写したくなる。『幸運の25セント硬貨』に入っている短編はどれも好きなんです。噛んでも噛んでも味わいがある。「一四〇八号室」はその部屋に入るとみんな大変なことになる、という話でこれはサミュエル・Ｌ・ジャクソンたちが出演して映画化していますよね。「道路ウィルスは北に向かう」も映像化されている。映像のイメージと自分が書き写した時のイメージを総合していく感じです。この本は『神話の力』と同じくらい何度も読んで、いじくり倒していますね。そういう性格なので、自分で小説を書く時も、軽いシリーズものというのができない（笑）。今回はバロットのこんな事件、ということができなくて、次はこの人がどんな成長をするのか、その人生全部を書いてしまうんです。だから渋川春海シリーズなんていうのは書けない（笑）。読み方からくる書き方なのかもしれませんね。読書体験と執筆体験って裏表なんだと、今気づきました。</p>]]>
        
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    <title>その４「高校時代にデビュー作を執筆」</title>
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    <published>2010-01-27T03:35:09Z</published>
    <updated>2010-01-29T09:59:59Z</updated>

    <summary>――小説を書き始めたのも、高校生の頃ですか。 冲方:絵で食べていくか、小説家にな...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――小説を書き始めたのも、高校生の頃ですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:絵で食べていくか、小説家になるかを考えていて、高校生の終わりに、自分は活字で生きようと決めたんです。それで、デビュー作を書いて。</p>

<p class="Q">――活字で生きようと思って最初に書いた作品が第１回スニーカー大賞を受賞した『黒い季節』だったんですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:そうです。川越高校はヘンな学校で、夢を実現するために今から頑張ろうという空気があったんですね。たいてい大学に入るとノリが合わなくて絶望すると言われていて、みんな高校時代のうちに自分が何者になるか、深く考えるようになる。自己実現に対して貪欲な学校だったんですね。だから受験勉強と同時に、この小説を書き上げないと自分は卒業できないんじゃないかっていう気持ちがありました。そんなわけないのに（笑）。毎日小説を書いて、だんだんそっちのほうが重要になっていました。美術部で油絵を描くのはもうやめていましたし。</p>

<p class="Q">――あ、美術部では油絵をやっていたんですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:文化祭ではベトナム戦争で枯葉剤の影響で生まれた奇形児の絵をいっぱい描いて、「ここまでやるか」と言われました。当時はグロテスクなものに惹かれていたんですね。描き方もドットを１日６時間くらいテンテンテン...と。</p>

<p class="Q">――点描画だったんですね。絵で食べていくか、というのはイラストレーター的なことかと思ったら、そうした油絵を描いていたんですねえ。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:あ、それで思い出したんですが、『ベルセルク』一巻だけ全部写しましたね。</p>

<p class="Q">――漫画を、ですか！</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:それで、漫画は辞めようと思ったんです（笑）。三浦建太郎との才能の差を感じたこともありますが、漫画は自分に向いていないなと思ったんですね。書き写しているうちに内面描写を増やしたくなるんですよ。でも吹き出しを足していくと絵を書き込む隙間がなくなってしまう。このもどかしさは小説でないと解消できないなと思ったんです。それに当時は紙とペンだけ。フォトショップもなかったし、トーンを買うお金もなかったので、トーンのかわりに鉛筆をぼかして描きこんでいました。Ｇペンが高いので、これ以上削れないようにとビクビクしていて。それもあったんですよ。漫画ってなんてお金がかかるんだろう、これじゃ食っていけないと思ったんです。小説は大枚はたいてワープロを買って書くようになって、しばらくたってパソコンが一般化されてきて。</p>

<p class="Q">――お話をおうかがいしていると、すごく充実した高校生活だったのだろうなあと感じます。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:高校生同士でどうやって時間をうまく使うかという話をしていましたね。睡眠時間はこれ以上削れない、とか。懐かしいですね。</p>

<p class="Q">――大学に進学して、デビューも決まって。そこからは...。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:18歳で受賞して19歳で本が出てデビューした後、ゲーム会社に勤めたんです。ひとつは会社、社会を経験したいという理由で、もうひとつはコンピュータを勉強したいという気持ちがあったから。ＬＡＮの仕組みも知りたかったし、出始めたばかりのOUTLOOKのことも知りたかったし。</p>

<p class="Q">――む？　大学に進学されたのでは。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:大学に入って翌年、大学に行きながらゲーム会社に入ったんです。その間に『ばいばい、アース』と『マルドゥック・スクランブル』を書いていたんです。大学は出版した本を持っていって単位をもらったりして、４単位しか取っていないのに２年生にしてもらいました。授業も１年のうちに何回かだけ行って、断片的なものから総合的に推測して、試験だけ受けていました。そういうことをやっていて生活のつじつまが合わなくなってしまったので、学校は辞めることにして。辞める理由を伝えなくてはいけないので『ばいばい、アース』を持っていって「仕事が忙しいので辞めます」と伝えたら「そういうことならいつでもいいからまた戻ってきなさい」と言われました。それでそのままゲーム会社に勤めて、ひと段落して小説と漫画に集中しつつ、『マルドゥック・スクランブル』の出版先を探し、出版してＳＦ大賞を取って、その少し前からアニメもやらなくちゃダメだと思って...。デビューした時に決めたんですよ。活字離れということが強く言われているけれどその意味が分からない、活字は万能のメディアなんじゃないだろうか、じゃあ全部経験してみよう、と。小説と、ゲーム、アニメ、漫画の原作と、四媒体を全部経験してみて、それから活字離れとはなんぞやと考えようと思ったんです。結局全部できたのは24歳でしたね。</p>]]>
        
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    <title>その３「リレー小説、読書会」</title>
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    <published>2010-01-27T03:33:39Z</published>
    <updated>2010-01-27T07:48:14Z</updated>

    <summary>――高校に進学してからは。 冲方:高校は川越高校という、『ウォーターボーイズ』の...</summary>
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        <name>WEB本の雑誌</name>
        
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        <category term="第99回：冲方丁さん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p class="Q">――高校に進学してからは。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:高校は川越高校という、『ウォーターボーイズ』のモデルとなった学校だったんです。全部活がヘンなことをしていましたね。男子校なので基本的には女の子にモテるためにはどうしたらいいだろうというのが第一命題（笑）。それぞれの知力を尽くしてバカなことをやっていました。僕は美術部と同好会に入っていました。当時バーチャルリアリティーという言葉が流行っていたので、仮想現実同好会という名前だったんですが、まあメディアを学ぶということが主旨でした。当時は活字離れということが言われていたんですが、僕らのリアリティからすると小説もゲームやアニメや映画も全部並列してあって、活字離れというより、漫画や小説の違いがなくなってフラットになってきた、という感覚だったんです。アニメを見る人はアニメしか見ない、という発想なんてなかった。僕たちの感覚では、ゲームにしろ小説にしろ、何かしらコンテンツに関わる仕事をいつかしたいから、今のうちに鍛えておこう、という。みんなで作ったものを披露しあっていたんですが、絵を描いてくる奴もいたし小説を書いてくる奴もいたし、自分でゲームを作っちゃう奴もいた。「ぷよぷよ」のパロディで、下から上に浮いてくるようにＤＯＳで組み直した「ぷかぷか」というのを作ってくる奴がいて、それは大人気でした。"何でもいいからやりましょう"同好会だったんですね。アウトプットとインプットをセットでやっていたんです。見たもの読んだものから影響を受けたら、じゃあやってみよう、という。ごちゃごちゃした模様をじーっと見ていると文字が浮かんでくる立体視ってありますよね。それで新入生歓迎のチラシを作って「内容はここに書いてある通りだから」って言って「読めません」って言われて（笑）。</p>

<p class="Q">――冲方さんはどんなことをしていたのですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:７人くらいでリレー小説をやりましたね。毎週どんどんリレーでつないでいくんです。みんな意地になって、自分が書いたストーリーにみんなを引っ張り込もうとする。それでものすごい分量になって、最終的には１万ページくらいに（笑）。第一部が完結して第二部スタートになっても、意地になって続けていましたね。</p>

]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――どういう内容だったんですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:巨大な学園という舞台と主人公キャラを設定して、あとは自由にいろんなキャラクターや事件をどんどん差し込んでいったんです。みんな自分が面白いと思う方に引っ張りたがるから、いきなりほのぼのしたラブコメになったと思ったら、次の奴の番でその相手の女の子が突然殺される（笑）。突然不可思議な力に目覚めたり、天変地異がおきたり、ＵＦＯが降ってきたりもしましたね。タイトルが「カオス！　カオス！　カオス！」で、何をやってもいいよ、ということで。一応、ルールは作ったんです。主人公キャラは殺してはならない、世界を崩壊させてはならない、夢オチにしてはならない、など。でもルールギリギリまで攻めるんですよね。死んではいけないけれど冷凍睡眠ならいいだろう、とか。そうしたリレー小説のほかは、読書会みたいなことをしました。でも男子校でそれをやると、みんな我を主張するんですよね。みんな自分が面白い、最高だと思った本を持ってきて、他の奴が持ってきた本はぶっ叩く（笑）。</p>

<p class="Q">――どんな本が多かったのですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:バラバラでした。江戸川乱歩を持ってくる奴もいれば、火浦功先生のような、今のライトノベルのはしりのような本を持ってくる奴もいたし。夢枕獏さんの「キマイラ」シリーズや「餓狼伝」シリーズもあったし、菊地秀行先生も多かった。「『魔界都市〈新宿〉』は是か非か」ということを高校生の分際で言っていたんですよね（笑）。『グイン・サーガ』はみんなに「やめろ」と言われました。「読みきれないからせめて外伝にしてくれ」って（笑）。僕自身は、だんだん小説以外に、思想書みたいなものを読むようになりました。ヘーゲルの『哲学史講義』とか。キェルケゴールの『死に至る病』は何を言っているのか分からないので、全部書き写しました。「何が言いたいんだお前は！」とムカつきながら（笑）。ニーチェの『ツァラトゥスラはかく語りき』は読んだのかな、写したのかな...。本屋に行って何か教えてくれそうな本を選んでは読んでいましたね。</p>

<p class="Q">――書き写すんですか。ノートに、ですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:大学ノートにボールペンで。縦書きを横書きに写すんです。縦書きを縦書きで写すのだと、だんだん作業をこなすだけになってしまってちゃんと読まないんですよね。縦書きを横書きに写すのでないと頭を使わない。あとはスティーブン・キングはハマりました。『クリスティーン』や『ダーク・ハーフ』は写したんですよ。自分の場合、ハマる=模写なんですね（笑）。ついついやってしまうんですが、『トミー・ノッカーズ』は死ぬほど写しても終わらなくて、『ＩＴ』も１巻の途中まで写した時に残りが３巻あると聞いてやめました。僕の高校時代はこれで終わってしまうと思って。</p>]]>
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    <title>その２「捨て牛が庭にやってくる」</title>
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    <published>2010-01-27T03:32:46Z</published>
    <updated>2010-01-27T07:38:06Z</updated>

    <summary>――どんな環境に住んでいたのでしょう。都会なのか、それとも...。 冲方:説明し...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――どんな環境に住んでいたのでしょう。都会なのか、それとも...。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:説明しづらいですね。インドにちょっと似ているのかな。南アジアのカオスというか...。ヒンドゥー教の寺院が多かったですね。イスラム教徒もクリスチャンも仏教徒もいましたし。僕がいた頃は車が増えてきた頃だったので、日本でいうと昭和初期の雰囲気だったのかな。よく道路を牛が歩いていましたね。幹線道路でよく車が停車していたんですが、それはたいてい、牛が道路を横切っているから。ヒンドゥー教では牛が神聖な動物なので、追い払っちゃいけないんです。だからどくまで待っている。うちの庭にもよく牛が来ていました。捨て牛がいっぱいいたんですよ。牝牛は牛乳が取れるけれど、雄牛は食べることもできないし、何も役に立たないといって捨てちゃうんです。</p>

<p class="Q">――うわあ。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:カースト制度の国なので、カーストが違う生徒は同じクラスになれないといった教育問題もありました。自分がいた頃に、民主化を進めていた王さまを弟が殺してしまう事件もあった。デモが起こってバスが燃えていたり、買い物に行くと車がひっくり返って道路がふさがっていたりしました。住んでいた場所がそんなところだったので、退屈だから何か娯楽を求めるという感じではなかったですね。僕の場合、小説や漫画やビデオに接するのは、娯楽を求めるというよりも日本語を求めていたからでしょうね。日本って何、日本で自慢できるものって何だろう、という。ちょうど日本の漫画やアニメがブームになっていたので、他の国の人が感心するものとして触れていたと思います。</p>]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――帰国してからは。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:中２の後半くらいに日本に帰ってきました。そうしたら、それまで断片的にしか手に入らなかったものが、全部入手できるようになる。でも、本屋に行くと、あまりの膨大な量に、何を読んだらいいのか分からなくなってしまって。娯楽を浴びるほど楽しみつつ、どこかでお腹がいっぱいになっていましたね。それまでは１冊を消化しつくすことが読むことだったんですけれど、周りを見るとパラパラと読んでは捨て、読んでは捨て、という感じなのがどうしてもついていけませんでした。系統だてて読むことができるようにはなったんですけれど、雑食が身についてしまっているので、シリーズの３巻目から平気で読み始めてしまう（笑）。そこにあるものから読んじゃうんですね。それで、その巻を読み込んでから改めて１巻を読んでみたりとか。『グイン・サーガ』は、当時出ていた６０巻くらいまでを読み終えたのが20歳の頃。それまでバラバラに読んで行ったりきたりしていました。そういう脳みそが培われたことを実感したのは、後にアニメの仕事をした時。本編20話の仕事をしながら、ＣＤドラマで５話目くらいの頃の話を作らないといけないとなった時、ストーリーの構造の中のどの部分に焦点を当てるのかパッと分かるんです。今はすっかり力が衰えてしまいましたが、昔はアニメを１回見たらセリフを最初から最後まで言えましたし。</p>

<p class="Q">――えー！</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:15、16歳くらいまではアニメをテレビで見た後に最初から最後までセリフを諳んじて楽しんでいました。いつ見られなくなるか分からないので、必死に吸収しようといていたんですね。コンテンツがなくなったら２度と見られない。だから自分の中に蓄えようという気持ちが強くて。そのうちコンテンツの数が多くなりすぎて、できなくなってしまいましたけれど。さすがに全話をいちいち覚えていると疲れてしまって、一時期は苦しかったんです。それでもう、見なくなってしまうんですね。１話から５話まで見たら、あとは想像でいいやと思ってしまう。</p>

<p class="Q">――読書はどうたったんですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:小学生の頃に半村良さんの『戦国自衛隊』や『亜空間要塞』を読んでまったく意味が分からなかったんですが（笑）、日本に帰ってきてからは身の丈に合ったものがいくらでも読めるようになって。コバルト文庫なんかも読みましたね。</p>

<p class="Q">――あ、少女小説を。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:僕の中では少年もの、少女ものという区別がなかったんです。日本に帰ってきて最初に面白いと思った雑誌は『LaLa』で、その後『花とゆめ』にハマったし。表紙がキラキラしているなあと思いつつ学校に持っていって読んでいたら「お前それは女の子が読むものだよ」と言われて、でもピンとこなかったですね。なんで男が読んじゃいけないんだって。だから『少年ジャンプ』と『花とゆめ』を同時に読んでいたんです。あとはコバルト文庫やソノラマ文庫。コバルトは日向章一郎さんの「放課後」シリーズなどを読みました。男の子と女の子がいて事件が起こってそれを解決する、という内容だったと思います。</p>]]>
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    <title>その１「日本語に飢えていた幼少時代」</title>
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    <published>2010-01-27T03:23:37Z</published>
    <updated>2010-01-27T04:31:25Z</updated>

    <summary>――お生まれは岐阜だそうですが、幼少期は海外で過ごされたとか。 冲方:岐阜で生ま...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――お生まれは岐阜だそうですが、幼少期は海外で過ごされたとか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:岐阜で生まれて千葉に越して、すぐシンガポールに行き、日本にちょっと帰ってきてからネパールに行きました。４年以上同じ場所に住んだことがなかったんです。</p>

<p class="Q">――では、はじめての読書の記憶というと、どこで何語で読んだ本になるのでしょう。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:物心ついたときに読んでいたのが...今日持ってきたんです（と、鞄から取り出す）。
79年版の『デイリーコンサイス英和和英辞典』。ネパールに住んでいた11歳から13歳くらいまでの頃、これが唯一身近にあった日本語だったので、ひたすら読んでいたんです。もうボロボロですけれど。</p>

<p class="Q">――背表紙が取れてしまっていますね！　開いたらもう、崩れそうです。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:面白い単語を引いたりして、辞書で遊んでいたというか。海外にいると日本語に飢えるんですよ。あとは、大人たちが置いていったいろんな日本語の本を読んでいました。なのでジャンルはバラバラなんですよ。コバルト文庫があったかと思うと『週刊ダイヤモンド』があって、『グイン・サーガ』が５巻から10巻までだけあったり。ネパールといえばヒマラヤなので、夢枕獏さんの本も多かったですね。「キマイラ」シリーズとか。とにかく子供向けも大人向けもとりあえず手にとっていました。ジャンルというより、"日本語の本"というくくりで読んでいました。</p>

<p class="Q">――ああ、日本人の旅行客や滞在者が帰国する時に置いていった本を。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:日本人が来る料理店やロッジとか。ネパールで働いている日本人が集まるコミュニティの建物があって、そこには誰かが撮ってきたＶＨＳの名画なんかもありました。滞在している人たちには子供連れの家族も多かったので、そういう方々が残していってくれた絵本や漫画もありました。小学生でいきなり浦沢直樹の『パイナップルARMY』を読んで（笑）。『ドラゴンボール』も読んでいましたが、断片的にしか手に入らなかったので、登場人物たちが何のためにドラゴンボールを集めているのか意味が分かりませんでした。最新の『少年ジャンプ』を手に入れるにしても、空輸されてくるので１冊に8000円くらいかかるので、手に入った分を読み込んで、前後を想像するという読書の仕方をしていました。</p>

<p class="Q">――学校は。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:インターナショナルスクールに通いつつ、週末には在留の日本人がボランティアで先生をしている補習校に通っていました。日本人のファーザーやシスターがいて、そこに日本語の本もありましたね。『狼王ロボ』とか。半身不随で筆を口にくわえて絵を描いている星野富弘さんの本をいい本だなあと思って、音読していた記憶があります。</p>

<p class="Q">――平日の学校は英語で、週末の補習校は日本語、という生活なわけですね。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:インターナショナルスクールでは、日本の作品を訳してくれと言われることが多かったですね。日本のアニメや漫画がブームになっていたのですが、１冊だけ『ニュータイプ』が手に入っても、絵はあるけれど意味がわからない。それでどんなストーリーなのか翻訳してあげていました。「ガンダム」なんて全然知らないまま、ウソ翻訳で小説にしていました（笑）。</p>

<p class="Q">――おお。それが初めての創作活動ですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:他に、グラマーのクラスが、本を読んだり詩や小説を書いたり、何でもいいので活字に触れようという授業だったんです。そこで初めて英語の小説を書きました。ウソのドラえもんを作って（笑）。それがみんなに喜ばれて、壁に貼られて各学年の人たちが読むようになっていましたね。あとは「ガンダム」の「ポケットの中の戦争」のビデオを手に入れた人がいたので、１から全部、セリフと情景を翻訳しました。それが12、13歳の頃。これはすごく大変で、１年がかりで訳しました。『ＡＫＩＲＡ』も英語の吹き替え版も字幕版もなかったので、訳してくれと言われてやりましたね。小学生の解釈なんてたかが知れているんですけれど（笑）。</p>

<p class="Q">――バイリンガルだったわけですが、英語と日本語のバランスはどうだったんですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:どちらかというと日本語に偏っていたと思います。ただ、子供の頃って周りに日本語を喋る人が多いとスイッチが入って日本語脳になるんですけれど、英語を話す人が多いと英語脳になるんですね。その頃は独り言も英語で言っていましたし、アメコミも読みましたし、英語の小説も、邦題が分からないんですが、魔法とＳＦが合体したようなものを読んでいました。『DORAGONSLAYER』という作品は頑張って日本語に訳しましたよ。</p>

<p class="Q">――おお。そうした読書体験は、文章修業にもなったのでは。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:文章修業プラス、想像力を働かせる訓練になりましたね。断片的にしか手に入らず話の前後が分からないので、想像するしかない。『少年ジャンプ』も、ある号で連載がスタートしたものが、何ヶ月か後に久々に新刊が手に入って読むと終わっていたりする。どう話が進んだのか、心の中で展開させていくしかないんです。『聖闘士星矢』ってなんだろう、『北斗の拳』は何のために闘っているんだろう、って思いながら（笑）。</p>

<p class="Q">――娯楽は本がメインだったんですか。</p>

<p class="A"><span>冲方</span>:ビデオもかなり繰り返して見ました。これも断片的にしか手に入らなくて。祖父が録画してＶＨＳのテープを送ってきてくれるので、それを何度も観ました。でも、祖父も孫のためを思ってやってくれているんですけれど、チョイスがバラバラで、しかも続きがない。アニメの『ビックリマン』の次に『風雲！たけし城』が入っていたり、ウルトラマンのような特撮モノの後にＮＨＫ特集が入っていたり（笑）。今流行りのものを見せてやろうと思ったのか『ホビージャパン』が一冊だけ送られてきて、一体何の雑誌なのか分からなくて。</p>]]>
        
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    <title>その７「『船に乗れ!』で広がった世界」</title>
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    <published>2009-12-24T07:45:55Z</published>
    <updated>2009-12-18T10:03:33Z</updated>

    <summary>――以前、面白い物語というのは『アラビアン・ナイト』のようなもののことだ、という...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――以前、面白い物語というのは『アラビアン・ナイト』のようなもののことだ、というお話をされていたことがありましたね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:全部を読んだわけじゃないんです。お恥ずかしい話ですがボルヘスが『アラビアン・ナイト』についてよく言っていたからなんですよね。ボルヘスは30代から読み始めたんですが、「フィクショネス」はボルヘスの『伝奇集』の原題。ボルヘスも文学は書きつくされたから長編を書く必要はないといって短編ばかり書いていた人なんですよね。やっぱり今にして思えば、ボルヘスが悪いとは思わないし、80年代の人たちに責任をなすりつけるつもりはないけれど、結果として、自分の読書で自分の勢いをそいでいましたね、20年間。その代わりに知識を蓄えていったということになるのかもしれないけれど。</p>

<p class="Q">――その後で『アラビアン･ナイト』を読んだ時の印象は。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:物語の持つすごさ、可能性の大きさを感じましたね。物語は何種類かのパターンに分けられるという節もあるけれど、僕はそれって筋書き論にすぎないと思うんです。例えば「桃太郎」というもう誰もがあらすじを知っているものを、僕と古川日出男さんといしいしんじさんが書いたら、それがまったく一致するってことはないでしょう。それが物語だと思うんです。もっと多くの人が書けば、ある人の「桃太郎」は人間の心の襞を見つめた風景になるかもしれないし、ある人の「桃太郎」は犬との対話に力を注いだものになるかもしれないし、ある人の「桃太郎」はつまらないものになるかもしれない。物語が書きつくされたというのは、そういう世界にいるってだけのことで、あまり物語の現場では意味のない話だと思います。</p>

<p class="Q">――その中で、藤谷さんが今までにないものを、と模索しているように感じるのは、ナラティブ(語り口)だと思います。一人称複数で語られるお話があったり、徹底的に三人称であったり、落語調であったり。この試みにはどういう思いがあるのですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:80年代、90年代の新刊小説は軒並み一人称だったんです。僕は一人称に批判的な立場をとっているんですけれど、それは視野を狭くして、見えるもの、感じるものを書けなくしてしまうから。小説が持っている物語の可能性をそいでしまうと思っていたんです。</p>

<p class="Q">――では、これまでのナラティブの選び方はアンチ一人称だから?</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:というより、他の可能性を探っているんです。</p>

<p class="Q">――新作『船に乗れ!』は、青春音楽小説というカテゴライズも確かに合っているのですが、読み進めるうちにさらに奥深いところまで連れていかれました。そしてこれは、珍しく一人称なんですよね。大人になった津島サトル君が、高校生の頃を振り返って語っている。そこに微妙な距離が生じて、高校生のサトル君の感情がダダ漏れになることもなく、かつ臨場感も損なわれていないところが見事ですよね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:一人称なんだけれども、一人の人間について一人称が2つある。目玉が4つあるようなもので、立体的になりました。その時々で高校生の津島が語っていたり、今現在の津島が書いていたりするんですよね。それと、今回書いてみて、やっぱり恥ずかしいほど頭でっかちだったんだと思いました。それは小説家になってからもずい分長いこと続いたと思います。小説を書く時に主軸が小説にかかっていて、藤谷治という僕は後回しになっていたんですよ。『船に乗れ!』ではじめて藤谷が小説を書くとしたらどんなことができるのか、ということを自分に問いかけて。問うこともキツかったけれど、それに基づいて小説を書くことに自信がなかったんです。作業は楽ではなかったですね。</p>]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――この3巻を書いて、疲弊したっておっしゃっていましたね(笑)。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:今も慰労中です(笑)。次に取り掛かれない。もう『下北沢』みたいなものを書くわけにはいかないものね。</p>

<p class="Q">――作家・藤谷治が次のステップへ行ったということですか。それともフィールドが広がったということですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:両方ですね。SFを読んだ時にそれがトレーニングになって想像力が大きくも深くも広くもなったけれど、そういうことが実作においても起きるんですね。毎度毎度少しずつ広げていこうと心がけて書いていますけれど、『船に乗れ!』の広がりはちょっと今までにないくらい。</p>

<p class="Q">――広がりというのは、主軸とかナラティブの可能性のことでしょうか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:力強い物語を書く時は、もう手法的なことは考えないと思います。考えるとしても副次的になりますね。</p>

<p class="Q">――ああ、80年代からずっと抱えていたものから、ようやく本当に自由になったと言えるのではないでしょうか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:そうです。だから人間、年を取ったほうがいいんですね(笑)。</p>]]>
    </content>
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    <title>その６「きっかけは万年筆」</title>
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    <published>2009-12-24T07:44:27Z</published>
    <updated>2009-12-18T09:51:08Z</updated>

    <summary>――お勤め時代も応募はしていたのですか。 藤谷:していました。群像新人賞に2年か...</summary>
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        <name>WEB本の雑誌</name>
        
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        <![CDATA[<p class="Q">――お勤め時代も応募はしていたのですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:していました。群像新人賞に2年かけて書いたものを応募して、まったくひっかからなかったこともありました。</p>

<p class="Q">――以前、奥様から万年筆をいただいた話をおうかがいした記憶が...。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:98年に店を出して、99年に女房と知り合って、2000年の誕生日に万年筆をもらったんです。せっかくもらったのだから何か書いてみよう、と思って書き始めたのが『おがたQ、という女』でした。それまでは店のレジのはじっこにワープロを置いて書いていたんですよね。でも『おがたQ、という女』は、客がいない時にずっと万年筆で書きました。その時に僕に何が起こったかというと、マルケスの『百年の孤独』を読んで、これでいいんだ! みたいな気持ちになったんですよね。僕は嘘をつくのが好き、と思った。これまでの概念を覆すような文学のあり方を模索するという、80年代、90年代ずっとバカみたいに考えていたことに、意味がなかったと気づいたんです。それで、「昔むかし、あるところにおがたQ、という人がおりましたとさ」っていうのを書いてみようと思ったんです。</p>

<p class="Q">――デビュー作の『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』よりも『おがたQ、という女』のほうが先だったんですね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:万年筆で書いた『おがたQ、という女』をワープロで清書して新潮新人賞に応募したら、最終選考に残って。そうしたらお店に来る人に「今のうちに第二作を書いておいたほうがいい」と言われて、浮き足立って次回作を書いていたら落ちたんでテンションが下がって、途中でほったらかしにしておいたんです。明けて03年の春くらいに、この店に一人の男の人がやってきて、店内をずっと見てから「持ち込みの中で面白い人はいますかね」「店長さんも何か書いているんじゃないですか」って聞いてくる。それが小学館の編集者である、石川和男さんだったんですよ。慌てて『おがたQ～』を渡して読んでもらったら「面白いですね、他にないですか」。「書きかけのがあります」と言い「それ読みたいなー」と言われて再びテンション上がって書いたのが『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』だったんです。</p>

<p class="Q">――そして作家デビュー。現在はお店の裏側を仕事部屋にしていますよね。お客さんが来ない時はあちらで書いていて、誰かが来たら出てくるわけですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:誰も来ないので、仕事がはかどっちゃって(笑)。だからこんなにたくさん本を書いてしまって。</p>

<p class="Q">――確かに、次から次へというイメージですよ。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:40歳を過ぎてデビューしたら、依頼は断れないです。それに、今まで読ませてもらった本に対する尊敬の気持ちを持って、可能性のあるものは何でもやってみたいと思いますから。まだまだやり足りないんです。ただ、商売にならないと思うものもいっぱいあるので、それはやらない。あとは自分の柄にないもの、例えば、ストーリー性のない、イメージだけの小説とか。...それはやるかもしれないけれど。</p>

<p class="Q">――読書生活は。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:心がけているのは、仕事とは何の関係もない本を一日に5分でも10分でも読むこと。具体的に言うと、室生犀星なんですけれど。ただ読んでいいなあと思うだけで、何がよかったのかを考えない読書。</p>

<p class="Q">――なぜ室生犀星なんですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:あんないい日本語を書く人は他にいないでしょう。川端よりもいい気がするし、川端もそう言ってるし。「美しい日本語」って言葉は微妙だし危険だけれど、僕の基準で言うと、現代日本文学の最高峰だと思っています。</p>
]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――繰り返し読むのですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:何も残らない読書なので、1回目か2回目かも分からない(笑)。何度も繰り返し読むのは、僕にとってコアになるもの。今自分が小説を書く身になってみて、現場から見てこれは大事だと思えるものというのが、乱読の中からポコッと出てくるんですよ。ナボコフの『ロリータ』とか。最近新訳で『訴訟』というタイトルになっていたカフカの『審判』とか。イアン・マキューアンの『贖罪』、フロベールの『ボヴァリー夫人』、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』...。</p>


<p class="Q">――マキューアンだけ新しい作家ですね。確かに『贖罪』は傑作だと思いますが。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:だってあの小説のどれだけすごいことか! 『アムステルダム』から好きになって、遡って読んでみてどれも好きだと思って、でも『贖罪』を読んだら他の作品がちょっと色あせるほど。その後に『土曜日』が出て、ヘンリー・ジェイムズの影響を受けているみたいでいいなと思って、最近『初夜』が出てそれもいいなと思うけれど、でも『贖罪』にはかなわない! ナボコフにとっての『ロリータ』みたいに、決定版だと思います。</p>

<p class="Q">――今、ヘンリー・ジェイムズの名前が出てきましたが、まだまだ聞けていない作家がたくさんいそうな気が...。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:キリがないですよ(笑)。里見弴の話もしてないし、ハント・アーレントもしてないし、チャンドラーもラブレーも中村光夫も小林秀雄もミラン・クンデラも。80年代にはミシェル・フーコーも相当読んだしなあ。殿山泰司は文学に対する硬い気持ちを解きほぐしてくれる。笠原和夫の『昭和の劇』は人に言えない話満載のすごい本。サラリーマン時代、仕事でアメリカのメリーランド州に滞在していた頃は、藤沢周平を読みましたね。外国で読むと、心に染みすぎちゃってもう。...もう、一度では語りきれませんよね。でも、40年以上生きるって、そういうことですよね。あ、ハインラインの話もしてないし(笑)!</p>]]>
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    <title>その５「本のセレクトショップをオープンする」</title>
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    <published>2009-12-24T07:39:58Z</published>
    <updated>2009-12-18T09:43:03Z</updated>

    <summary>――「フィクショネス」をオープンしたのは何年ですか。 藤谷:1998年です。10...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――「フィクショネス」をオープンしたのは何年ですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:1998年です。10年間サラリーマンをやって、もう上司とか部下がいる環境に耐えられなくなったんです。好きにさせてくれって気持ちがありました。儲かるかどうかなんて考えなかったですね。むしろ、忙しくなると小説を書く時間がなくなるから、儲からないほうがいいと思っていたんです。そうしたら、予想以上に儲からなかった(笑)。</p>

<p class="Q">――こちらに置かれてある本は、藤谷さん独自のセレクトによるものですよね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:僕が薦められる本を、神田村に行って買いきってしまうんです。お客さんによって合う合わないはあると思いますが、5冊手にとれば少なくとも3冊は面白い、というセレクションにしたいと思っていたんです。それから、同人誌などの持ち込みを断らない。ここは下北沢ですから。</p>]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――古いものも新しいものもある。クロフツの『樽』やアイリッシュなどのミステリーの名作から、『モンテ・クリスト伯』、『居酒屋』、大江健三郎や遠藤周作も...。正直、トマス・ハリスの『ハンニバル』があるのは意外ですね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:あ、それは僕が読もうと思って買ったんです。でも面白くなかったなあ。今考えて思うとけれど、小説家になるまでに時間があった分、小説に対しての時間はあったんですね。そうするとトマス・ハリスなんて『羊たちの沈黙』が出た時には当代一の流行作家みたいな扱いを受けたけれど、今そう思っている人はいませんよね。そういう諸行無常の変遷を見てきましたね。本屋に勤めていた頃には、なるべくたくさん並べて、ダメだったら返しちゃおうという出版流通の形を見て、子供の頃にカフカが素晴らしい、ドストエフスキーはポリフォニーだなんて言っていたのとは全然違う、シビアな目、俗な目というものを嫌ほど植えつけられましたね。一方で子供の頃からの文学至上主義といっていいような、芸術的な本というものに対するロマンティックな気持ちは取れないですね。だから自分の書くものに対しては少なくとも戦略的にはなれないんです。これを書いたら売れるとか考えられない。逆に『船に乗れ!』や三島由紀夫賞の候補になった『いつか棺桶はやってくる』は、人のことを考えずに書いたものですから。</p>

<p class="Q">――書店で働いたことによって植えつけられた俗な目、というのは。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:何も知らない芸術至上主義の少年青年時代からいきなり出版流通業界に入って同僚たちと話すと、「私も読書家なんですよ、好きなのはシドニイ・シェルダンとか」と言う。それが、僕が本に対して抱く敬意や憧れとは違うもののように思えてしまって。でも、それが現実なんだと思ったし、それが僕にとっての成熟というものでした。</p>

<p class="Q">――いってみれば聖と俗、両方の視点を抱えて書くというのはしんどかったですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:それが書くってことでしょう。口幅ったいけれど、子供の頃に読んだドストエフスキーとかディケンズの生々しい気持ちが分かるような気がします。彼らは何をおいても、金のために書いたんですよ。作曲家の話に託して『船に乗れ!』にも書いたけれど、僕はいいものを作らなきゃ干されるという気持ちで作られるのが芸術だと思うんです。最初から生活を保障されていて、「藤谷さんが書けば何でも売れますよ」と言われてブログの抜粋を片端から本にしていくようなことは、僕にはできない。『罪と罰』は売れた、でも『悪霊』は売れるか分からない、というところでドストエフスキーだって書いている。ディケンズだって、自分の雑誌に連載小説を書いていたけれど、それが面白くなかったら雑誌そのものがつぶれちゃうんだから。そういう中で芸術たらんとするという、それは芸の一種ですよね。芸としての芸術が本当の芸術だと思います。そのヒリヒリした感じというものを、いい気分じゃないけれども植えつけられて思い知らされたって意味では、サラリーマンの10年間は無駄じゃなかったと思う。でも10年は長かったなあ。</p>]]>
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    <title>その４「知識という枷」</title>
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    <published>2009-12-24T07:38:43Z</published>
    <updated>2009-12-18T10:54:53Z</updated>

    <summary>――村上春樹は読まなかったのですか。当時まわり中が読んでいそうな...。 藤谷:...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――村上春樹は読まなかったのですか。当時まわり中が読んでいそうな...。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:社会人になってからですね。その時の仕事は毎日、日販に『ノルウェイの森』の注文伝票を書くこと。本屋さんに就職したんですよ、丸善ブックメイツの横浜ポルタ店。小説家になりたくて、小説を書く時間を仕事にとられるのが嫌で、残業のない、家から近い職場にしようと思ったんです。それから10年間いろんなところで働きましたが、残業がなかったことと、残業代が出たことは一度もなかった。苦しい時代だったんです。</p>

<p class="Q">――映画青年だった藤谷さんが、小説家になろうと思ったのはいつくらいですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:21、2歳の頃じゃないですかね。大学に入ってすぐの頃はシナリオライターからはじめて映画監督に...と思っていたんですが、フタをあけてみたら、映画というのはプロデューサーの意向や予算や配役の調整、そして今何が流行っているのかという時代の流れを考慮して、妥協の産物になってしまうんだなと思って。</p>]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――でも、批評の時代を体験してきた身としては、小説を書くことに構えてしまいませんでしたか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:構え続けたんです。それで40歳までデビューできなかったんです。批評の時代にいろんなことを聞かされたわけですが、そのひとつに、今は相対性の時代だ、というのがあったんです。メインストリームというものは存在しなくて、無限の相対性の中で我々は生きていくしかないんだ、と、ニューアカデミズムの人が言ったと僕は受け取ったんです。メインであることは恥ずべきことだみたいな空気があって、今まで読んできて面白いと思っていた、立派だと思っていたディケンズやユーゴーは「もう古い」となり、それよりもたとえば『すすめ!!パイレーツ』のほうがいいんだって言う。ということは今までにやりつくされた文学的手法というものを超える何事かがなければ、新しい小説家、文学者である意味はないんだっていう強迫観念みたいなものを持ってしまったんです。それから38、39歳くらいまで。まるまるサラリーマン時代はそう。この店を立ち上げるまで続いていましたね。</p>

<p class="Q">――それまでは書いては止まり、書いては止まり?</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:そう。</p>]]>
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    <title>その３「批評の時代の洗礼」</title>
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    <published>2009-12-24T07:37:19Z</published>
    <updated>2009-12-18T09:27:39Z</updated>

    <summary>――高校は音楽科に進学したわけですが、読書の時間はありましたか。 藤谷:読書量は...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――高校は音楽科に進学したわけですが、読書の時間はありましたか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:読書量は減りましたが、長距離通学になったんです。小田急線で藤沢から登戸に行くまでの間にずい分読んだ気がします。相変わらずドストエフスキー、ニーチェも読んでいましたし、カントやキェルケゴールも読みました。このあたりは、音楽の話を哲学的に語っているんですよね。カントは音楽が大嫌いでしたけれど。僕は原理的なものが好きだったんですね。カントも「～批判」って題名のものをよく書いている。でもそれはヴァレリーなみに残っていません(笑)。</p>

<p class="Q">――『船に乗れ!』のサトル君もニーチェを読んでいますよね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:僕はサトル君よりももっと分かっていなかったと思います。彼はいい引用をしているし。僕は原理論とか決定版みたいなものがないかなと思っていたんですよね。それで高校の時に新約聖書を読んだんじゃないかな。おじいさまがクリスチャンだったので、子供の向けの聖書物語は小さな頃から読んでいましたけれど、開高健が「無人島に持っていくなら文語訳の聖書だ」と言っているのを読んで、それで自分も読みました。</p>

<p class="Q">――チェロのレッスンを受けながら、夜は本を読み。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:そして午前1時になるとラジオで「オールナイトニッポン」を聞く(笑)。午前3時まで起きていられたら勝ち、という。</p>]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――小説は何を読んでいましたか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:『ジャン・クリストフ』。親父の棚にあったヘルマン・ヘッセもよく読みましたね。</p>

<p class="Q">――『ジャン・クリストフ』といった大長編を読むことを苦としなかったんですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:長いもののほうが記憶に残りますよ。読んだ達成感で覚えているんでしょうね。ただ、いまだに『戦争と平和』は読んでいないんです。何回トライしても途中でくじける。あとは高校の頃にアガサ･クリスティーやシャーロック・ホームズなどの探偵小説を読みました。エラリイ・クイーンのドルリー・レーンものは読みました。ハードボイルドはチャンドラーしか読んでいないけれど、それは大学に入ってからかな。</p>

<p class="Q">――そして大学生活の読書は。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:乱読につぐ乱読です。二浪したんですが、浪人時代に高橋源一郎の『さようならギャングたち』を読みました。そのあたりから現代における文学のあり方を考えるようになりました。音楽をやめて映画青年になりましたし。それに80年代といえば知る人ぞ知る批評の時代。大岡昇平がそう言ったんですよね。批評ということでまず蓮実重彦を読み、蓮実重彦が対談しているから江藤淳を読み、同じように柄谷行人を読み。そういう人が軒並み気にしているので吉本隆明も。そのあたりと糸井重里、いとうせいこうも読みましたね。『ビックリハウス』という雑誌があったんですよね。あとは橋本治とか。そうなってくると、読む本がリファレンスになってくるんです。参考文献みたいなものを選ぶようになる。筒井康隆がドナルド・バーセルミのことを言うし、高橋源一郎もバーセルミと言うからバーセルミを読む。蓮実重彦が言うから後藤明生や藤枝静男、柄谷行人が言うからシェイクスピア、江藤淳が言うから小島信夫を読む。当時どういうわけか、学習のために必要な本については学校から月5000円出してくれたんです。僕はそれで角川書店の『三遊亭円朝全集』を3巻か4巻ぐらいまで買いました。あの時に全部揃えておけばよかったなあ。円朝の影響も僕にとっては大きいですから。</p>]]>
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    <title>その２「川端の死んだ日」</title>
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    <published>2009-12-24T07:34:22Z</published>
    <updated>2009-12-18T09:14:05Z</updated>

    <summary>――他に読んでいたのは。 藤谷:『少年チャンピオン』、『少年マガジン』。この2つ...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――他に読んでいたのは。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:『少年チャンピオン』、『少年マガジン』。この2つは僕にとって大きかったですね。『少年マガジン』に「愛と誠」という漫画が連載されていて、その中にツルゲーネフの『はつ恋』が出てくるんです。それではじめて自分で買った文庫が『はつ恋』。小学校4年生の時でしたね。</p>

<p class="Q">――小説に関しては海外モノばかりですね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:祖父が学校の先生をやっていたので、鎌倉の文士ともつきあいがあったんです。『二都』にもちょろっと書きましたが、親がいっつもお辞儀をして挨拶をしているおじいさんがいて、誰だろうと思っていたら「有島生馬も知らないのか」って。近所の名士だったんですよ。川端康成が死んだ日のこともよく覚えていますね。みんなで遊んでいたら、友達が一人自転車に乗ってバーッと来て、「川端康成が自殺したんだよー!」って。川端の家は長谷の消防署の奥を入ったところだっていうのは誰でも知っているから、そこに行こうと思ったら、逗子マリーナで死んだっていう。それでみんなで小坪トンネルをくぐって行きましたよ。そしたら警察やマスコミの車が並んで、大人がいっぱいいて殺気だっていたから、怖くなって帰りましたが。</p>

<p class="Q">――そうした身近な作家の作品は読まなかったのですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:文士といえども、僕らにとっては近所の人ですからね。近所のちょっと偉い人。うちのお袋が永井龍男の娘と友達、という感じだったんです。だから改めてその人の小説を読んでみようという気持ちは、子供にはなかったんじゃないかな。もちろん、後から川端だって読みましたが。</p>

<p class="Q">――それにしても、お家に相当数の本があったのではないでしょうか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:応接間にも本棚があって、2階の奥の部屋にも本棚があって...。藤谷家が祖父母から借りているわけですから、おじいさまおばあさまが来たら汚れていないようにしなさいと言われていたけれど、どんどん勝手に入っていきました。音楽関係の本もたくさんあって、アンリ・ゲオンの『モーツァルトとの散歩』なんか好きでめくっていました。あとはオペラの対訳本。オペラのセリフを戯曲のように訳している本が、音楽の友社から出ていたんです。と同時に「少年探偵団」なんかを読んでいるんだから、大人なんだか子供なんだか分からないですね(笑)。</p>

<p class="Q">――藤谷さんの『船に乗れ!』三部作の主人公、高校の音楽科に通うチェロ奏者の津島サトル君の家庭環境は、そのまま藤谷さんと同じだと聞いています。祖父母を「おじいさま」「おばあさま」と呼んでいたのもそのまんまだそうですね。おじいさまが音楽の先生だったそうですが、チェロはいつくらいから習っていたのですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:小学5、6年か中1ぐらいからじゃないかな。ピアノは小さい頃から習わされていました。</p>

<p class="Q">――サトル君は最初、自信過剰なところがありましたが、その頃、今思うと藤谷さん自身はどんな少年だったと思います?</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:ませていたということだけは間違いないですね。自意識が過剰だったと思います。普通に友達づきあいもあったけれど学校に行きたくなかったし、心の中で自分は特殊であるかのように思っていたのかも。周囲の生徒から見て僕が特殊に見えたという気はしませんが。でも高校生の頃は目つきがきつかったって、友達にメールに書かれましたねえ。</p>

<p class="Q">――音楽のレッスンなどの時間も必要だったのでは。読書の時間がよくありましたよね。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:放課後友達の家に行ったことって、覚えているだけで全部だと思うんです。それくらい少ない。友達が来たことはあったけれど。それに小中学生の頃なんて、友達の家に遊びにいっても晩御飯の時間までには帰るでしょう。そこから寝るまでは、夜だから楽器も弾けませんし、ずっと本を読んでいました。</p>

<p class="Q">――では、中学校時代の読書生活はどうだったのでしょう。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:そこからSFの時代が始まります。小松左京の『日本沈没』や星新一のショートショートが中学生の頃ものすごく流行っていました。映画で『スター・ウォーズ』も公開になりましたし。ショートショートはすぐ読めていいということで、フレドリック・ブラウンや筒井康隆ら短いものを書く人を読みましたね。『SFマガジン』『奇想天外』『SFアドベンチャー』といったSF文芸雑誌が3つも4つもあった時代です。短編を読んでいくにつれて、SFというのは「サイエンス・フィクション」じゃなくて「スペキュレーティブ・フィクション」、思弁的な小説だと言い出すようになって。僕が、じゃないですよ、SF作家が、ですよ(笑)。そこからJ・G・バラードや、アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』などが好きになったんですが、僕の中で特権的な存在になっていたのが小松左京と筒井康隆。この2人については、文学についても教わった気がします。彼らの書評や読書論には、本当に純文学や海外小説が多かった。小松左京はダンテの『神曲』をイタリア語で読むために京大でイタリア語を専攻したくらいですから。で、2人の影響を受けて、そこからカフカ、ニーチェ、ドストエフスキー、ディケンズを読むようになって。サマセット・モームも短編は読んだら忘れちゃうんだけれど長編の『月と六ペンス』と『お菓子と麦酒』は面白かったですね。全集好きなので(笑)、カフカも家にあった初期の全集で読みました。</p>

<p class="Q">――星、小松、筒井に続いて現代国内作家は読まなかったのですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:小松左京と筒井康隆に関しては、対談から雑文まで全部読んでいたんです。そこから小松左京の友達だから開高健を読むようになり、田辺聖子を読むようになり。</p>

<p class="Q">――どうしてそこまで2人の作品に惹かれたのだと思いますか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:想像力の筋肉がついていくのが分かって嬉しいんですよ。人間の想像力ってここまで果てしないのかと思って。あとは笑いの要素があったからですね。本当にあの頃は、競い合ってデタラメなことを書いていたと思う。ある日突然地球がべちゃっとつぶれた。太陽系もべちゃっとつぶれて、銀河系もべちゃっとつぶれる。今まで一斉に落ちてたんだっていう(笑)。何その想像力! って思いますよね。小松左京の「タイム・ジャック」なんてタイムマシンが故障して、江戸時代がめくれるって。めくれるって、何それ!って。そういうのが面白かったですね。その一方で、小松左京は戦争小説も書いている。「召集令状」や「春の軍隊」、「戦争はなかった」...。それらが直接心にきましたね。今でも小松左京は日本の文学が作った最高に素晴らしい人だと思う。紫式部の頃からこっちに至るまで。文明批評をする作家はいたけれど、それはたいてい偏った見方の人間だったし、それに小説が面白くない。ここまで小説が面白くて文明批評もできたというのは小松左京の他に知らないですよ、日本では。</p>]]>
        
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    <title>その１「ヴァレリー、モリエール、チャップリン、落語」</title>
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    <published>2009-12-24T07:32:34Z</published>
    <updated>2009-12-18T08:50:35Z</updated>

    <summary>――一本日は藤谷さんが経営するセレクト書店「フィクショネス」での取材。書店を経営...</summary>
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        <![CDATA[<p class="Q">――一本日は藤谷さんが経営するセレクト書店「フィクショネス」での取材。書店を経営されているということは相当な本好きだと思うのですが、幼い頃はいかがでしたか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:記憶はないんですけれどお袋がよく話してくれるのが、寝る前に本を読んでもらう年頃、つまり3歳くらいの頃、一緒に川の字になって寝ていると夜中に真ん中の僕がいなくなっている。探してみたら冷蔵庫の前にいて。ほら、扉をあけると電気がつくでしょう。あの明かりで絵本を開いていたらしいんですよ。そこから字を覚えていったみたいですね。もちろん自分では覚えていません。覚えている読書というと、小学2年生の時に小学館の『小学五年生』を読んでいたこと。『小学二年生』の「ドラえもん」が幼すぎて、もっとストーリー性のある「ドラえもん」を読みたかったから(笑)。</p>

<p class="Q">――自発的に本を読む子だったんですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:好きでした。字が読める、ということが好きだったんじゃないかな。家の中に結構本があったので、気がついたら読んでいましたよ。でも覚えているのは「ドラえもん」や「のらくろ」。「のらくろ」は講談社から出ている、布張りの本を何巻が揃えてもらっていましたね。活字の本というと、家に子供向けの文学全集がありまして。僕の世代は、家に全集を揃えるという習慣の名残があったんです。それで「メリー・ポピンズ」「飛ぶ教室」「シャーロック・ホームズ」などを読みました。ハドソンの「緑の館」があったことも覚えています。</p>

<p class="Q">――それが小学校低学年の頃ですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:そうですね。中高学年になると、立派な本というものが好きになったんです。中に何が書いてあるということ以上に、箱に入っていて装丁がきれいて、ヒモがついていて、という本が好きになって。僕は稲村ヶ崎に住んでいたんですが、それはもともと祖父母の家なので、祖父母の蔵書がそのまま残っていたんですね。そこから引っ張り出して読んでいたのが『ヴァレリー全集』。</p>

<p class="Q">――小学生でポール・ヴァレリーですか。しかもおじいさんの本だったら、旧漢字だったりしたのでは。読めましたか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:読めません(笑)。翻訳者によっては新漢字もあったんですけれどね。ただ、話が錯雑になるんですが、小学4年生の頃に親父がよくチャップリンのリバイバル上映に連れていってくれたんですよ。モンティ・パイソンの放送が始まったのもその頃。それで、コメディというものに興味を持ち始めたんですよね。ヴァレリーも詩は分からなかったけれど、「我がファウスト」という抽象的なコメディを書いていて、それを読んでいました。もう一切覚えていませんけれど。</p>

<p class="Q">――でも当時、ユーモアは感じ取っていたんですかねえ。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:感じ取っていなかったでしょうねえ。完全にポーズです。本当に読んで面白いと思ったのは、祖母の本棚にあった『モリエール全集』。中央公論社から出ている、鈴木力衛訳のものですね。これに関しては好きでその後もずっと読んでいて、小口が汚くなっちゃうほど。後ろの解説を読んで年表を作ったりして。モリエールには相当影響を受けました。じゃあなぜ先にヴァレリーの話をしたのかというと、今の僕の中にまったく残っていないから。小さい時に読む本は残るっていうけれど、ものには限度があるんでしょうね(笑)。今『ムッシュー・テスト』を読んでもそんなに面白いと思わないし。ただ、形見分けのように全集はもらってきたので、いつかは全部読んでみたいと思っているんです。</p>

<p class="Q">――モリエールは、何が藤谷少年の心に響いたのでしょう。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:コメディだってこと。あと、立派な本に、コメディが入っているのがいいなあと思っていましたね。結果的に笑いということに関しては相当高尚な教育を受けましたね。小学3、4年の頃は、上野の鈴本演芸場に連れていかれて、落語も聞いていましたから。</p>

<p class="Q">――お父さんが連れていってくれたのですか。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:親父が秋葉原で会社を経営していたんです。職場に僕を連れていくんですが、すぐ邪魔になるので、鈴本か交通博物館に連れていく。交通博物館は大人がずっとついていなくちゃいけないけれど、鈴本ならキップ売り場のおじさんに声をかけて、座らせておけばいい。昼の部から夜の部まで、ずっと座っていました。落語に関してはまったく飽きずに聞いていましたよ。</p>

<p class="Q">――フランスの古典と、日本の古典...。</p>

<p class="A"><span>藤谷</span>:そしてチャップリンと。笑いに関してはハイソサセティにいたんですよ(笑)。呉服屋の丁稚にもいいものを触らせるというでしょう。まずいいものを知るという。音楽と笑いに関してはラッキーでしたね。</p>]]>
        
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    <title>その６「一作ことに小さなチャレンジを」</title>
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    <published>2009-11-25T11:07:47Z</published>
    <updated>2009-11-25T09:00:57Z</updated>

    <summary>――最近読んで面白いと思う作家は。 越谷:森見登美彦さんには嫉妬しますね。私が言...</summary>
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        <category term="第97回：越谷オサムさん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p class="Q">――最近読んで面白いと思う作家は。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:森見登美彦さんには嫉妬しますね。私が言えた立場じゃないんですが。日本ファンタジーノベル大賞を僕の前年に取っていたんですが、特に受賞作をチェックするわけでもなかったんです。でもその後『太陽の塔』を読んでみたら、めちゃくちゃキュートで。ゴキブリキューブをなんでこんなに可愛く書けるんだろう、っていう(笑)。</p>

<p class="Q">――越谷さんの作品もキュートですよね。自作でのこだわりというのは...。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:うーん。...自分の本の話になるととたんに固まってしまう(笑)。</p>

<p class="Q">――著作インタビューの時大変ではないですか(笑)。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:はあー、とか、まあーとか言うのをなんとか原稿にしてもらっています。</p>

<p class="Q">――物語の発想は何がきっかけなんでしょうね。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:なんだろう。はすむかいの家の屋根に猫が同じ姿勢でずっと座っているのを見た時に話がぽーんと生まれたり。</p>

<p class="Q">――ほお。先ほどバンドの経験はないということでしたが『階段の途中のビッグ・ノイズ』という青春バンド小説を書かれたりする。経験のないものを書くというのは。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:専門的なことは勉強するしかないんですが、それが面白かったりするんですよね。それに、例えばサーフィンをやっている人でも漆塗りをやっている人でも、ぶつかる壁というのは人間関係の難しさだったりと、わりと同じようなものだと思うんです。</p>

<p class="Q">――取材はするのですか。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:モデルとなるロケーションがあるなら行きます。片手にデジカメ、片手に地図帳を持って。平日の昼間から小学校のまわりをウロウロしているのに、なぜか一回も職質をされたことがない。明らかに怪しいんですけれど(笑)。でも、おまわりさんってかなり頻繁にパトロールしているんだなということは発見しました。</p>]]>
        <![CDATA[<p class="Q">――新作『空色メモリ』は、文芸部の高校生の男の子たちが、女の子を助けようと奮闘する青春小説。そこに別の問題が絡んできたりして。この物語の出発点は。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:高校のバンドものを書いた時、ひとつふたつ欠けているものがあるなと思ったんです。「ビッグ・ノイズ」の彼らは、物語が始まった時点ですでにやりたいことを見つけている。でも自分が高校の頃にやりたいことを見つけていたかというと、そんなことはなかった。じゃあ、やりたいことがないという子たちの話を書かないと不公平だと思って。あと、「ビッグ・ノイズ」は4人のメインキャラがいたんですが、デブが一人もいなかった。これは不公平だろう!と思ったんです。あとメガネの子も、巷にこんなにあふれているのに一人もいなかった。なのでデブとメガネが主人公でいこうと思ったんです。あとは、自分はミステリーには向いていないと思っていたんですが、ミステリーっぽくして、という要望があった時、苦手分野があるのも困るなと思って、できる範囲でミステリーにしてみます、と返答して...。</p>

<p class="Q">――主人公の男の子二人がとっても愛らしい。それに探偵役として、ステキな働きをする。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:冴えない子がそんなに大きくは変わっていないので、すごく好きなんです。「ビッグ・ノイズ」ももともとは、高校生というよりは加藤先生という、ダメなメガネの先生を書きたい、というところに最初のアイデアはあったんです。</p>

<p class="Q">――若い主人公たちを書かれる印象があるのですが。</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:自分よりも年をとっている人を書くのは躊躇があるんですよね。例えば20代の人が書く30代の男の話を読むと、「.........」となることがある(笑)。つまり僕が年上の男の話を書くと、40、50代の人に読まれる時に、どうなのかっていう。まあ、書きます。まだ先ですけれど、数えで42歳、厄年の男の話を書く予定です。先のばしにしていると、その年齢に追いついてしまうけれど。今書いている高校生の女の子の話の次に書こうかと。</p>

<p class="Q">――また新しいチャレンジなわけですね!</p>

<p class="A"><span>越谷</span>:自分が書きたいものしか書けないので、あまり特別なことをしようとは思っていないんです。ただ、地味なところで挑戦をしていますね。結婚していないのに新婚の二人を書いたり、ギターを弾けないのにバンドの話を書いたり、女の子を主人公にしたり。一作ごとに新しいことはやっていこうと思っています。</p>]]>
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