第190回:滝口悠生さん

作家の読書道 第190回:滝口悠生さん

野間文芸新人賞受賞作『愛と人生』や芥川賞受賞作『死んでいない者』をはじめ、視点も自在、自由に広がっていく文章世界で読者を魅了する滝口悠生さん。実は小さい頃はそれほど読書家ではなかったという滝口さんが、少しずつ書くことを志し、小説のために24歳で大学に入り学び、やがてデビューを決めるまでに読んで影響を受けた作品とは? その遍歴も含めて、たっぷりと語っていただきました。

その4「大学に入って新たに学ぶ」 (4/5)

  • 存在と時間〈上〉 (ちくま学芸文庫)
  • 『存在と時間〈上〉 (ちくま学芸文庫)』
    マルティン ハイデッガー,Heidegger,Martin,貞雄, 細谷
    筑摩書房
    1,320円(税込)
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  • 機械・春は馬車に乗って (新潮文庫)
  • 『機械・春は馬車に乗って (新潮文庫)』
    利一, 横光
    新潮社
    605円(税込)
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  • 時間のかかる読書 (河出文庫)
  • 『時間のかかる読書 (河出文庫)』
    宮沢 章夫
    河出書房新社
    1,012円(税込)
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――それで早稲田大学に行って、文学論の授業などを受講したわけですか。

滝口:そうですね。実作の授業もあったんですがそれは取らないで、概論的な講義に多く出ていましたね。周りが自分より若い子ばかりなので、友達とかはほとんどいませんでしたが、その分勤勉に学校に通っていました。池袋から1時間くらい歩いて大学に行って、授業に出て、池袋らへんをまた2時間くらい延々歩いて帰る。その時期が一番調子よかったですね。見たり、考えたり、本を読むのもとっても楽しかった。
 その頃は、リアルタイムに発表されている小説に目を向けるようになったのと、古典の哲学などを多く読みました。時間論に興味があったので、ハイデガーの『存在と時間』とか、ベルグソン、ドゥルーズとかも読みましたが、難しくて全部は読み切ってないものも多いですね。
 日本の小説では、横光利一の『機械』を授業で読んだことが大きかったです。近代文学の演習でたまたまこの本を発表する担当になったんですけど、読んだらめちゃくちゃ面白くて。横光利一は、他は正直あまり面白いと思えなくて、『機械』だけが変に面白い。何回読んでも分からないし、分からないんだけど面白い。その『機械』を10年くらい読んだという宮沢章夫さんの『時間のかかる読書』をあわせて薦めたいです。あとは保坂さんの本で知った小島信夫とか、中国の残雪という人の作品も別の授業で取り上げて何か発表したりしました。

――相変わらず古書店に通っていましたか。

滝口:はい。早稲田も古本屋が多いし。アナトール・フランスの『少年少女』もたまたま古本屋で見つけて読みました。アナトール・フランスが子ども向けに書いた短い話を集めた短編集なんですが、三好達治が訳をしていて、その訳も素晴らしいです。いろんな子どもが主人公なんですが、子どもが見たり考えたりしたことだけを言葉にしたみたいな文章で、大人用に均したり説明していないところが好きです。いまだに古本屋で見つけると買って、人にあげたりします。
 あ、つげ義春の話をしていませんでしたね。『ねじ式』などの漫画も好きですが、この人の文章もいいんですよね。温泉ものの旅日記とか、『つげ義春とぼく』の夢日記とか大好きです。また日記の話ですね。

――授業の影響というのは何かありましたか。

滝口:音楽系の講義も取っていたんですけれど、音楽というより音や音響に興味があって、そういう本をよく読みました。ジョン・ケージとか。あとマリー・シェーファーという人の『世界の調律』という本。サウンドスケープという概念についての入門書的な本なのですが、環境音や騒音、人間の聴覚に関する概説や研究が引かれたもので、学術的な文献も多いけれどそんなに難しくはない。要するに音の聞こえ方の話と言えばいいですかね。散歩をたくさんしていた時に、視覚的にも面白いんですが、音の聞こえ方も面白いなと思い始めて、テープレコーダーで音を録音しながら歩いたりしていました。僕が最初に書いたのが「楽器」という小説なんですけれど、その関心がもろにそのままそこに繋がったという感じです。

――学生時代、小説は書いていたのですか。

滝口:まだそんなに本格的ではないです。書こうという気持ちがあって大学に行ったので書いてはいましたけれど、どんどん書いて応募する、みたいな感じではなかった。それで、三年大学に通って、だいたい大学の授業はこれでいいかなと思ったので中退しました。ある程度自力で読めるようになったし、もういいだろうと。

――そこがすごいなと思って。一応卒業しておこう、とか思わなかったんですよね。

滝口:それは全然迷わなかったですね。大卒資格が必要なところに就職しようとかも思っていなかったし。そもそも24歳になって大学に行った時点で経歴としてはもうまともじゃないわけだから、そこで今更卒業しようが退学しようが同じでしょう。そこはもう、どうでもよかったです。

――将来どうなるんだろうという不安はありませんでした?

滝口:ありましたけど、大学卒業しても解決するものではないし、今だって不安ですし。これをしておけば将来安心だ、みたいなことは昔から全然信用してないんですよね。といってゆるゆるとやっているばかりで、こんなんでいいのかなとも思いますね。しょうがないんですけれどね。

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