第201回:古内一絵さん

作家の読書道 第201回:古内一絵さん

映画会社に勤務したのち作家デビューを果たし、さまざまな舞台を選んで小説を執筆している古内一絵さん。ドラァグクイーンが身体にやさしい夜食を出してくれる「マカン・マラン」もいよいよ完結、今後の作品も楽しみなところ。では、どんな読書体験を経て、なぜ小説家へ転身を果たしたのか。その転機も含めて読書遍歴をおうかがいしました。

その6「人に指摘された小説の書き方」 (6/7)

  • バッテリー (角川文庫)
  • 『バッテリー (角川文庫)』
    あさの あつこ,佐藤 真紀子
    KADOKAWA/角川書店
    1,130円(税込)
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  • 十六夜荘ノート (中公文庫)
  • 『十六夜荘ノート (中公文庫)』
    古内 一絵
    中央公論新社
    748円(税込)
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  • 風の向こうへ駆け抜けろ (小学館文庫)
  • 『風の向こうへ駆け抜けろ (小学館文庫)』
    一絵, 古内
    小学館
    759円(税込)
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  • すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)
  • 『すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)』
    ドーア,アンソニー,Doerr,Anthony,光, 藤井
    新潮社
    2,970円(税込)
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――へええ。それで、辞めて投稿生活に入ったのですか。

古内:そうですね。2年間やって駄目だったら翻訳の仕事をやろうと。その2年間も繋ぎみたいな感じで、大学の中国語の師匠のところで中国語の文法の編集もやっていました。それで、2009年の春に退職して、2010年11月にポプラ社小説大賞で引っかかったんですよね。

――それが翌年刊行された『快晴フライング』、のちに『銀色のマーメイド』に改題された水泳部の話だったんですね。それまでに他の新人賞にも応募されたのですか。

古内:そうですね、さくらんぼ文学新人賞に応募して最終候補までいったり、太宰治賞に応募して、それは1次までだったかな。まあ、何かしらには引っかかるので、まったく何の見込みもないわけではないんだろうなと思いながら、『銀色のマーメイド』を書いて、実は人に言ったことがないんですけれど、仕事仲間のプロデューサーに読んでもらいました。その人はシナリオチェッカーをやっていたんです。シナリオのチェックして、赤を入れるという、編集さんみたいな仕事ですね。それまでは誰にも見せずに投稿して落ちる、ということを繰り返していたんですけれど、そこではじめて人に読んでもらいました。そうしたら、「これ、本になるよ。だけど、このままじゃならない」って言われて。「君、小説の書き方分かってないでしょう」って。多視点でいろんな子どもたちの内面を書いていたんですが、「これじゃ純文学なんだかエンタメなんだか分からないよ」って。「俺が読むにこれは弱小水泳部に性同一性障害の女の子が秘密兵器としてやってくるという、エンタメだよ」、「だったらエンタメの書き方しなかったら、受からないよ」。そこで「ええー。エンタメと純文ってそんなに違うの」と言ったら「馬鹿じゃないの。エンタメにはエンタメの、純文には純文の書き方ってものがあるんだよ、今までどんな読書をしてきたの」って。

――もともと厳しく言う方なんですか。

古内:すっごく厳しい人でした。それだけはっきり言ってくれると信頼していました。で、「エンタメはどういった見せ方をするの」と訊いたら「まず『神話の法則』を読みな」と言われました。『神話の法則』って、ハリウッドのシナリオの書き方を指南した本なんですね。「スター・ウォーズ」などの物語のパターンを書いている本。ここで危機があって、ここで何か成果があって、でも次に何かあって...というパターンですね。それで、他にもその人に言われた通りにあさのあつこさんの『バッテリー』とかいろいろ読み直して、頭から『銀色のマーメイド』を全部書き直しました。その時にはじめて、エンタメ小説ってこうやって書くんだと学びました。

――その時、そのアドバイスがなかったら、デビューまでにもっと時間がかかっていたかもしれませんね。

古内:そうですね。他にも「映画だってそうでしょう」「この監督ならこういう売り方があるって思うでしょう? 色が分からなかったらパッケージにならないんだよ。小説も風俗小説なのか恋愛小説なのか、エンタメなのか、君はごちゃごちゃになっている」って言われましたね。そうした意見を聞いて、はじめてエンタメに振り切って書いた『銀色のマーメイド』が特別賞を獲ったので、よかったなあって。
その時に「資料を見ながら書く」ということも学びました。それまで落ちていたものは、わりと自分の経験してきたこととか、自分に近いことを書いていたんですね。でも『銀色のマーメイド』は青春小説で、今の中学生はどうなんだろうということや、性同一性障害の人が出てくるので、そのあたりのこともちゃんと調べないと書けなかったんです。なので、資料として本を探して読むということを始めました。次に書いた『十六夜荘ノート』というのは、戦前戦中戦後の話なので、もっと資料を読み込まないと書けない話でしたし、次の『風の向こうへ駆け抜けろ』は競馬の女性ジョッキーの話なので、出版社の編集さんと一緒に取材をするということも始めました。それはそれですごく楽しかったですね。

――デビュー後の生活はいかがですか。

古内:中国語の編集をやっている時は、毎日毎日小説のことだけ考えて生きていけたら楽しいだろうなと思っていましたが、実際そうなるとそこまで楽しいものでもなく(笑)。でも本当に良かったなと思うのは、会社員生活を20年間やったことが力になっていること。何も知らずに20代でデビューしていたら、私はたぶん、書き続けられなかったと思うんですね。取材の仕方にしても、会社員時代に鍛えられたものがあるので、それは会社に育ててもらったなと、感謝の気持ちでいっぱいです。

――読書はいかがですか。

古内:浅田次郎さんは相変わらず好きですね。『終わらざる夏』とか、ああいうのが好きです。最近ではアンソニー・ドーアの『すべての見えない光』がすごく良かったですね。『アウシュヴィッツの図書係』とか、『HHhH プラハ、1942年』も好きでした。もちろん、川上弘美さん、山田詠美さん、角田光代さんもずっと大好きで、楽しく読んでいます。最近の若い方も、うわあ、うまいなあと思いながら読むものは多いですね。一木けいさんの『1ミリの後悔もない、はずがない。』もすごくいい小説だなと思いました。
それと今、ちょっと興味があるのが憲法24条で。9条の話題の影に隠れちゃっているんですが、24条も改憲案があるんですね。それは家族法の改憲なんですよ。これはまずいのではないかと思い、『まぼろしの「日本的家族」』という、早川タダノリさんの書かれている本なども読みました。
今の24条で守られているのは個人の権利なんですけれど、それを今度は家族という単位に変えていこうとしている。それって乱暴な言い方をすると家族の中で起こったことは家族で解決しようということで、家族になれない人たちはどうするの、と思います。独身とか、同性愛者やバイセクシャルや、あえて事実婚を選んだ人たちとかが、憲法で守られなくなってしまう怖さがある。
そうした気配を察知してか、最近では女性の作家たちもいろんな小説を書いていますよね。田中兆子さんの『徴産制』とか村田沙耶香さんの『地球星人』とか、本当にすごいなと思いました。『地球星人』の、誰もが身に覚えのある親戚の集まりとかの感じから始まって、あのラストの突き抜け方、びっくりしました。男性の作家も、白岩玄さんの『たてがみを捨てたライオンたち』も興味深く読みました。

  • アウシュヴィッツの図書係
  • 『アウシュヴィッツの図書係』
    アントニオ・G・イトゥルベ,小原 京子
    集英社
    2,420円(税込)
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  • HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)
  • 『HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)』
    ローラン・ビネ,高橋 啓
    東京創元社
    2,860円(税込)
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  • 1ミリの後悔もない、はずがない
  • 『1ミリの後悔もない、はずがない』
    一木 けい
    新潮社
    1,540円(税込)
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  • まぼろしの「日本的家族」 (青弓社ライブラリー)
  • 『まぼろしの「日本的家族」 (青弓社ライブラリー)』
    タダノリ, 早川
    青弓社
    1,760円(税込)
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