第211回:又吉直樹さん

作家の読書道 第211回:又吉直樹さん

お笑い芸人として活躍する一方で読書家としても知られ、発表した小説『火花』で芥川賞も受賞した又吉直樹さん。著作『第2図書係補佐』や新書『夜を乗り越える』でもその読書遍歴や愛読書について語っていますが、改めて幼少の頃からの読書の記憶を辿っていただくと、又吉さんならではの読み方や考察が見えてきて……。

その6「岩を叩き続けている作家」 (6/7)

  • 杳子・妻隠(つまごみ) (新潮文庫)
  • 『杳子・妻隠(つまごみ) (新潮文庫)』
    古井 由吉
    新潮社
    572円(税込)
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  • 文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
  • 『文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)』
    京極 夏彦
    講談社
    1,012円(税込)
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――気になる作家ができると、その人の作品を集中的に読むタイプですか。

又吉:そうですね。で、わりとデビュー作から順番に読みますね。古井さんは最初に読んだのが『杳子・妻隠』でしたが、その後はわりと順番に読んでいっているんじゃないかと思います。京極夏彦さんはデビュー作の『姑獲鳥の夏』から読み始めましたし、中村文則さんもデビュー作の『銃』からわりと順番に読んでいきましたし。

――又吉さんといえば、中村文則さんを愛読している印象も強いです。

又吉:25歳か26歳の頃、僕、古井由吉さんを追いかけていたので、古井さんの選評を読んだ時に中村さんの名前も見かけていたんです。それとは別に、編集者に「僕は近代文学が好きで、ああいうのは古いとは思わなくて、むしろそれ以降に書かれたニューウェーブ的なものを古く感じてしまうんです。現代であの近代文学の続きをやっているようなタイプの作家さんっていないんですか」って質問したら「いるよ」みたいな感じで薦めてもらったのが中村さんの『銃』でした。それで読んで「うわーっ」となって。すごく普遍的なものを感じたんです。僕もコントを作っているので、テクニカルなことはわりとコントの手法でもあったり演劇的な手法であるので「うわーっ」とはならない。それよりも僕にとって刺激的なことって、ひとつのことを考え続けているとか、そういうものなんですね。中村さんの『銃』を読んだ時にこういう現代の作家さんがいるんやって驚きました。古井さんとか中上健次さんも好きやし、町田康さんも僕の好きな近代文学の流れは感じていたんですけれど、もっと若い人でいてないかなって思っていたので。

――『銃』はある日銃を拾った一人の青年の意識の流れを精密に追った作品ですものね。

又吉:文体が面白いとか魅力的って、歌がうまいようなもんやと思うんですよね。この声やったらなんでもいいって思えるのと一緒で、物語がどう展開しようが、展開が一切なかろうが、永遠に読んでいられる、みたいな。そういう語りが好きですよね。
 中村さんも『銃』から順番に読んでいって、なるほど面白いなと思ったのは、太宰とかの近代文学の作家にもそういうところがありますけれど、ひとつのテーマとか核の部分に向かって、語り直していくようなところがあるんですよね。もちろん同じことを繰り返すのではなく、スライドしながら語り直していくことで、より立体的に何かを浮かび上がらせようとしていて、そこがすごく好きなんです。
 僕、わりと同じことをずっと言っている人が好きなんです。何かを掘っていくのってすごく体力が要るんですよ。お笑いでも、コントとか二人の関係性とかでウケるものができると、そこを深化させていくのってめちゃめちゃ体力が要る。その一方で、やり方を変えて新しい見せ方をするというのは、褒められやすいんですけれど、あんまり体力要らんから、ちょっと後ろめたさがあるんです。でもやり方を変えずに深めていって、より強いネタができた時には、なんともいえない気持ちよさがある。中村さんって、読んでいてそれをすごく感じるんですね。近代文学というものをみんなが何十年も掘り続けてきて、もう底までいったよね、こっからしたはもう岩やから掘れませんってなった後、みんなは違うアプローチで横に穴を広げていった。そうして書かれるものもすごく面白いんですけれど、同世代の中で中村さんだけは、語り直しながらアプローチの仕方を変化させていかれていますけれど、ずっとその底の岩を殴っている音を響かせているというか。それが劇的な新しい何かをもたらしてくれるというより、そうしていることがすごく好きなんです。まだそこ叩いてんねや、みたいな、その覚悟がすごく信用できる。この作家、好きやなあと感じましたね。

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