第213回:河﨑秋子さん

作家の読書道 第213回:河﨑秋子さん

東北と北海道で馬と暮らす人々を描いた物語『颶風の王』で注目され、単行本第二作『肉弾』で大藪春彦賞を受賞、新作短編集『土に贖う』も高い評価を得ている河﨑秋子さん。北海道の酪農一家で育ち、羊飼いでもあった彼女は、どんな本を読み、いつ小説を書きはじめたのか。これまでのこと、これからのことを含め、たっぷりと語っていただきました。

その5「羊飼いの生活、そして今後のこと」 (5/5)

――めん羊の仕事と並行しての執筆活動は大変だと思うんですけれど。どういう生活を送ってこられたのですか。

河﨑:基本は3時くらいに起きて、2時間くらいメールの返信や原稿をやって、朝の5時から牛舎に行って掃除ですとか、牛の搾乳ですとか、羊の餌やりですとかをやって。8時くらいに家に帰って、家事や父の世話をして、ちょっと休憩を挟んで10時くらいからまた牛舎で仕事をして、昼前に戻ってきて食事の支度をして、来客の対応や電話の応対をしながら午後の休憩して、そこで書ける余裕のある時は原稿も書きますね。で、午後の3時くらいからまた牛舎に行って、おやつ休憩を挟みつつ、夜の7~8時くらいまでいますね。

――何時に寝るんですか。

河﨑:10時か11時。寝たい時は早く寝てしまってもうちょっと早く起きるとか、もしくは夜頑張って朝は5時まで寝るという時もありますが。スケジュール調整に失敗して締切直前の時に徹夜したりもしました。

――うわあ。本を読む時間はなさそうですね。

河﨑:作家としても本好きとしても、時間が足りないと自覚しているところです。ただ、そういうこともあって、12月の出荷を最後に、めん羊は終業するんです。

――生活ががらっと変わりますね。

河﨑:そうですね。やってみないと分からないですね。これで朝から晩まで書けると思ってギッチギチにすると、たぶん、1か月ももたないと思うので。ただ、本を読んだりとか、インプットの時間を多く取りたいというのも専業を選んだ理由なので。締切は守りつつ、ちょっと取材に行ったりする自由度が欲しいなと思っています。

――これまでに資料的なものとして読んだもので、面白かった本って何か教えてもらえますか。

河﨑:ああ、中標津のほうに養老牛温泉という地域があるんですけれど、そこを見つけた西村武重さんという方がいらして。冒険家というか狩猟家で、よく熊撃ちの話も書かれているんですけれど、その方の『北海の狩猟者』がすごく面白かったです。地に足のついた、なおかつ誇張のない文章なんですよね。昔の狩猟の話は、どちらかというと性質上誇張して話を盛って自分の武勇伝みたいになっている傾向が多少あるんですけれど、そういうのではなく、冷静に書いているんです。文章も素朴だけれど的確で血肉が通っていて、当時の雰囲気がありありと描かれていて、読み物として非常に面白い。熊2頭が争って共喰いしている様子を傍らで見ている、みたいな話とかがあるんですよ。

――面白そうです。短篇集の『土に贖う』も、養蚕やハッカ油、赤レンガやミンクなど各産業について相当いろいろな本も調べて書かれたと思いますが、ご自身の実体験からヒントを得たものもあるとか。

河﨑:そうですね、近所を車で走っていて廃墟を見つけてかつて産業があったことを知ったり、野生のミンクを見かけたので母に言ったら「昔養殖されていたミンクが野生化している」と言われてそうなんだと思ったりして。

――一篇一篇の文章と視点の置き方と構成力が見事ですよね。大藪春彦賞受賞作の『肉弾』も北海道を舞台にしたクマと人間と犬の壮絶な物語ですが、今後、北海道以外のことも書かれるのでしょうか。

河﨑:そうですね。今まで北海道を書いてきたのは、愛着もあるし、調べやすいということもあって。酪農しながらでも調べられる範囲のものを書いていたという面が少なからずありました。でも、実際には興味のあることは北海道だけでなく、日本国内、世界各地にいろいろとあります。全部というわけにはいかないんでしょうけれど、自分の好奇心を満たしつつ、物語の種になるようなものを探しにいろいろな場所に行ければいいなと思っています。

――今後の刊行予定といいますと。

河﨑:具体的な刊行時期はまだお伝えできませんが、小学館で書かせていただいている『締め殺しの樹』と、徳間書店で書かせていただいている『鳩護』というものがありまして、これは北海道にまったく関係のない話です。他にも書下ろしの予定があります。

(了)