第223回:中山七里さん

作家の読書道 第223回:中山七里さん

今年作家デビュー10周年を迎えた中山七里さん。話題作を次々と世に送り出すエンターテインナーの読書遍歴とは? 大変な読書量のその一部をご紹介するとともに、10代の頃に創作を始めたもののその後20年間書かなかった理由やデビューの経緯などのお話も。とにかく、その記憶力の良さと生活&執筆スタイルにも驚かされます。

その4「大切なのはスタートダッシュ」 (4/5)

――今も睡眠時間がだいたい2時間ということですが...。眠くてパソコンの前で寝落ちすることってないんですか。

中山:しょっちゅうですよ。横になって寝ることは少ないです。だいたい座って寝ています。今、月に連載10本が普通なんですよ。

――尋常じゃない本数です。

中山:連載が10本で、1日に1冊読んで1本映画観ると、やっぱり寝る時間はあんまりないですね。でも、今は楽ですよ。一番ひどい時は月に連載が14でしたもん。その14の内訳のなかに、新聞の朝刊と夕刊が入ってましたからね。新聞連載ってよく考えると、1か月分で70枚とか75枚なので、朝刊と夕刊で連載3本分くらいだったんですよね。それを含めた連載14本をやった時に「これが俺のリミットだ」と分かりました。

――中山さんにもリミットがあってなんだかほっとしました...。書くのは速いほうではないですか。

中山:僕が量産できるのは、書き直しがないから。最初から完成原稿を出したら済む話なんですよ。僕は長篇500枚のゲラ直しも50分か1時間で終わります。
 中学2年生の時に筒井康隆さんの「あなたも流行作家になれる」(『乱調文学大辞典』所収)っていうエッセイを読んだんです。そのなかに、新人の時から一発書きの癖をつけたほうがいいっていうのがあるんです。

――そこまでずっと座って働き通しなのに、いつもお元気ですよね。肌ツヤもいいし。

中山:定期的に検診にも行っていますが、行くたびに数値がよくなっているんですよ。「このミス」の授賞式に行くたびに、みんなより若返っている。編集の人がね、普通は新人の人に「先輩を見習わなきゃいけません」と言うでしょう。なのに「中山さんだけは見習わないでください」って言うんです(笑)。でも新人の時に量産しないでいつ量産するんだろうって思うんです。1年経ったら、また新しい人が出てくるでしょ。その人の賞味期限って新人賞を受賞して1年間だけなんですよ。

――でもデビュー作がすごく話題になったらしばらくそれで引っ張れませんか。

中山:だからデビュー作が売れない人は、駆逐されていくんです。今残っている10年選手を見ると、やっぱりデビュー作が売れた人がほとんどなんですよね。デビューした時に名前が認知されている。名前が売れている時に2作目3作目を書かないと生き残っていけないシステムなんですよ、今は。もちろん新人さんはしんどいなと思うんですけれど、よくよく考えたらこれはどこの世界でもそうで、新人がみんな生き残っていたら、こんなふうにはなっていないですよ。どうして生き残る人が少ないかというと、みんなスタートダッシュしないからです。本当は一番しんどい思いをしなきゃいけないのは新人であって、一番たくさん書かなきゃいけないのも新人なのに、そういうことをしない人は潰れていく。才能だけではやっていけないんです。才能は、最低限。

――ご自身は、才能以外に何があったと思いますか。

中山:縁。とにかく、版元の方に最初にお会いしたら、自分のいいところとか、「今こういうふうにしたらお得ですよ」ってことを必死にアピールしました。「来週プロット出します」と言い、プロット出したら、「来月から書きます」って言いました。
 僕は受賞のお知らせを受けた時に、怖くなったんです。これで一発屋で終わったら物笑いの種だと思って、その日からとにかくストーリーをたくさん考えて、誰からどんな注文を受けてもなんとか対処できるようにしていました。実はデビューした時にもう『贖罪の奏鳴曲』のプロットは考えてあって、受賞後の第一作にするつもりだったんです。宝島社からもプロットにOKをもらっていたんですけれど、ある日呼ばれて、「すみませんがデビュー作の続篇を書いてください」って言われて。「今書いているこれはどうするんですか」と訊いたら「好きにしていいです」と言われたので、講談社さんに持ってきたんですよ。

――デビュー作の『さよならドビュッシー』はその後、ピアニストの岬洋介が登場するシリーズとなっていますね。悪辣な弁護士、御子柴礼司が登場する『贖罪の奏鳴曲』もシリーズ化して最新刊『復讐の協奏曲』が刊行されたばかりです。

中山:『このミステリーがすごい!』大賞は『さよならドビュッシー』のほかに『連続殺人鬼カエル男』(応募時のタイトルは「災厄の季節」)も最終選考に残っていたんです。ドビュッシーのシリーズだけではやっていけるはずがないからこれも出してほしいと言ったんですけれど、あまりにもドビュッシーと毛色が違うので宝島社さんがちょっと躊躇していて。それで幻冬舎さんに原稿を見せたら「うちで出させてください」と言われて「幻冬舎さんが出したいと言っている」と宝島社さんに行ったら「よそから出すくらいならうちで出します」と言って、それで出せました。つまり、デビューした1年目の時に、僕の手元にはもう4つ原稿があったんです。そうすると後は楽でした。

――アイデア豊富ですよね。今年作家生活10周年で、これまでに何冊出されてます?

中山:ええと、今度ので58冊かな。あ、文庫は除いての数です。それまでずっとインプットばかりでアウトプットしていなかったから、たまりにたまっていたんですよね。でも、まだまだです。10周年と言っていますけれど、この10年で満足できたことは一回もないですもん。忍び難きを忍びながら本を出しているというのが実感です。

――ご自身で「こういうものが書きたい」と提案することはありますか。

中山:一切ないです。基本はオファー通りに書いているだけです。警察もので、とか、人間ドラマで、とか、「どんでん返しをつけて」とか言われて、「はい、毎度」って言って。だいたいテーマをいただくので、それを表現するのに一番妥当なストーリーは何か、そのストーリーに合致するキャラクターは何か、そのキャラクターが考えそうなトリックはないか、と演繹的に考えていきます。
 来た仕事はよほどの事情がない限り引き受けます。断っちゃいけない。僕は下請けだから、せっかくオファーをいただいてもし断ったら、次はその人から仕事をもらえないなと思っています。

――では、『贖罪の奏鳴曲』から始まるシリーズの御子柴という弁護士はどうして生まれたのですか。

中山:講談社さんからの依頼ということで、最初に講談社さんのカラーを考えた時に、やっぱり江戸川乱歩賞が浮かんで。乱歩賞は基本的には社会派ミステリーなんですよね。社会派ミステリーでなおかつどんでん返しがあって、と考えた時に、じゃあ法律ものでいこう、と。でも弁護士のことは何も知らなかったんです。取り決めだとか手続きとかのことは基本、記憶だけで書きました。そうしたらこの間、今年の『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した弁護士の新川帆立さんに、「私が読んでも違和感なかったです」と言われたので「ああ、良かった」と思って。

――御子柴は少年時代に殺人を犯している。たとえばそうした人物でも弁護士になれるといったことは、確かめなくても知っていたのでしょうか。

中山:実例があったんです。少年が友人の首を切り落とした事件があって、彼は少年院に入った後、進学して弁護士になったんです。なったけれど、いろんな人にいろんなことを言われて廃業した、という例があるんです。それを憶えていました。よく御子柴は酒鬼薔薇のことだろうと言われるんですが、違うんです。その時の発想は、もしもその弁護士になった人間が、もうちょっと違う人間だったらどうなるかな、というのがありました。

――本や映画の内容だけでなく、そうした事件もよく憶えているほうですか。

中山:何年にこういう事件があって、何年にはああいう事件があったって、だいたい時系列で憶えているんです。なので、時間がなくて取材に行けないというのは本当なんですけれど、今までの記憶なんかでだいたいプロットが作れちゃうんです。

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