第228回:阿津川辰海さん

作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん

大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。

その3「夢のような図書室」 (3/13)

  • 十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)
  • 『十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)』
    綾辻 行人
    講談社
    946円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)
  • 『葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)』
    歌野 晶午
    文藝春秋
    825円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)
  • 『向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)』
    秀介, 道尾
    新潮社
    781円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 人狼城の恐怖 第一部ドイツ編 (講談社文庫)
  • 『人狼城の恐怖 第一部ドイツ編 (講談社文庫)』
    二階堂黎人
    講談社
  • 商品を購入する
    Amazon
  • 名探偵ホームズ 赤毛組合 (講談社青い鳥文庫)
  • 『名探偵ホームズ 赤毛組合 (講談社青い鳥文庫)』
    アーサー・コナン・ドイル,青山 浩行,日暮 まさみち
    講談社
    748円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

――中高時代は学校の図書室をかなり活用されていたようですね。

阿津川:中高一貫校でしたが高校のほうが古くて、後から中学がくっついた学校だったんです。なので高校のほうに古い図書室があって、中学生も使っていいことになっていました。そこがクリスティー文庫は揃っているわ、横溝正史は全部あるわ、新本格以降の作品もあるわ、夢のような図書室でした。で、入り浸って、もう借りまくるわけです。
 そうしたら高校の司書さんに目をつけられて「君、伊坂さんとか恩田さんとかめちゃくちゃ借りているよね。伊坂さんの『死神の精度』はどうだった?」「もう最高でしたね」みたいな話をしたら、「これ好きだと思うから読んでみない」って、3冊渡されたんです。それが綾辻行人さんの『十角館の殺人』、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』、歌野晶午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』。今から思うと狙いすましたような3冊だったんですよ。こうしたトリック系のものを読んだこともありましたけれど、それでもこのレベルの豪速球を3連続で食らったのはそれがはじめてだったので、まんまとはまってしまって。週末に渡されて週明けには3冊読み切って返して「この人たち他の本貸してください」って。綾辻さんも歌野さんも乾さんも、本当に全部揃っていたんです。

――はあー。本当に夢のような図書室ですね。

阿津川:その司書さんも相当手をまわしていたようで、三津田信三さんの刀城言耶シリーズの最新刊があったり、道尾秀介さんの『向日葵の咲かない夏』『シャドウ』もあって、それもまんまと読みました。「あの人の薦めた本は全部面白い」と全幅の信頼を置いていました。そこから新本格の作家と、2000年代の三津田さんや道尾さんの新刊を立て続けに読みました。小学生の頃の「読書通帳」がそのまま習慣になっていたので、自分でノートに「読書日記」のようなものを付け始めたんですが(と、モニター越しにノートを見せる)。

――コクヨのキャンパスノートですね。

阿津川:これに日付や感想などを書き始めました。今見ると、しばらくはクリスティー文庫と、司書さんに薦められた新本格の作家をガンガン読んでいますね。夏休みに入ると二階堂黎人さんの『人狼城の恐怖』とか麻耶雄嵩さんの『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』を読んだりしていて、薦められたものをそのまま読む素直な中学生だったんだなって気がします(笑)。日記の内容も興奮してますし。
 中学生の時にはもう文芸部に入っていたんですけれど、最初に渡された3冊を読んでから、明らかにミステリしか書かなくなって。

――文芸部だったんですね。

阿津川:部活は文科系に入ろうとは決めていて。小学生の時に友達と交換で書いていたノートがやっぱり面白かったので、「文芸部があるよ」といわれて自分でも書いてみたいなと思ったんです。入ったら入ったで、みんな、はやみねかおるさんが好きだから話が合って楽しくて。雰囲気がすごく良かったと思います。中学生の時、朝日新聞のオーサー・ビジットという作家を学校に招く企画で、はやみねかおるさんをお呼びしたことがあるんです。あの時はみんなで盛り上がりましたね。

――その時のはやみねさんのお話が非常に印象的だった、と前におうかがいしましたが。

阿津川:そうですそうです。「カニッツァの三角形」という、円の一部を山形に切り取ったものを三か所に配置すると三角形が見えるという錯視の話でした。図形を置くことが伏線で、見えてくる三角形が真相。そして、いかにばれないように図形を置くのかが伏線の面白いところで、僕たちミステリ作家の仕事なんです、みたいなお話でした。それを聞いてなんかすごく感動したんですよね。それが原体験というか、かなり思い出に残りました。

――ところで阿津川さんは、ルパンやホームズや少年探偵団のシリーズは通ったのですか。

阿津川:江戸川乱歩の「少年探偵団」のシリーズは全部は読まなかったですね。ホームズは子供向けの、『赤毛組合』や『まだらの紐』といった有名なものがセレクトされたものを読んで面白いとは思ったんですけれど、小学生の頃は「ふうん」で終わっちゃったんです。
 綾辻さんの作品をはじめて読んで、「メフィスト」で連載していた「綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー」を読むようになって、その第何回かがホームズの回だったんですよね。有栖川さんが「技師の親指」、綾辻さんが「唇のねじれた男」を選んで、その短篇を読ませた後に2人でトークするくだりがあって、それではじめてホームズの面白さを知りました。
「技師の親指」は最初に読んだ時に全然感動しなかったんですけれど、相談者が馬車で連れて行かれたアジトの場所を推理して「最初の地点から東にあるに違いにない」「西だ」「北だ」「南だ」って4つの意見が出てきた時に、ホームズが出てきて「どれでもない」って言うんですよ。初読の時は読み流していたんですけれど、有栖川さんは「これが推理だよ」みたいな言い方で褒めていて、それで楽しみ方が分かったんですよね。綾辻さんが「唇のねじれた男」を挙げているのも、確かにネタの使い方や作品の雰囲気が綾辻さんっぽいなと思って、だんだん「ホームズって面白いな」となりました。
 本格ミステリに関しては、司書さんを入り口にして、本にまとまった『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』を読み、その後、綾辻さんが編んだ本格もののアンソロジー『贈る物語Mystery』とか、有栖川さんの『有栖の乱読』などのエッセイ本を読み。法月綸太郎さんはもちろん評論を書かれていますし、角川文庫から出ていた『法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー』『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』とかを中学3年生の時に律儀に読んで、一気に広げていきました。それで知る作家がいっぱいいました。

――そうやってミステリの古典やルールを学んでいったんですね。

阿津川:図書室で全部読めたんですよ。あの司書さんが絶対に手をまわしていたんですよ(笑)。自分が住みよいようにあの図書室を作っていたんだと思うんです。あの人のおかげで、三津田さんも道尾さんも知ったし、それで2011年に道尾秀介さんの推薦文が載った帯つきで復刊した都筑道夫さんの『怪奇小説という題名の怪奇小説』を読み、同時期に光文社文庫で合本で復刊した長屋ものの『ちみどろ砂絵』などの砂絵シリーズもどんどん読んで「同じ作家が書いたのか」と驚いて、高校生1年生の時に自分の中で都筑道夫ブームが始まったりして。
 それと、はやみねかおるさんの雑学クイズみたいな本が出て、その本文かチラシか忘れてしまったんですけれど、「はやみねさんが大好きなミステリ3冊」として、泡坂妻夫さんの『亜愛一郎の狼狽』と天藤真さんの『大誘拐』と、栗本薫さんの『ぼくらの時代』が挙げられていたんです。そこからこの3人の作品をひたすら読んだ時期もありました。やっぱり『亜愛一郎の狼狽』が衝撃的でした。「こんな力の抜けたキャラクターととぼけた感じの世界観からこんなトリックがガンガン出てくるのか」って。はやみねさんが「亜愛一郎の3冊は毎年読み返している」と書いてあったので、それで私もいまだに、亜愛一郎と、都筑道夫の短篇をなにかしら一篇読んで年を始めるという習慣を続けています。はやみねさんの真似をしたいという子供心から生まれた習慣なんです。

――図書室に全冊揃っていたというクリスティー文庫は、読んでみていかがでしたか。

阿津川:クリスティーも小学生の時、子供版の『オリエント急行殺人事件』などを読んだんですが、その時はそんなにはまらなかったんです。だから有名な作品のオチはだいたい知っていたんですが、せっかく図書室にあるからクリスティー文庫の1番から順に読んでみようとなり、『スタイルズ荘の怪事件』を手に取って。あれって全部分かっていて読み直すと、作りが分かるんです。「ここにこういう伏線があって、ここにミスディレクションを置いて、こう作ってある」って。真相は分かっていてもめちゃめちゃ面白いというタイプの本でした。それと同じ経験をしたのが『邪悪の家』で、あれはオチは知らなかったんですが、ミステリを読んでパターンが分かってくると、「こういうことかな」と当たりをつけられたので、その技巧を味わえたんです。「クリスティーってものすごく勉強になる」という気持ちが芽生えた上で『オリエント急行殺人事件』を読み返したら、子供版で削られている中盤の尋問パートがものすごく面白かった。あの作品って最後のオチだけが取り沙汰されがちですけれど、前段のところで2回尋問が入るんですよね。1回目は事実関係をするための尋問で、2回目は「あなた、ここで嘘をつきましたね」という尋問。『ナイルに死す』でも『死との約束』でも同じようなことをやっていますけれど、とにかくこの2回目の尋問パートがめちゃくちゃ面白い。暴露と気付きの連鎖で膝を打ちますし、もう全員が怪しく見えるし、それを1個1個指摘していくポアロのやり口も楽しいし、「子供版では削られていたけれど、ここがクリスティーの本質なんじゃないか」ということに気づいて虜になりました。

  • 名探偵ホームズ まだらのひも (講談社青い鳥文庫)
  • 『名探偵ホームズ まだらのひも (講談社青い鳥文庫)』
    アーサー.コナン・ドイル,青山 浩行,日暮 まさみち
    講談社
    748円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 怪奇小説という題名の怪奇小説 (集英社文庫)
  • 『怪奇小説という題名の怪奇小説 (集英社文庫)』
    都筑 道夫
    集英社
    472円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ちみどろ砂絵・くらやみ砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ〈1〉 (光文社時代小説文庫)
  • 『ちみどろ砂絵・くらやみ砂絵―なめくじ長屋捕物さわぎ〈1〉 (光文社時代小説文庫)』
    都筑 道夫
    光文社
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)
  • 『亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)』
    泡坂 妻夫
    東京創元社
    880円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 大誘拐―天藤真推理小説全集〈9〉 (創元推理文庫)
  • 『大誘拐―天藤真推理小説全集〈9〉 (創元推理文庫)』
    天藤 真
    東京創元社
    924円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 新装版 ぼくらの時代 (講談社文庫)
  • 『新装版 ぼくらの時代 (講談社文庫)』
    栗本薫
    講談社
  • 商品を購入する
    Amazon
  • オリエント急行殺人事件 (角川文庫)
  • 『オリエント急行殺人事件 (角川文庫)』
    アガサ・クリスティ,田内 志文
    KADOKAWA
    660円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • スタイルズ荘の怪事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『スタイルズ荘の怪事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ クリスティー,Christie,Agatha,聖子, 矢沢
    早川書房
    814円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 邪悪の家(ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『邪悪の家(ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ・クリスティー,真崎義博
    早川書房
    902円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ナイルに死す〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 15)
  • 『ナイルに死す〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 15)』
    アガサ・クリスティー,黒原 敏行
    早川書房
    1,386円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ・クリスティー,高橋 豊
    早川書房
    858円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

» その4「師匠がいなくなる」へ