第228回:阿津川辰海さん

作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん

大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。

その7「大学でのサークル活動」 (7/13)

  • スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)』
    籘真 千歳,竹岡 美穂
    早川書房
    990円(税込)
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  • 六花の勇者 (スーパーダッシュ文庫)
  • 『六花の勇者 (スーパーダッシュ文庫)』
    山形 石雄,宮城
    集英社
    702円(税込)
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  • 名探偵は嘘をつかない (光文社文庫)
  • 『名探偵は嘘をつかない (光文社文庫)』
    阿津川 辰海
    光文社
    990円(税込)
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――さて、大学に入った後も、文芸系のサークルに入ったんですよね。

阿津川:そうです。「新月お茶の会」という名前のサークルで、ミステリの投票もしているんですが、SFを読んでいる者もいれば、ライトノベルを読んでいる者もいれば、アニメの話をしたくて来ているという人もいて、みんなの共通点はオタクという、サブカルサークルという感じでした。私が入学した時の新人歓迎の読書会は課題図書が2冊あって、籘真千歳さんの『スワロウテイル 人工少女販売処』と、まだアニメになっていなかった山形石雄さんの『六花の勇者』というライトノベルでした。その2冊を2週に分けてやったんですが、犯人当て要素があるので私はミステリとして読み、SFとして読んだ人やライトノベルとして読んだ人と微妙に話が嚙み合わず、そこでお互いのスタンスを確認したんですよ。「ああ、俺は本当に骨絡みのミステリ読みなんだな」って。

――サークルで冊子も出していたわけですよね。

阿津川:会報は年に4回出していて、特集記事や小説を載せていました。殊能将之さんが亡くなった直後に追悼特集をしたり、河出書房新社から出ていた奇想コレクションの全作レビューをやったり。アニメ枠のノイタミナが10周年になった時はその全作品レビューとか。特集の企画は編集長が持ち回りでやっていたので、私もミステリ企画で2回くらい編集しました。
 あとは小説ですね。全員書くというよりは、書きたい人は書いていいよという感じ。お題に沿ったテーマ小説を書くか好き勝手に書くかも自由で、私はデビュー作の『名探偵は嘘をつかない』にも出てくる阿久津透という探偵の連作を書いていました。特集の担当記事でレビューや座談会をしながら創作をしているという感じで、そんなに本数は多くなかったです。阿久津透の連作も5作くらいしか書いていないですし、他に短篇が4、5本あるくらい。どちらかというと新人賞に投稿する原稿のほうにエネルギーを注いでいました。

――サークルとして年末のミステリランキングの投票もされていたんですね。

阿津川:高校の頃は本当に自分が読みたくて読んでいた感じですけれど、大学に入ってからはミス研として、新刊を評価して順位をつけてアンケートを送らなくてはいけなくて。1年生の頃はやっぱり昔の作品を読む時間が長かったので、国内の新刊は読んでいたけれど海外の新刊はあまり読んでいなかったんです。
 でも、1年生の時、サークル投票のための会議の場にふらっと行ったら先輩たちに「君、海外ミステリの新刊何冊読んだ?」と訊かれて「4冊です」と言ったら「1年生なのに4冊読んだのか」「僕らは1年生の時にその年の新刊そんなに読んでないよ」ってどよめきが起こったんです。「その4冊に順位つけてみて」と言われたので順位をつけたら、今でも仲良くしている、海外ミステリしか読まない先輩の評価と完全一致したんですよ。それで「お前は使えるな」みたいな感じになって。
 その先輩は、毎年海外ミステリの新刊を50冊読むことを目標にしていると言うんです。投票するまでに40冊読んで、その後の余った期間で、年末のランキングなどで気になったり読み残していたものを10冊読む。で、「1年生の時に4冊読んだってことは、来年は10倍読めるね」って言われました。「いや、そんなに読めないですよ」とその時は言ったけれど、2年の頃からもう40冊は読むようになりました。その翌年に先輩は卒業したので、そこからは私ともう2人くらいで海外ミステリの投票を回している感じでした。

――はあー。大変ですね。

阿津川:先輩の40冊、50冊理論には理由があって。毎月、まず東京創元社と、早川書房のポケミス以外の新刊をチェックする。そうるすと、必ず各出版社1冊ずつは絶対に読みたいものや面白そうなものが出ているから、どう考えてもまず2冊は読む。これを12か月繰り返すと24冊。ポケミスも年間12冊出るけれど、純粋に面白そうなものや読みたいものを読むだけで確実に半分の6冊は読む。これでもう年間30冊になる。さらに毎月、集英社とかハーパーコリンズ、KADOKAWA、扶桑社などから面白そうな海外ミステリがぽろぽろ出てくるから、そこから月に1冊か2冊読んでいく。1か月に1冊選んで読むだけでも、あっという間に年12冊。24+6+12で、もう42冊読むことになるわけです。「ね、40冊いけそうな気がしてきたでしょ」と言われて、いけそうな気がしたんですよ。洗脳されました。どう考えても、学生の財布事情には優しくない提案なんですけれど。

――確かに学生の頃は、新刊の数をこなすためのお財布事情が大変ですね。

阿津川:今なら社会人なので40冊といっても「まあ買えるかな」という気になりますけれど、よくあの頃40冊読んでいたなと思います。今は海外文学も読むことが増えたので、40ではきかない量を読んでますね。しかも先輩は海外の小説しか読みませんが、私は国内の新刊も読むので、単純計算で倍なんですよ。
 ただ、一応、サークル投票をしていると、出版社の方が見本を送ってくださることがあるんです。ありがたかったですね。国内の新刊の時は戦争が起きるんですよ。1回すごかったのは、麻耶雄嵩さんの『貴族探偵対女探偵』が送られてきた時で、「俺が先に読む」「いや、俺のほうが麻耶愛は深い」「お前は今まで麻耶雄嵩をどれだけ読んできたのか」と、先輩まで参戦してきて大喧嘩になったんです。結局、すぐに読んでその日のうちに返しにくる、みたいな慌ただしさで回し読みしました。

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