第228回:阿津川辰海さん

作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん

大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。

その9「在学中にデビュー」 (9/13)

  • 時計館の殺人<新装改訂版>(上) (講談社文庫)
  • 『時計館の殺人<新装改訂版>(上) (講談社文庫)』
    綾辻 行人
    講談社
    792円(税込)
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  • 緋色の囁き 〈新装改訂版〉 (講談社文庫)
  • 『緋色の囁き 〈新装改訂版〉 (講談社文庫)』
    綾辻 行人
    講談社
    1,078円(税込)
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  • 名探偵は嘘をつかない (光文社文庫)
  • 『名探偵は嘘をつかない (光文社文庫)』
    阿津川 辰海
    光文社
    990円(税込)
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  • 十日間の不思議〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『十日間の不思議〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    エラリイ クイーン,越前 敏弥
    早川書房
    1,430円(税込)
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  • 一九八四年〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
  • 『一九八四年〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)』
    ジョージ オーウェル,トマス ピンチョン,高橋 和久
    早川書房
    929円(税込)
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――学生時代にミステリを書いて新人賞への投稿を始めたわけですよね。

阿津川:そうですね。大学2年の時に、まだホラー大賞と統合されていなかった頃の横溝正史ミステリ大賞に1回応募して、犯人当てっぽい話をライトノベルの賞に1回応募して、その後、光文社の新人発掘プロジェクトの「カッパ・ツー」に応募したら受賞してデビューが決まりました。
 その頃はサークルで「俺が俺の書きたいものを書くしかない」と気づいたきっかけがあって。最初のコンパの時に同期の一人と「綾辻行人が好きだ」という話になって「それじゃあ綾辻行人のベスト5を挙げようぜ」と言ったら、重なったのが『時計館の殺人』だけだったんですよ。他は彼が『緋色の囁き』を挙げて私が『暗闇の囁き』を挙げたりして「なんで」となって、もう新歓コンパからそいつと喧嘩を始めたんです(笑)。
 それから先、投票の時とかに新刊のミステリの話になっても全然意見が合わないし、喧々諤々なわけです。いや、今でも仲は良いんですけどね。ただ、お互いのこだわりがある、というだけで。だから「俺は俺が書きたいものを書くしかない」と。投稿を重ねていきました。
 あとは、新月お茶の会が参加していた全日本大学ミステリー連合の活動も大きかったです。昔は関西と統合していたらしいんですけれど、私の頃は関東の慶應大学とか早稲田大学とか成城大学とか、そのあたりのミステリ研究会が集まって月に1回飲み会をしながらいろいろ話す場があったんです。そこのOBとして千街晶之さんや杉江松恋さんがいらっしゃって、その直前に『東西ミステリーベスト100』を読んでいるので「うわ、あの座談会にいた人たちだ」となって。その一方で、文藝春秋の永嶋俊一郎さんが「いやあ、ジェフリー・ディーヴァーの新作が出たんだよ」って原書を抱えて颯爽と入店してきたりするわけです。それを見ていたら、だんだん小説家になりたくなっていきました。そこにいる自分を想像し始めちゃったんです。高校時代に司書さんが転勤しちゃってから一人で読んできたところ、サークルで意見は合わないけれどめちゃめちゃ仲のいい同期ができたり、ミス連でこの仕事をがっつりしている大人たちの姿を見たのは大きかった気がします。

――デビュー前から錚々たる方たちとお知り合いだったのですね。

阿津川:1、2年の頃はそんなに認識されていなかったと思うんですけれど、3年になった時に私が幹事になって、1年間運営に関わったんです。その時に村崎友さんをゲストにお呼びしたんですよね。『夕暮れ密室』を出された年です。杉江松恋さんが村崎さんと仲が良くて、それで和気あいあいとしつつ、その頃から川出正樹さんにもいろいろ新刊の話をしながら昔の本で面白いものを教えてもらうようになって、すごくありがたくて。やっぱり新刊の話ができたのは大きかったですね。

――「カッパ・ツー」に応募したのはどうしてだったのですか。

阿津川:大学2年の時に「カッパ・ツー」の第一期の募集要項が「ジャーロ」に載っていたんです。選考委員の石持浅海さんと東川篤哉さんは中学生の頃から読んでいるし、「本格を求める」とあって、これは応募するしかないと思いました。
 会報で書いていた阿久津の話は一話完結の連作で、ちょうど『名探偵は嘘をつかない』で書いた事件を大オチに考えていたんです。友達から「カッパ・ツー」のことを聞いて、今思いついているネタで面白いのは阿久津透の最新作だなと思ったので、そこで連作としての構成を捨てて1作で読めるように書き直して送りました。

――『名探偵は嘘をつかない』もそうですが、『紅蓮館の殺人』も『蒼海館の殺人』も、探偵の存在意義を問いかける内容ですよね。

阿津川:うーん。これはもう本当に不思議なんです。今話してきたルートの中に、探偵の苦悩ルートに陥っちゃう要素、あんまりないですよね。たぶん、あるとすれば、エラリイ・クイーンと法月綸太郎さんのラインがあるのかなと。エラリイ・クイーンの中後期作、それこそ最近早川書房で復刊した「挫折と再生四部作」の『十日間の不思議』のインパクトだったり、法月綸太郎さんの長編の、苦悩する法月綸太郎がどうしようもなく好きだったりした影響があるかもしれません。
 あとは、大学の授業で、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を翻訳されている高橋和久さんの「英国探偵小説の始まり」という講義があったんです。それは文学部の講義で、私は法学部だったので他学部聴講で聴いていたんですけれど、ざっくりいうとシャーロック・ホームズはアヘン中毒者だし、ブラウン神父だって最初はむしろフランボウに追われる側で、探偵って人格的に破綻した人間ばっかりだよねみたいな話をされていて。
 その講義では、ウィリアム・ゴドウィンというイギリスの作家の『ケイレブ・ウィリアムズ』という長編をテキストにしたりして。ポーが出てくる前の小説なので、ミステリとしての骨格はあまり優れてないんですけれど、追う側と追われる側の立場が何回も入れ替わる内容なんです。秘密を握って追い詰めていたと思っていた側が突然法廷に立たされたりとか。あとは英国探偵小説を研究したイーアン・ウーズビーの『天の猟犬』という評論本をみんなで読んで話したりしました。
 それで、初期の英国探偵小説は、犯罪者と探偵がものがすごく近い位置に配置されている構造があるという話になったんです。「みんなの好きな探偵も、たいていはクズでしょう」って言われたんですよ。確かに人格破綻者とか、生活能力がない人間ばっかり思い浮かぶんですよね。それに気づいた頃から、この人たちはそんなに人格的に立派じゃなくて、いろいろ思い悩むものがありながら生活しているんじゃないか、という気持ちが募っていったのかもしれません。ひと頃、探偵って他人の私生活の領域にずかずか踏み込んでくるよな、みたいなことを思って嫌いに感じていた時もありました。そんなことが積み重なって、歪んだ探偵観みたいなものが表れているのかなと自分では思っているんですけれど、でも、今こうして話していても、この説明に釈然としない気持ちがあります。
 読者としては、岡嶋二人さんや石持浅海さんの長編みたいに、職業探偵ではなく、どうしても謎解きしなきゃいけない人が何かに巻き込まれて仕方なく謎解きする話が好きなんです。あとはやっぱり、探偵が悩んだり苦悩したり傷つくのが好きというのは、どちらかというと大学生以降にはまったハードボイルドの文脈じゃないかって気がしますね。一番好きなのはマイクル・Z・リューインなんですけれど。

――私立探偵アルバート・サムスンのシリーズですね。

阿津川:そうです。そこから影響を受けた宮部みゆきさんの杉村三郎シリーズも大好きなんです。中学1年生の時に『名もなき毒』を読んだときは「こんな人間がいるのか」というのが素朴な実感でした。あんな理由でクレームを繰り返す人間がまず理解できないところから始まって、理解はできないんだけれどもそこから出てくる苦味みたいなものは夢に出てくるくらい頭の中に残って、大学生でマイクル・Z・リューインに出合って「ここだったのか」みたいな感動があって。その頃に『希望荘』が単行本で出て「杉村三郎がまた読める」と思ったら、杉村が私立探偵になるじゃないですか。そうしたらやっぱり私立探偵としての苦悩がにじみ出ていて、『昨日がなければ明日もない』の表題作なんかもまさにそういう感じで終わる。
 自分の『紅蓮館の殺人』『蒼海館の殺人』は4部作になる予定で、ものすごく青臭い青春小説として書いていますが、本当はハードボイルドの探偵のイメージがある気もしています。最新作の『蒼海館の殺人』でやたらとロバート・クレイスの名前を出しちゃったんですけれど。
 うーん。今自分で振り返っても、高校生くらいまでの、古典と新本格をまっとうに読んでいた自分から探偵鬱話が出てくる気がしないですね。うまく言えないです。

――アルバート・サムスンのシリーズって阿津川さんが生まれる前からあるシリーズですが、今度新作が出るようですね。

阿津川:そうなんですよね。大喜びしていたら、Twitterで告知された時に一回り、二回り上の世代の人たちが喜んでいるのを見て、「ああ、影響が大きいんだな」って思って、すごく繫がりを感じました。本当に楽しみにしています。
 去年は、古本で後追いしていたローレンス・ブロックの「マット・スカダー」シリーズの最新作『石を放つとき』も出ましたし、こんな幸せなことがあったいいのかって状態で。新刊として買うのは2人ともはじめてだと思います。嬉しすぎて2冊ずつくらい買っちゃいそうです。

  • ケイレブ・ウィリアムズ (白水Uブックス)
  • 『ケイレブ・ウィリアムズ (白水Uブックス)』
    ウィリアム・ゴドウィン,岡 照雄
    白水社
    1,980円(税込)
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  • 昨日がなければ明日もない
  • 『昨日がなければ明日もない』
    みゆき, 宮部
    文藝春秋
    1,815円(税込)
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  • 石を放つとき (マット・スカダー・シリーズ)
  • 『石を放つとき (マット・スカダー・シリーズ)』
    ローレンス・ブロック,田口 俊樹
    二見書房
    2,750円(税込)
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