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勝手に目利き
単行本班
文庫本班
「あやし 〜怪〜」
【角川書店】
宮部みゆき
本体 1,300円
2000/07
ISBN-4048732382

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  今井 義男
  評価:A
  江戸を舞台にした怪奇譚集。私は、こういう小説に出会えたときだけ、日本語圏の国に生まれてよかったと心底思える。当時の習俗とか制度はなんとか説明できても、翻訳ではこの作品世界のしっとりとした空気まではとても伝わらないだろうからだ。まことに理にかなった鬼の解釈に思わずうなずく「安達家の鬼」、悪霊との闘い方も出色なら人情話としても一級品の「女の首」、この世の奈落に生きる女の凄みにぞくりとする「時雨鬼」など、いずれも常民と<魔>との関わりを描いた名品だが、殊に印象深かったのは「布団部屋」である。奇しくも先立った者の霊が愛する者を守るために<魔>に立ちはだかる物語だ。是非「骨の袋」を書いた御大キングにも読ませたい。

 
  原平 随了
  評価:C
  宮部みゆきだもの、おもしろいに決まっている。人情の機微を見事に捉え、江戸情緒をたっぷりと匂わせて、あいかわらず、ほろりとさせてくれる。鬼やら霊やらの出てくる怖い話も、情のこもった語り口でしみじみと聞かせてもらえるから、ホラー長編なんかとはまた違う、小粋な怪異譚が味わえる……。それはもう、間違いのないところなのだが、ただ、なんかこう、今ひとつ物足りないものがあるのだ。そもそも、鬼とか霊とかというものは、捨てられた女の怨念やら、理不尽な仕打ちに耐えかねた遺恨怨恨やらが形を変えて、化けて出てきたものではなかったのか。にしては、積み重なった恨み辛みの、ギランと光る凄味がない。ヒヤッとさせる怖さがない。きれいにまとまって破綻がない。とはいうものの、どんな物語であれ、人情の側に大きく傾くのは宮部みゆきという作家の得難い個性なわけで、これはもう、読み手のわがままでしかないのだが……。

 
  小園江 和之
  評価:A
  腰巻に「著者渾身の奇談小説」とあるけれど、たしかにホラーというよりも「ふしぎ噺」といった趣の九篇。とにかくどれを読んでもハズレはなし。『女の首』や『時雨鬼』は怪異というよりも人情物に近いか。いずれも絹のようになめらかな文章が非常に心地よく、つるつると読めて、後にしみじみとした情感が残る。 とは言っても個人的には『灰神楽』のような、ただもうあっけらかんと不思議なはなしが好みなんだけど、まさかこういうのばっかりってわけにはいかんだろうしなあ。ラストの『蜆塚』では八百比丘尼の姿を連想してしまった。ええとどの本に書いてあったんだっけ、と本棚を探索したら『百物語』(杉浦日向子/新潮文庫)に収録されておりやした。そちらも併せ読むと二倍楽しめるぞ。

 
  松本 真美
  評価:B
  宮部みゆきの手にかかると、奇談ホラー小説もどこか清廉。いちばん怖かったのは透かしの入った中表紙かも。的確でよどみない文章の流れは、江戸前の歯切れのいい落語家あたりが朗読したらとっても映えそうな気がする。聴いてみたい。でも、深夜のラジオドラマで「蜆塚」なんかを偶然聴いてしまったら、やっぱり相当に怖いだろうなあ。裏切られない安心感で一気に読み切れる短編集。いつのまにか作者は熟練工になったのだなあと思った。最初からか。じっくり腰を据えて時代小説が読みたくなった。

 
  石井 英和
  評価:A
  江戸期の人々にとっての「丁稚奉公」の制度は、「鬼」の世界へ通ずる「十字路」でもあったのか?その「十字路」に係わった人々の上に、まるで自然に、まるで季節の訪れのように「怪しのもの」はやって来る。 「怪談にも人間が描かれていなければならない」と主張する人々が「我が意を得たり」と頷くであろう部分、あるいは、その「怪」の正体や、その出現の由来に関する説明、などが明確に提示されていない作品ほど、読後の酔いは深い。「あやし」とは、そういった類のものなのだろう。「良く出来た話」として語り尽くそうとした途端にそれは、掴み取ろうとした指の間から逃げ去って行く。

 
  中川 大一
  評価:A
  浜やんがなかなか課題図書を送ってこないので、近所の図書館に出かけた。あらかじめ届いていたリストを見て、先に借りだしてしまおうという腹づもりだ。
そこで本書を検索してみたら、予約待機者50人だって\(◎o◎)/! 他の本はそもそも無いか、あっても待ってる人はせいぜい一人。宮部みゆきの人気のほどが知れる。これじゃ年内には借りられないよ。すごすご。さて、座敷牢・生首・鬼・亡霊と、怪談の基本アイテムはたいてい登場するけれど、読後感は背筋も凍る血腥さとは程遠い。むしろふうわりと丸く、なぜかのどかな印象さえ残す。作者はどうやら、読者を恐がらせるだけじゃなく、江戸の情緒を味わってもらおうともしているようだ。薮入り・打藁・瓢箪・小糠雨・提灯・箱膳……そんな言葉がそこここに配され、読者はそれと知らず江戸の路地に迷いこんでいる。これだけの描写をするにはさぞ浩瀚な文献を渉猟したことだろう。現代語も注意深く排されている。人気通りの実力、今月のいちおしだ。あと一つ。装丁は角川書店装丁室の手によるものだが、本扉の趣向はうまい思案でしたね。

 
  唐木 幸子
  評価:A
  分厚いし読み応えがあるのに1300円。今年のしつこい残暑を忘れさせてくれる怪談の短編集だ。
中でも、「布団部屋」と「安達家の鬼」が秀逸の出来で感嘆した。
いずれも、か弱い少女や無力なお嫁さんが、本人も自覚していない人間としての強さ(性格の素直さや真面目さであったりする)によって魔物や鬼を退ける。怪談だから勿論、ゾーっとする場面続出だが、弱き者は最後は守られる優しさがあり、読み終えた時にはもう怖くないという仕掛けになっている。
この人の江戸時代が舞台の庶民ものは本当に自然で読みやすい。私が中間小説雑誌を読み始めた約25年前に池波正太郎や藤沢周平が描いていた世界を、宮部みゆきはもっと現実に近い世界にしてくれた気がする。なんでこんなに上手いかなあ。

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