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石井 英和の<<書評>>

「マンチェスタ−・フラッシュバック」
評価:A
とりあえず言っておくが、私は、この小説の登場人物たちが大嫌いだ。いつまでも続く、だらしなく薄汚い、自らが送る最低の生活に何の反省もないゲイ達の描写には、うんざりさせられる。どいつもこいつも口数が多すぎるし。それに、クライム・ノベルだかなんだか知らないが、犯罪の描写などを読み続けるのは、私の趣味ではない。にもかかわらず私がこの小説を支持してしまうのは、この物語の背後に重くうずくまるマンチェスタ−の街の放つ妖気に魅せられたから。闇の中に、時と共に古びた、亡霊のような街が黒々と横たわっている。最低野郎どもの命の火を螢火のようにその身に纏ったその姿には、ゾッとさせられる美しさがある。

【文春文庫】
ニコラス・ブリンコウ
本体 657円
2000/07
ISBN-4167218690

「マジックドラゴン」
評価:D
とにかく、この病的な爽やかさ(?)は何なのだ?競馬の騎手の物語なのだが、著者の筆にかかれば、不遇の調教師からアルコ−ル依存症の騎手が療養のために入る精神病院から不倫話までが爽やかに描かれ、爽やかな解決を迎えてしまう。この世界に悪人は一人もいない。そして、皆の夢を乗せた馬は必ず一着で入る。圧倒的な感動とともに。馬さえ走れば病は癒え、道に迷った人は再び笑顔で歩き始める。ちょっと待ってくれ。人生は、こんなにうまい話だらけなのか?「そうだ!」と著者は、爽やかに蒼天を見上げて言うのだろうが。しかし人生、逆に退屈ではないのか、こんなに次々に夢がホイホイ叶ってしまっては?

【マガジンハウス】
長屋潤
本体 1,600円
2000/07
ISBN-4838712340

「深爪」
評価:C
「こんなにも人を想う私!」そんな思い入れで出来上がった濃厚な空気がペ−ジの間からム−ッと吹き寄せて来る。「レズもの」のようだが、実は、男とか女とかは問題ではないな。「こんなにも想っている私」と入れ込み、そんな自分に陶酔しきる事。その種の妄想告白の書なのだ、これは。だったら口出しする余地はないじゃないか。人間、百人寄れば百種類の特殊事情があるのだから。と納得しかけたのだが。が。「思い入れ」の封入ばかりでは書ききれなかった終章の「魔王」においては、物語は一瞬にして空疎な書き割りのなかの紙人形の舞いと化してしまう。その状態のまま、話を無理やり「希望」に向けて終わらせるのは、いくらなんでも無茶だ。

【朝日新聞社】
中山可穂
本体 1,500円
2000/08
ISBN-4022575271
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「ディレクターズカット」
評価:E
表紙の裏にあるTVに関する警句が痛快だったし、帯にも「テレビ報道の過激な内幕!」とあったので、その世界を鋭く捉えた小説を期待したのだが、そして確かにそんな始まり方をするのだが、すぐに「新宿外国人娼婦物語」というべき、非常に既視感のある物語にすり変わってしまう。そして終わり近くの数十ペ−ジ、舞台はまさかと思った外国に飛び「コロンビア国裏社会事情」の記述が行われる。その3つの「部品」で構成された小説とも言えるのだが、その3つが響き合わず異質のままつなぎ合わされている。また、最初に提示された「解かれるべき謎」があまり魅力的でないため、ペ−ジを繰るこちらの手が義務化してしまう。う−む、弱った・・・

【講談社】
秋庭俊
本体 1,800円
2000/07
ISBN-4062101467
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「骨の袋」
評価:B
何故こんなに長いのだ!と、キングの著作に触れるたび呻くのだ。延々と続く状況描写、結実しない伏線等、作品の成立にあまり必要とは思えないものが相当量、含まれている気がする。この「冗長」部分に関して、私は「キング・サドマゾ論」を提唱したい。アメリカ人の読者はこの冗長部分で自分達のあまり幸せとは言い難い現実世界を再確認し、諦念と共にそれを読み続ける事によって、ある種マゾヒスティックな快感を得ているのではないか?売り物の「ホラ−」は、その、ズブズブのおかゆの様なものの上に突きたてられた、読む者の自虐の快感をさらに深める舌に痛いスパイス。今回、そのスパイスは「おかゆ」の発生源深くにも突き立っている。

【新潮社】
スティーヴン・キング
本体 (上)2,800円
(下)2,700円
2000/07
ISBN-4105019058 / ISBN-4105019066
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「パヴァ−ヌ」
評価:B
宗教が原因となって科学技術の進行が阻害された、「もう一つの世界」を描く、歴史改変もののSF。冒頭の、路上走行型蒸気機関車の描写が美しい。また、手動遠隔通信器具にもSF心が騒ぐ。それらの部分の筆の充実具合で、この作品を評価したい。これは実は人間が等身大で対峙可能だった頃の「機械」たちへの頌歌を奏でた、「時に置き忘れられたテクノロジ−」への偏愛小説なのではないか?作品の表面を貫く「テ−マらしきもの」や、最期に現れる「科学の進歩と環境問題」への言及は、「文学たれ!」との内心の声に応えた作者のアリバイ工作に思える。彼は実はその裏で、使い慣れた木工用品の握り具合への愛を歌っているのだ。

【扶桑社】
キース・ロバーツ
本体 1,429円
2000/07
ISBN-4594029434
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「あやし」
評価:A
江戸期の人々にとっての「丁稚奉公」の制度は、「鬼」の世界へ通ずる「十字路」でもあったのか?その「十字路」に係わった人々の上に、まるで自然に、まるで季節の訪れのように「怪しのもの」はやって来る。 「怪談にも人間が描かれていなければならない」と主張する人々が「我が意を得たり」と頷くであろう部分、あるいは、その「怪」の正体や、その出現の由来に関する説明、などが明確に提示されていない作品ほど、読後の酔いは深い。「あやし」とは、そういった類のものなのだろう。「良く出来た話」として語り尽くそうとした途端にそれは、掴み取ろうとした指の間から逃げ去って行く。

【角川書店】
宮部みゆき
本体 1,300円
2000/07
ISBN-4048732382
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「のら犬ロ−ヴァ−町を行く」
評価:C
弱きを助け悪を挫くハ−ドボイルド犬、ロ−ヴァ−に惚れた!というのが正常な反応なのだろうが、そして私も初めの内は、そんな感想を持って読んでいたのだが・・・読み進むうち気分が変わった。他の犬の苦境を救い、助言を与えるロ−ヴァ−が、なんだか独善的なお節介野郎に思えてきてしまったのだ。 「確かにお前は立派な生命体だろうよ。高校の時のクラス委員のNに良く似てるぜ」 代わりに、ロ−ヴァ−が「面倒を見てやってる」かたちの、他の頼り無い犬たちの失敗だらけの人生が愛しく思えてきた。どうか奴等にも相応の敬意を。ロ−ヴァ−、君のとは別種の人生観も、認めてあげる訳には行かないんだろうか?

【早川書房】
マイクル・Z・リューイン
本体 1,900円
2000/06
ISBN-4152082879
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