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唐木 幸子の<<書評>>

「骨の袋」
評価:AA
メイン州デリー市、、、、、。
地名を聞いただけで胸が高鳴る、キング作品ではおなじみのこの架空の街が、またしても舞台になっている。
今回のキングもやっぱり凄い。
最初は、事故死した妻が妊娠を隠していたところから始まるので、浮気かと思ったら、その背後には忌みきわまる過去が掘れば掘るほど出て来て息もつけない展開だ。どこに鍵が隠されているかわからないので、一文一文、逃さず頭に入れながら読めば、必ず、わけがわかって残らず報われる。本当に私を裏切らないんだ、キングは!
あと少しで幸せの絶頂、というところで血の雨が降ってどん底へ。もう先へ行っちゃ駄目、と読者が目をつぶっても、主人公の中年作家は勇気を振り絞って一歩踏み出す。悪の脅威と善の魂が力の限りを尽くして戦う迫力。その先には、「IT」とも「グリーンマイル」とも違う、もどかしい切ないエンディングが待っている。
全てキングの思う壺なんだろうけど、もう、たまりません。
言うまでもないけれど、今回も装丁に工夫が為されている。読み終わってハアハア息をつきつつ、上下巻2冊を並べて見て私は初めて気がついてギャっとなったのだった。読んでからじっくり見るとしみじみ怖い。

【新潮社】
スティーヴン・キング
本体 (上)2,800円
(下)2,700円
2000/07
ISBN-4105019058 / ISBN-4105019066

「あやし 〜怪〜」
評価:A
分厚いし読み応えがあるのに1300円。今年のしつこい残暑を忘れさせてくれる怪談の短編集だ。
中でも、「布団部屋」と「安達家の鬼」が秀逸の出来で感嘆した。
いずれも、か弱い少女や無力なお嫁さんが、本人も自覚していない人間としての強さ(性格の素直さや真面目さであったりする)によって魔物や鬼を退ける。怪談だから勿論、ゾーっとする場面続出だが、弱き者は最後は守られる優しさがあり、読み終えた時にはもう怖くないという仕掛けになっている。
この人の江戸時代が舞台の庶民ものは本当に自然で読みやすい。私が中間小説雑誌を読み始めた約25年前に池波正太郎や藤沢周平が描いていた世界を、宮部みゆきはもっと現実に近い世界にしてくれた気がする。なんでこんなに上手いかなあ。

【角川書店】
宮部みゆき
本体 1,300円
2000/07
ISBN-4048732382

「ディレクターズカット」
評価:C
ラストの凄みは素晴らしい。取材協力者のコロンビア女性を助けに百人町の路上を血まみれになって走る主人公の姿は迫力気力満点、、、、だが、途中経過には処女作長編ならではの綻びも目立つ。
場面や時間が変化する構成に凝り過ぎて、誰が視点かわかりにくいし、事件を沢山盛り込んで克明に書かれている割に、肝心の謎解きは説明調だ。また、登場人物のキャラクターも体制派か反体制派なのか曖昧で、私は1冊の中で何度か裏切られた。
実際の事件の現実や人間の行動とは、こんなふうに理由が不明で統一性のないことが多いのかも知れないが、小説なんだからもう少し親切に整理されておれば、と惜しい気持ちになった。
この人でなければ書けない素材を沢山持っていると思うので、それを一気に吐き出さず、キャストやディテールを半分以下に絞って、短編を書いたほうが面白いのではないかと感じた。

【講談社】
秋庭俊
本体 1,800円
2000/07
ISBN-4062101467

「マジックドラゴン」
評価:B
坊ちゃん文学賞を受賞した表題作も書き下ろし3作も、余計な表現がなくてテンポが良く、競馬のことを知らなくてもワクワクする。この著者は多少、女性心理に疎いのでは?と感じるけれど、それがかえって好もしい。
最後の『砂の匂い』は作品としては最も完成度は低いのだが、その反面、一番、感動した。息子の競馬学校受験に反対していた父親が、面接では一転して土下座して泣く場面では、久しぶりに読書中に落涙してしまった。どうも最近、私はこういうのに弱い。
細かいことを言うようだが、『ミラクルボーイ』に出てくる、重度アルコール依存症患者の離婚後4年以内の「生存率」は、「8割が4年以内に死ぬ」のなら20%だろう。(文中は80%。8割なら死亡率と言うべき)
それにしても大酒飲みの男って、妻が去るとこんなに死ぬとは驚きだ。

【マガジンハウス】
長屋潤
本体 1,600円
2000/07
ISBN-4838712340

「のら犬ロ−ヴァ−町を行く」
評価:C
放浪暮らしの犬、ローヴァーが、町で出会う様々な出来事を通して、人間社会を客観的に切ってみせる。
かなり説教がましいけれど、これがなかなか鋭い犬なのだ。
「人間は確かに前足は器用だ」(『リーダーに従う』)
「何時間も話し合っておきながら、結局、彼ら(人間)は何もしないのよ」(『伝説のレディ』)
など、キラリと光る言葉が各話毎にあって、それなりに楽しめる。
犬を飼っていたことのある人は皆、その顔を思い浮かべて、あいつもこんなことを思ってたのかなー、と懐かしんでしまうだろう。
と、最初は面白く読み始めたのだが、その後の展開が高まるわけではなく、同じ調子で最終話まで行くので多少飽きてしまう。
この著者はミステリやハードボイルドも書く人らしいので、私にはそっちの方が面白いかも知れない。

【早川書房】
マイクル・Z・リューイン
本体 1,900円
2000/06
ISBN-4152082879

「マンチェスター・フラッシュバック」
評価:B
10年以上前の映画だが、ロバート・デ・ニーロ主演の「ワンス・アポン・ア・タイム」と同じ形式だと理解出来れば、すんなり読める。現実と過去の出来事とが交代で進行するのだ。
前半読み続けるのは多少辛いが、後半、急激に話の辻褄が合い始めて盛り上がる。ハっと意表を突かれる一瞬(ビデオの本数!)もあるし、真犯人も意外だ。小児性愛という題材はおぞましいし結末も残虐だが、主人公ジェイクが冷静で正義感を失っていないおかげで、読後感が救われる。一気に読めば満足度は高い!
グリーン刑事は濃いキャラクターながら、役回りが今ひとつ明確でない。いっそ、この刑事の目で全ての出来事が客観的に語られた方が推理小説としては良かったのではないか、と感じた。

【文春文庫】
ニコラス・ブリンコウ
本体 657円
2000/07
ISBN-4167218690

「深爪」
評価:B
展開が早いし、書きようによってはドロドロするだろう修羅場も乾燥したタッチで表現されているので読みやすい。愛人、妻、夫のそれぞれの立場で語られる構成も、三角関係の本音が交錯していて面白い。
しかし、3歳という可愛い盛りの子供と優しく真面目な夫を捨て去るほどの女同士の愛情って、、、かなわんなーというのが実感だ。
子供を持つ前なら、こんな世界もあるのかなと思ったかも知れないが、私、3歳の娘がいて保育園と職場を走り回る毎日なので、愛人と抱き合っていて保育園への迎えも仕事の予定もすっかり忘れて、気が付いたら朝!というのは、なんぼなんでも、あなた。
唯一、登場人物の中ではまともそうで息子を抱えてひとりで頑張る夫には好感を持ったので、女装はして欲しくなかったなあ。

【朝日新聞社】
中山可穂
本体 1,500円
2000/08
ISBN-4022575271

「DIVE!!」
評価:C
この著者の作品を読んだのは初めてである。
若干、NHKの中学生向けドラマを見ている感じがしないでもないが、『サインはV』(古い!)のように汗が飛び散ることはないし悪者も出てこないので気分は爽快。本書で得た知識のおかげでシドニーオリンピックでは飛込競技を興味深く見られそうだ。
難を言うなら、会話がとても多いが台詞調だし、劇画でも、もう少し展開が複雑で、敵あり困難ありだろう。話が余りに美しすぎて主人公も類型的に感じる。ライバルの年上のダイバーや弟や去ってしまう彼女など、各登場人物の存在の必然性も曖昧だ。
これらの疑問は皆、秋に刊行されるという第2部(ファンなら待ち切れないだろう)において急転するのだろうか。
私も乗りかかった舟なので早く読んでしまいたい。

【講談社】
森絵都
本体 950円
2000/04
ISBN-4062101920

「僕は静かに揺れ動く」
評価:B
人生の意味について真剣に思い悩んだ人々に送る最高傑作、という紹介文に期待したのだが、3分の1くらい読んだところで、もしかしてこの男が家を出て行くのは最後の1ページかと想像が付いて、そんなに妻がいやなら決然と早く出て行け、大体、思ってることとやってることが違うじゃないか、と溜息が出た。
思索とは、適確な時期になされてこそ意味のある行動なのに、この男は何度もあったやり直しのタイミングを自ら逸して(最初の子供が産まれる時でさえ、既に愛人がいたのだ!)、妻と正直に向き合うことをしていない。思い悩むのではなく、甘えだ、これは。
訳者のあとがきに、「男として100%理解できる」「共感を抱く男性は数多くいる」「男とはそういうもの」などと書かれているけれど、ほんまか? 怒る男の人、いてくれよ。
・・・・・という感想とは裏腹に、妙に心に残る1冊なので、B。

【アーティストハウス発行角川書店発売】
ハニフ・クレイシ
本体 1,000円
2000/07
ISBN-4048973037

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