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勝手に目利き
単行本班
文庫本班
「マンチェスター・フラッシュバック」
【文春文庫】
ニコラス・ブリンコウ
本体 657円
2000/07
ISBN-4167218690

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  今井 義男
  評価:B
  三十年以上前、ピンキー&フェラスが「マンチェスターとリバプール」という歌をヒットさせた。マンチェスターとはその後なんの付き合いもない。だからこの街がこれほど病んでいたことも知らなかった。アメリカだったらなんとなくわかるのだが、結局世界中どこへ行ってもこんな調子なのか。なんだか気が滅入ってくる。現在わが国では、多発する少年犯罪を「世情」ではなく「個」の責任に帰結しようとする胡乱な論調が高まりつつある。馬鹿と思われるかもしれないが私は性善説派だ。虐待、貧困、差別‥‥袋小路に追いやられたら誰だって前には進めないし、神の鉄槌が振り下ろされる日まで待っていられない。私はこの作品が完全なフィクションであることを切に願う。

 
  原平 随了
  評価:A
  体裁は一応ミステリーだから、ラストで一応の結末をむかえるし、謎も明らかにされる。が、何ともそっけなくて、とっつきの悪い小説。クライム・ノヴェルと紹介されているが、エルモア・レナードのような爽快感は皆無だし、ジム・トンプスンの狂気とも、エルロイの絶望ともまた違う、全編、雨が降りしきり、じっとり湿った、実にイギリス的とでもいうしかない、底深い虚無と倦怠が漂っている。それなのに、ひりひりと胸に迫ってくるものがある。バス発着所で男に買われるのを待っている少年達の描写など、ビビットで、切なく、痛々しい。その上、怒りに満ちていて、トニー・リチャードソンの古い映画なんかが想起させられる。〈怒れる若者たち〉の伝統は、その形を変えながらも、しっかり生き残っていた。そんな感慨を抱かせる、これは英国ミステリーの異色の傑作だ。

 
  小園江 和之
  評価:B
  1980年代初頭、マンチェスターで破滅的な日々を送っていたジェイク・パウェルはひょんなことから少年更生施設で行われている性的虐待の事実を知った友人ジョニーとともに証拠のビデオテープを警察に渡そうとする。ところが不測の事態が生じ、友人は惨殺されてしまい、ジェイクはすべてを捨ててロンドンに移住する。16年後、ロンドンでカジノの支配人となっている彼は、当時のもうひとりの友人ドネリーがジョニーと同様のやりくちで殺されたことを知り、現在の生活を捨てて過去を清算しにマンチェスターへ向かう。 とまあ、決して目新しい展開ではないんだけど合間に挿入される主人公の十代の生活…ドラッグ、セックス、グラムロック、ディスコなどなど…がこれでもかと描写されるわけ。でもはたしてこれ、当時を知らない若い読者にキックを与え得るかどうか。英国じゃどうなんだろう。あたしゃはっきり言って退屈だった。

 
  松本 真美
  評価:C
  スピード感のあるタイトルに、パンクでハードな内容…なのになぜか静的な印象、性的じゃなく。映画『シドアンドナンシー』を彷彿。主人公が16才から「燃えつきた男」を演じざるを得なかった背景があいまいだが、何でもかんでも過去のトラウマで片付けようとする昨今の物語の風潮にあっては、この時代までは、世相や宗教観というものがティーンエイジャーのアイデンティティーを凌駕しちゃう不気味さをかろうじて持ち得ていたのかも、と逆に新鮮に感じられた。黒いだけで充分暗いのにダメ押しの「暗・黒」小説。元気じゃないときの読むと自分を持ってかれそう。

 
  石井 英和
  評価:A
  とりあえず言っておくが、私は、この小説の登場人物たちが大嫌いだ。いつまでも続く、だらしなく薄汚い、自らが送る最低の生活に何の反省もないゲイ達の描写には、うんざりさせられる。どいつもこいつも口数が多すぎるし。それに、クライム・ノベルだかなんだか知らないが、犯罪の描写などを読み続けるのは、私の趣味ではない。にもかかわらず私がこの小説を支持してしまうのは、この物語の背後に重くうずくまるマンチェスタ−の街の放つ妖気に魅せられたから。闇の中に、時と共に古びた、亡霊のような街が黒々と横たわっている。最低野郎どもの命の火を螢火のようにその身に纏ったその姿には、ゾッとさせられる美しさがある。

 
  中川 大一
  評価:C
  殺人事件の犯人を追う謎解き小説とすれば、やや凡庸。だが、本書の肝はむしろ、マンチェスターの街を闊歩するティーンエイジャーたちをクールに描くことにある。彼らの生業は男娼。だから胸を張って生きてるとは言えない、といって惨めに這いつくばってるわけでもない。その暮らしを彩るのは音楽・ファッション・ドラッグ。著者がかなり本格的な音楽活動に携わっていたらしく、中でも音楽は重要。たくさん出てくるミュージシャンや曲名のうち、私はYMCAとデヴィッド・ボウイくらいしか知らない。詳しい人なら評定もぐっとあがるかも。なお、原題はManchester Slingbackで、スリングバックは踵部がベルトになってる靴のこと。これがタイトルになるにあたってはもう一つ二つ意味が掛かってると思うのだが、誰か分かりませんか?

 
  唐木 幸子
  評価:B
  10年以上前の映画だが、ロバート・デ・ニーロ主演の「ワンス・アポン・ア・タイム」と同じ形式だと理解出来れば、すんなり読める。現実と過去の出来事とが交代で進行するのだ。前半読み続けるのは多少辛いが、後半、急激に話の辻褄が合い始めて盛り上がる。ハっと意表を突かれる一瞬(ビデオの本数!)もあるし、真犯人も意外だ。小児性愛という題材はおぞましいし結末も残虐だが、主人公ジェイクが冷静で正義感を失っていないおかげで、読後感が救われる。一気に読めば満足度は高い!
グリーン刑事は濃いキャラクターながら、役回りが今ひとつ明確でない。いっそ、この刑事の目で全ての出来事が客観的に語られた方が推理小説としては良かったのではないか、と感じた。

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