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中川 大一の<<書評>>

「DIVE!!」
評価:C
少年の主人公がいて、目指すものがあって、ライバルがいて、見守ってくれる人がいて、挫折して、立ち上がり、恋にやぶれ、また立ち直る。少年は一見ダメなやつに見えるけど、実はすごい才能を隠し持っている。こりゃ漫画ですな。いや、けなしているわけじゃない。文字だけで漫画のようなクリアな世界を作り上げ、漫画のような速度で読ませる、これはすごい技だ。そういや、飛沫(しぶき)とか夏陽子(かよこ)、未羽(みう)という名前の付け方もコミックっぽい。あえて一つ言うなら、こういう世界に百パーセント没入するには、私は少々年をくいすぎてる。十代、二十代の若い読者には文句なくすすめます。この作品は続き物で、11月に第2巻が出るそうだ。最後まで読みたいし、そん時ちゃんと課題図書にしてくださいね、浜本さん。

【講談社】
森絵都
本体 950円
2000/04
ISBN-4062101920

「深爪」
評価:C
一つ一つの話しは何やらスカスカしていて、シナリオのト書きのような、物語の粗筋のような。でも、3篇の連作を読みとおすと、同じエピソードが視点を変えて語られ、話しに深みが増してくる。半透明のセロハンを重ねていくと、だんだん色が濃くなっていくように。この本はあっという間に読めた(スティーヴン・キングとえらい違いや)。それは、文章がうまくて一気に進んだのだという気もするし、味が薄くて物足りなかったせいだとも思う。どっちも正直な感想だ。それにしても、深爪って、そういうことでしたか! 女性で爪の短い人って、ギタリスト(弦をちゃんと押さえられるようにね)くらいしか連想できなかったけど、まるで違いましたね。ビアン系という言葉も初耳。みなさん、これだけで何のことか分かりますか?

【朝日新聞社】
中山可穂
本体 1,500円
2000/08
ISBN-4022575271

「あやし 〜怪〜」
評価:A
浜やんがなかなか課題図書を送ってこないので、近所の図書館に出かけた。あらかじめ届いていたリストを見て、先に借りだしてしまおうという腹づもりだ。
そこで本書を検索してみたら、予約待機者50人だって\(◎o◎)/! 他の本はそもそも無いか、あっても待ってる人はせいぜい一人。宮部みゆきの人気のほどが知れる。これじゃ年内には借りられないよ。すごすご。さて、座敷牢・生首・鬼・亡霊と、怪談の基本アイテムはたいてい登場するけれど、読後感は背筋も凍る血腥さとは程遠い。むしろふうわりと丸く、なぜかのどかな印象さえ残す。作者はどうやら、読者を恐がらせるだけじゃなく、江戸の情緒を味わってもらおうともしているようだ。薮入り・打藁・瓢箪・小糠雨・提灯・箱膳……そんな言葉がそこここに配され、読者はそれと知らず江戸の路地に迷いこんでいる。これだけの描写をするにはさぞ浩瀚な文献を渉猟したことだろう。現代語も注意深く排されている。人気通りの実力、今月のいちおしだ。あと一つ。装丁は角川書店装丁室の手によるものだが、本扉の趣向はうまい思案でしたね。

【角川書店】
宮部みゆき
本体 1,300円
2000/07
ISBN-4048732382

「のら犬ロ−ヴァ−町を行く」
評価:B
小説を読む楽しみの一つに、異なる視点の獲得、というのがあるだろう。違った眼で眺めてみると、馴染んだ世界が途端に姿を変えて見せる、というやつだ。だから作家は語り手に工夫を凝らす。マイクル・Z・リューインは、在英の作家らしく犬に透徹した知性を与え、人間社会をシニカルに描写させている。まあ、犬というのは透明人間(H.F.セイント)やゴキブリ(北杜夫)と比べるとそれほどひねった語り手とは言えない。視線をぐっと低くすることで人間を突き放して観察し、日々の暮らしに多少のワサビを効かす、といった風合いだ。平均7、8ページの短編集だからそのあたりが適切。凝りすぎはいけません。通勤中や病院の待合室、職場の昼休みや寝そびれた夜などに、ちょっとずつ読むのにもってこいだ

【早川書房】
マイクル・Z・リューイン
本体 1,900円
2000/06
ISBN-4152082879

「骨の袋」
評価:B
前振りが長い。上巻いっぱい、ひっぱるひっぱる。「幽霊の、正体見たり枯れ尾花」式の「くすぐり」が延々と続く。読書がトップスピードにノルのは下巻の冒頭、敵役の老人と主人公が対面するあたりから。仕込みにこれだけのボリュームが割けるのは、著者のビッグネームゆえだろう。「大外れは絶対ない」と思わせる実績がなけりゃー読者がもたないよ。それでもやっぱり、読み手を引っ張り込んだあと、つかんで離さぬ手管はさすが。だから評定はBでいいんだけど、あえてワルクチ書いちゃおう。小説世界に浸ってる最中に、スティーヴン・キングの「私って上手でしょ?」という顔がちらついて。登場人物が、著者の意図に反して暴れ出すような破格がないっていうか。贅沢な感想かなあ。ウエブ新潮に専用コーナーありhttp://webshincho.com/

【新潮社】
スティーヴン・キング
本体 (上)2,800円
(下)2,700円
2000/07
ISBN-4105019058 / ISBN-4105019066

「マジックドラゴン」
評価:C
【ちょっとネタばれ注意】善人ばかりが登場する。悪人もちょびっと出てくるが、極度に類型的でリアリティはない。事態はばたばたっと好転し、最後はハッピーエンド。そう、これはお伽話の感触だ。この本はお伽話のように楽しむべきなのだ。例えば、私は船戸与一のファンだが、あの人の話しは登場人物皆悪人で、始終殺し合いをして最後はほとんど誰も残ってない。でも、すべての小説に、社会の暗部をえぐったり人間の醜さを暴いてもらう必要はない。本書の読み心地は、船戸与一の世界を、手袋を裏返すように反転させたみたい。一服の清涼剤、さわやかな読後感。「坊っちゃん文学賞」受賞作らしい青春文学。時にこういうのもいいよね。なお、4篇とも騎手や競争馬が主人公になっているが、読むのに競馬の知識は全然要りません。

【マガジンハウス】
長屋潤
本体 1,600円
2000/07
ISBN-4838712340

「マンチェスター・フラッシュバック」
評価:C
殺人事件の犯人を追う謎解き小説とすれば、やや凡庸。だが、本書の肝はむしろ、マンチェスターの街を闊歩するティーンエイジャーたちをクールに描くことにある。彼らの生業は男娼。だから胸を張って生きてるとは言えない、といって惨めに這いつくばってるわけでもない。その暮らしを彩るのは音楽・ファッション・ドラッグ。著者がかなり本格的な音楽活動に携わっていたらしく、中でも音楽は重要。たくさん出てくるミュージシャンや曲名のうち、私はYMCAとデヴィッド・ボウイくらいしか知らない。詳しい人なら評定もぐっとあがるかも。なお、原題はManchester Slingbackで、スリングバックは踵部がベルトになってる靴のこと。これがタイトルになるにあたってはもう一つ二つ意味が掛かってると思うのだが、誰か分かりませんか?

【文春文庫】
ニコラス・ブリンコウ
本体 657円
2000/07
ISBN-4167218690

「ディレクターズカット」
評価:D
内幕物や裏話、暴露本が好きだ。『噂の真相』も毎月熟読してる(^v^)  覗きみたいで我ながら上品な趣味とは思わないけど、面白いと感じるんやからしゃーないやんけ。
さて本書は、「元民放プロデューサーが書いた、魂を切り裂く傑作エンタテインメント小説」(帯の宣伝文句)。うーん、いいねえ、このベタな響き。さっそく読み始める。うん、業界物としてはうまい。「またぎ」や「パターン撮り」などの専門用語が自然に織り込まれ、いかにも軽薄なテレビマンのセリフ回しも決まってる。だが、小説としては……代名詞が何を指すのか、セリフの発言者が誰なのか、スッと頭に入ってこないときがあって少々つらい。後段の謎解きも説明調で俄に判然とはしない(私の読みが浅いのか?)。興味深い素材がつまってるだけに、惜しい!

【講談社】
秋庭俊
本体 1,800円
2000/07
ISBN-4062101467

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