小園江 和之の<<書評>>

「あやし 〜怪〜」
評価:A
 腰巻に「著者渾身の奇談小説」とあるけれど、たしかにホラーというよりも「ふしぎ噺」といった趣の九篇。とにかくどれを読んでもハズレはなし。『女の首』や『時雨鬼』は怪異というよりも人情物に近いか。いずれも絹のようになめらかな文章が非常に心地よく、つるつると読めて、後にしみじみとした情感が残る。 とは言っても個人的には『灰神楽』のような、ただもうあっけらかんと不思議なはなしが好みなんだけど、まさかこういうのばっかりってわけにはいかんだろうしなあ。ラストの『蜆塚』では八百比丘尼の姿を連想してしまった。ええとどの本に書いてあったんだっけ、と本棚を探索したら『百物語』(杉浦日向子/新潮文庫)に収録されておりやした。そちらも併せ読むと二倍楽しめるぞ。

【角川書店】
宮部みゆき
本体 1,300円
2000/07
ISBN-4048732382
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「DIVE!!」
評価:B
 主人公の坂井知季はダイビングというマイナーな競技にあけくれる中学生。彼が所属するダイビングクラブは存続の危機をむかえており、そこに突然あらわれた美貌の助っ人コーチ麻木夏陽子は知季がダイヤの原石だと指摘する。しかし、自分の価値について実感できない知季は、なぜ飛びつづけるのか? の自問に答えが出せないまま、それでも夏陽子に引きずられるように特訓を続け……とまあ、いわゆる青春スポ根小説のフォームなんだが、そこは森絵都さんで、本文から抜粋された腰巻の文章は日本の少年たちをとりまく環境の息苦しさをきっちりとぶちまけている。 ただ、主人公の素質があまりにも完璧すぎて、んなもんほんとかいな、などと運動神経零号機でへそ曲がりのあたしゃ思ってしまうのだ。だからやっかみも含めてAはやらんのだ。

【講談社】
森絵都
本体 950円
2000/04
ISBN-4062101920

「のら犬ロ−ヴァ−町を行く」
評価:A
 ローヴァーは義侠心にあふれた男盛りの自立した犬である。彼が町を行く先々で遭遇するさまざまな犬や人間達とのやりとりがユーモアと皮肉をちりばめた軽妙な文章で綴られる。ただし、この犬、決して某清涼飲料水のTVCMに出ている高倉健のようにカッコ良くはない。それどころか、みょうに理屈っぽく、説教くさい変なやつなのだ。すくなくとも「人生がおれたちに与えてくれるものがもしあるとしたら、それは選ぶのに苦労するくらいある悲しい日々だ」なんてことを健さんは言わないと思う。それでも、安定供給されるねぐらと食事を切り捨て、自立して生きていく態度はなかなかイイ。失うものが何もない自立などこの世には有り得ないのさ---たとえそれが人間たちの世界でも。 なあんて、ローヴァーの口調が感染っちまったぜ。でもこの本、日本の大多数の犬好きにとっては皮肉以外のなにものでもないような気がするんだけど、考えすぎだろうか。

【早川書房】
マイクル・Z・リューイン
本体 1,900円
2000/06
ISBN-4152082879

「マンチェスター・フラッシュバック」
評価:B
1980年代初頭、マンチェスターで破滅的な日々を送っていたジェイク・パウェルはひょんなことから少年更生施設で行われている性的虐待の事実を知った友人ジョニーとともに証拠のビデオテープを警察に渡そうとする。ところが不測の事態が生じ、友人は惨殺されてしまい、ジェイクはすべてを捨ててロンドンに移住する。16年後、ロンドンでカジノの支配人となっている彼は、当時のもうひとりの友人ドネリーがジョニーと同様のやりくちで殺されたことを知り、現在の生活を捨てて過去を清算しにマンチェスターへ向かう。 とまあ、決して目新しい展開ではないんだけど合間に挿入される主人公の十代の生活…ドラッグ、セックス、グラムロック、ディスコなどなど…がこれでもかと描写されるわけ。でもはたしてこれ、当時を知らない若い読者にキックを与え得るかどうか。英国じゃどうなんだろう。あたしゃはっきり言って退屈だった。

【文春文庫】
ニコラス・ブリンコウ
本体 657円
2000/07
ISBN-4167218690

「深爪」
評価:C
 まず書名を見て笑った。いや本書にはなんにも関係ないんだけど、むかし野沢直子の『ふかづめ』というレコードを買ったことを思い出したからだ(行数かせぎだなこりゃ)。ええと、二歳の息子がいる夫婦の妻がバイセクシャルで、その妻が女性の愛人をつくって家を出てしまい、残された夫は子供の世話をしていくうちに自分の中に母性というか「おんな」の部分があることに気付いて女装までするようになるという、なんだかややこしい話を妻の愛人、妻、夫の視点から順に語らせていくもの。勝手にやったらよかんべな、ってのが正直な感想なんだが「ホモは見たくもないがレズなら見てみたい、一度でいいからそこに自分もまじりたいと、男はみんな思っている」っていうのは違うと思うぞ。単に私が枯れかけてるだけかもしらんが。

【朝日新聞社】
中山可穂
本体 1,500円
2000/08
ISBN-4022575271

「ディレクターズカット」
評価:C
フリーのビデオジャーナリスト北森京一が、テレビ局からの依頼で連続トランク詰め殺人事件の背景にあるコロンビア女性売春組織を取材するうち事件に巻き込まれていくわけなんだが、話のほとんどが新宿百人町を舞台に進んでいき、しかも視点がひょいひょいと変わるから延々とRPGのレベル上げをやってるような感じだった。後半になってからようやく加速がついてくるんだけど、とりあえずこんなに長くなくてもいいんじゃねえのとは思う。著者は元民放プロデューサーであり、テレビ報道の内情、海外紛争地へ派遣された特派員の取材の実態など、視聴者には知らされないバラシがばんばん出てきて、その点は痛快。それにしても「民度合わせ」とは耳が痛いな。ま、ほんとのことだからしょうがないけど、さ。

【講談社】
秋庭俊
本体 1,800円
2000/07
ISBN-4062101467

「マジックドラゴン」
評価:C
競馬小説ということで、当初ちょっと引いてしまったが、まったくの杞憂だった。表題作はすこぶる爽快な物語で、競馬に関する知識が皆無の私にも十分に楽しめた。ネタバレになってしまうので、パフという名のサラブレッドは乗り手の夢見力で走る、とだけ言っておこう。本書には他に書き下ろしが三篇入っているが、そっちはちょっと不満あり。『ミラクルボーイ』はアルコールにおぼれた騎手の復活ストーリイだが、私には職業柄ちと引っ掛かるところがあるのだ。アルコール依存はそう簡単には治らないし、他の患者達が一斉に軽快しちまうのを「奇跡が起こった」で済ませちゃうのはいくらなんでも乱暴だと思う。逆に言えば、そこを気にしなけりゃラストでは気持ち良く泣けます。残りの二篇は可もなく不可もなくで、二勝二敗だからCランク。

【マガジンハウス】
長屋潤
本体 1,600円
2000/07
ISBN-4838712340

「骨の袋」
評価:A
いわゆる因縁もの幽霊譚である。と、二行で終わらせてしまうわけにもいかないのでちょっとは内容にも触れよう。三十代後半のベストセラー作家マイク・ヌーナンは愛妻を脳血管発作による突然死で失ってから書けなくなり無為の日々を送る。そうして数年を過ごしているうち、妻に関してのある疑惑が頭をもたげはじめ、彼は呼び寄せられるように自分たちの想い出の場所である湖畔の別荘に移り住む。その土地で出会った母子の窮状を救おうとしはじめた時から襲ってくるさまざまなトラブルとの闘いと、別荘内にひそむ何者かの気配。現実との境界が失われていく中で明らかにされていく忌まわしい過去。とまあ、ストーリイ自体はオーソドックスなんだけど、そこはキング。何もここまで、と思うような執拗な描写と絶妙のタイミングで小出しにされる謎に引き込まれて、この長さでも息切れを感じることはなかった。でも、もうちょっと時間的余裕があるときに、じわじわと楽しみながら読みたかったなあ、浜本さま。

【新潮社】
スティーヴン・キング
本体 (上)2,800円
(下)2,700円
2000/07
ISBN-4105019058 / ISBN-4105019066

「パヴァーヌ」
評価:A
 さてタイトなスケジュールだと分かっていながら、つい「これを入れてくんなまし」と言ってしまったらほんとになっちまったのが『パヴァーヌ』なんだけど、キングの後に・キース・という作家名の本を読むってのは何だか因縁めいているなあ(その理由は『骨の袋』を読めば分かります、はい)。こっちは改変世界SFの傑作といわれながらも、最初の邦訳版は出版されて二カ月後の87年8月、サンリオ文庫廃刊に伴い幻の名作となってしまい、古書店でもまず見かけない存在になっていたもの。エリザベス一世の暗殺により、世界はカソリック教会の支配するところとなり、科学技術はその使用を制限され、物語の舞台となるイングランドの路上を走るのは蒸気機関車、有人の信号搭の腕木による遠隔通信、ときに感じられる「古い人々」の存在。これら中世的ともいえる風景の中で懸命に生きる人々の姿、そして世代交代していくうち、世界がついに大いなる変革のときを迎えるまでが丹念に描かれる。繊細な筆致はまるで映画を観ているかのようで、当初「な、長いな……」とあせったのが嘘のように引きずり込まれ、あれよという間に読み終えてしまった。このジャンルが好きなむきなら、入手せねば死ぬまで後悔すること間違いなし。あ、それから前菜として『イギリス怪奇探訪』(出口保夫/PHP文庫)に軽く目を通しておきますと、よりいっそう美味しく召し上がれます。それにしても余計なことを言ったために、かような長編が入ることになっちまいましてすんませんでした>他の採点員のみなさま。

【扶桑社】
キース・ロバーツ
本体 1,429円
2000/07
ISBN-4594029434

「僕は静かに揺れ動く」
評価:D
 あたりまえのことだが、同じ時代を生きて同じものを見てきたからといって共感できるとは限らない。訳者は「ラスト・シーンでは深い感動に襲われ、思わずおいおいと泣いてしまった」と書いてるけど、著者と同年齢である私にとっては医学書のように退屈な本だった。数頁読むごとに眠くなり、院長室の椅子からずり落ちること三回、ベッドからころげ落ちること二回、悪戦苦闘の末なんとか読了した。ただまあ「どんな女性であれ、その女性のことを真剣に考える前に男はマスターベーションをすべきだというぼくの仮説を試してみることにしよう。そうすることで、自分がセックスのために彼女を求めているのか、あるいはただそれだけのためではないのか、確かめることができる」てぇのは真理だと思うので、Eにしたいところをワンランクアップ。

【アーティストハウス発行角川書店発売】
ハニフ・クレイシ
本体 1,000円
2000/07
ISBN-4048973037

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