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勝手に目利き
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原平 随了の<<書評>>

「ビタミンF」
評価:C
描き込まれたディティールの一つ一つ、セルフの一言一言にリアリティがあり、説得力がある。気が弱く て、イジメにあっているらしい息子を気づかいつつ、いらだちも感じてしまう父親のやりきれない気持ち、 中学生の娘が、もう既に性体験を持っているかもしれないと悩む父親の複雑な気持ち……、どの話も、う ん、それって解るヨと頷きたくなる、そんな切実さに満ちている。ところが、そんなリアリティあふれる 細部が集まって一編の小説に仕上がった途端、どうして、こんなにも急に気持ちが引いてしまうのだろう。 もしかして、こっちがひねくれてるせい? と自問しつつ、お話をまとめ上げるこの作家の、たまらなく 優しい眼差しやその手つきが、ひねくれ者の目には、何だかひどくしらじらしく映ってしまうのだから、 しょうがないではないか。

【新潮社】
重松 清
本体 1,500円
2000/08
ISBN-4104075035

「川の深さは」
評価:D
設定が荒唐無稽だとか、展開が安直だとか、キャラクターが薄っぺらだとか、そんなことは言うまい。だ って、これ、劇画なんだから。話のスケールはでかいし、アクションいっぱい、見せ場がふんだんにあっ て、その上、涙を誘う人情話としても楽しめるんだから、まあ、こうゆうのもありなんだと思う。ありだ とは思うが、好きにはなれない。時折、顔を覗かせるお説教が鬱陶しいし、それよりもなによりも、この 作家の、見え隠れする右翼体質には堪えられないものがある。この作品が実質的な処女作だそうで、処女 作でこれだけド派手なお話を書いてしまう作家なら、『Twelve.=Y.O.』や『亡国のイージス』は、きっと、 相当読ませてくれるんだろう、興味はないが。

【講談社】
福井晴敏
本体 1,600円
2000/08
ISBN-4062102846

「新宿鮫 風化水脈」
評価:C
シリーズ二作目あたりで、これはどうも体質に合わないゾと、そそくさ退却してしまったので、七作まで の間にどのような変遷があったのか知らないのだが、それにしても、鮫島さんも随分と内省的な刑事に変 身しちゃったものである。渋めの鮫島さんというのは、それなりに好感が持てなくもないが、すべての事 柄がある一点に向かって収束していく展開は先が見えてしまって退屈だし、予定調和の因縁話は、ほとん ど浪花節の世界だ。まあ、それでも、ラストは、胸に沁みるいいシーンに仕上がっていて、ちょっと救わ れたかな。ところで、鮫島って名前、そろそろ、改名した方がいいのでは? ついでに、ロックシンガー の恋人とも早く別れた方が……、って、余計なお世話ですね。

【毎日新聞社】
大沢在昌
本体 1,700円
2000/08
ISBN-4620106151

「悪魔の涙」
評価:D
読者をぐいぐいと引きつけておいて、土壇場で、読者の予想を裏切るテクニックにかけては、ディーヴァ ーに敵うものはいないだろう。今回の主人公は〈筆跡鑑定人〉という地味めの設定。にもかかわらず、こ れほどのボリュームのストーリーを見事にまとめ上げている。敵はたった一通の脅迫状、相当の力業だ。 が――、予定通りというべきか、突然、話の流れを引っ繰り返して、読み手の気持ちに冷水をぶっかけて くれるのも、やっぱり、いつものディーヴァーである。大ドンデン返しこそがこの作家の最大の魅力だと しても、ドンデンの為のドンデンは、そうなると解っていても空しいし、後味が悪い。途中の描写が丁寧 なだけに、腹立たしくもある。つまるところ、ディーヴァーのドンデンは、物語を弄んで、物語の首を絞 めているのじゃなかろうか。

【文春文庫】
ジェフリー・ディヴァー
本体 848円
2000/09
ISBN-4167218712

「水の棺の少年」(上下)
評価:D
前作『死せる少女たちの家』が、地味ながらも、しっかり読み応えのある作品だったので、同様の出来を 期待していたのだが、はっきり言って拍子抜け。主人公のキャラクター作りに多少の工夫が見られるもの の、物語はただ漫然とラストの対決に向かって流れていくだけで、盛り上がりに欠け、意外性もなく、舞 台となる学園の描写も凡庸で、さっぱり魅力が感じられない。〈eメール〉という言葉が出てきたりする ので、一応、現代のお話なのだとは判るが、2、30年前のイギリスが舞台の学園ミステリーだと言われて も納得してしまいそうな、ひどく古ぼけた印象しか残らない作品。

【ハヤカワ文庫】
スティーヴン・ドビンズ
本体 680円
2000/08
ISBN-4150409579
ISBN-4150409587

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