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    「川の深さは」
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    【講談社】
  福井晴敏
  本体 1,600円
  2000/08
  ISBN-4062102846
 

 
  今井 義男
  評価:B
  無為な日々を送る中年男が、追われる若い男女につい手を貸してしまったために、国家的規模の謀略に巻き込まれる話。下手をすれば極東で紛争が勃発するぐらい危険な機密が根底にあり、漏れ出した汚水はどす黒い奔流となって、三人を飲み込もうとする。面白い小説であることは間違いない。肩入れしたくなる登場人物も数人いるし、決して退屈はしなかった。が、途中で高揚した気分が何度か冷めそうになったのも事実である。まだ風化していない現実の事件を模した記述は説明的で平板だ。<北>の位置付けもカタログ通りで新鮮味がない。涼子が保を「最高傑作」と評した表現も安易過ぎる。後半のアクションシーンではアッシュ・リンクスやジョン・ランボーの影がちらついて仕方なかった。私だけかもしれないが。

 
  原平 随了
  評価:D
  設定が荒唐無稽だとか、展開が安直だとか、キャラクターが薄っぺらだとか、そんなことは言うまい。だって、これ、劇画なんだから。話のスケールはでかいし、アクションいっぱい、見せ場がふんだんにあって、その上、涙を誘う人情話としても楽しめるんだから、まあ、こうゆうのもありなんだと思う。ありだとは思うが、好きにはなれない。時折、顔を覗かせるお説教が鬱陶しいし、それよりもなによりも、この作家の、見え隠れする右翼体質には堪えられないものがある。この作品が実質的な処女作だそうで、処女作でこれだけド派手なお話を書いてしまう作家なら、『Twelve.=Y.O.』や『亡国のイージス』は、きっと、相当読ませてくれるんだろう、興味はないが。

 
  小園江 和之
  評価:B
   元マル暴刑事で今はパンピーの中年男がサバイバルの世界に巻き込まれていく、って書くといかにもな感じだけどよーく出来てます。読みやすいしテンポもいいし後半からのたたみかけるがごとき展開、透明感の漂う静謐なラスト。でも、いくら遣り手の敵でもアパッチを二機も調達出来んだろうし、主人公と共闘する昔気質のヤクザが「ドラスティック云々」てな言葉を使うのも……ま、いいか。冒頭、匿われた少年が所持する拳銃がグロック17というのは凝った設定。理由を知りたいなら『最新ピストル図鑑』(床井雅美/徳間文庫)、『拳銃王 全47モデル射撃マニュアル』(小峯隆生/小学館文庫)あたりを。それとヒロインが作るへんてこなトーストだけど、実際に作って食ってみたらたいへんウメイかったです。

 
  松本 真美
  評価:B
   前二作が大好きで、特に『亡国のイージス』にアツくなった身としては、開始そうそう、先任伍長と如月行を彷彿させる桃山と保の登場にない胸を膨らませた。ワクワクして読み進んだが、しばらくして気づいた。「あれ?設定こそ違え、前作達と丸ごとカブってない?」。まあ、これが本当は第一作らしいし、作者がこだわりたい確固たる世界があって、しかも自分もそれが好き、だから問題がないといえばないのだが、さすがに新鮮さはない。それと、あまりにも直球勝負で終盤、活劇シーンでこっちが息切れ。目にきた。ずっと眉間に皺を寄せて読んでたからか。読後、眼科に直行。ちなみに「老化かも」とは言いましたが、老眼とは言ってませんので浜本さん。  心理テスト、川の深さは私は膝まで。情熱云々より泳ぎが不得手ゆえの選択。…つまんない女だな、私って。

 
  石井 英和
  評価:E
   著者による「時局解説講演会」の部分が多過ぎる。また、小説がスト−リ−展開ではなく、登場人物の「この話は実はこうなのだ」という事情説明的なセリフによってばかり進む。(事件の裏事情を語る長セリフの後に「長い話を締めくくるタバコをくわえた」なる地の文が出てくるが、著者が無意識に漏らした「自省の弁」かと思う)そんなものが障害になって私は、この書からは、小説を読む楽しみを得る事は出来なかった。そもそも、桃山なる「主人公」がいなくとも成立する話だろう。いや、むしろ、単なる見物人である彼より、他の登場人物の視点で語った方が、よりアクティヴな物語になったのではないか。結局これは小説というより、著者が自己陶酔しつつ記した「小説の構想記」かと思う。

 
  中川 大一
  評価:C
  語り手が頻繁に発する独白を、どう評価すればいい? 社会についての考察と、綿々たる内面の吐露。どちらも生硬で青臭く、読んでて気恥ずかしい。スカッとするはずの読書を妨げる夾雑物なのか。いや、私は作者の姿勢を支持する。大きな世界のしくみ。小さな人間のこころ。この二本の糸を撚り合わせてエンターテインメントを紡ぐ。読む方は、楽しみつつ、ふと世間や自分のあり方に思いを馳せる。これはやはり、小説の王道だと思うのだ。ただ、作者が腕も折れよと投げた剛球は、スピードはあったけど、ストライクゾーンからボール二つ分外れたようだ。一つは、登場する組織の数が多すぎて未整理なこと。二つは、フロッピーが果たす役割のうち、特に後の方に無理があること。で、次はA(エース)をねらえっ、のC。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  この著者にはオリジナリティがある。というのが読み終えての第一の感想だ。ヤクザと宗教を巻き込んだ国家権力の企みの真相は、規模が大きいにも拘わらず、話に破綻がない。最後の1ページにまで、感動のドンデン返しが盛り込まれていて飽きない。登場人物の一人一人が主役を張れる信念を持っており、それぞれの誇りに溢れる行動には手垢にまみれぬ人間性、個性を感じる。後半の都市テロの緊張感はハリウッドの超大作アクション映画に匹敵するスケールだ(『マトリックス』風の雰囲気!)。じゃあ、なんでAじゃないの?というと、それは好みの問題としか言いようがない。私は政治や宗教に関わる事件には事実を求めたいので、これらを素材にして膨らみきった虚構の世界は楽しめないのだ。そういうのが気にならない人には、間違いなくお勧めの1冊だ。

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