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松本 真美の<<書評>>

「ビタミンF」
評価:C
 うまい!うま過ぎ!7編ともどれも着眼点が今で、身につまされ、展開も自然、尚 か つそこそこ意外で、間や比喩も申し分なく、着地も嫌らし過ぎず、ホロっとしたり苦 かったりするが後味は悪くない。ある意味、悪口の言いようがない。  重松清、前は好きだった。ただ、遡って読んだ初期の一作が引っ掛かった。それは 自 分が似たような経験をした題材の小説だった。「もっともらしいけど、いかにもわか っ てそうだけど、違う」と思った。以来、素直に読めない。今回もどれもおさまりが良 すぎる気がした。日々動いている世界を描いたわりに破綻がない。「パンドラ」とか 特に。破綻がなくて文句を言われるのも心外だろうけど、多少とっちらかっていても、 心を揺さぶられる小説が私は好き、感心系じゃなく。

【新潮社】
重松 清
本体 1,500円
2000/08
ISBN-4104075035

「せん−さく」(上下)
評価:C
 読み終わった直後はかなりいいセンだと思ったのだが、時間が過ぎたら、みるみる 印 象が稀薄になった。ネットを媒介としてコミュニケーションや犯罪が構築されるとい う、いかにも現代な、今後の小説のひとつのエポックメーキング的な世界だとは思う。 構成は緻密だし、展開に説得力はあるし、登場人物も、ヒロインの夫以外はよく描か れていると思うし。でも魅力的じゃなかった。なぜだろう?  よくできた小説と心に響く小説は違うってことか。感情のぶれや飢餓感にもきちん と 相応の「理由」が述べられていて、それは「自分だけの特別を探していた」だったり するのだが、そのあまりの明確さが逆に感情のリアリティを削いだ気がする。  一箇所、納得出来ない所あり。逃亡中の病院でのヒロインへの呼びかけ。おかしく な いかな。タイトルも懲りすぎて逆に伝わらない気がした。

【幻冬舎】
永嶋恵美
本体 1,700円
2000/09
ISBN-4344000153

「師匠」
評価:B
 遠目に表紙を見たとき、ビートたけしの絵かと思った。とても中味に合ってる。
 ウエちゃんとかのブーイングを覚悟して書くと、私は関西系のお笑いが苦手で、漫 才 も落語もついでに寿司も江戸前好きである。東京の、親しくても漂う距離感、崖っぷ ちで見せる余裕--要するに、どっかよそよそしいくらい意地っ張りな笑いが好みなの だ。この5編に描かれた世界はどこを斬っても江戸前だ。師匠を心の芯で案じる弟子、 俗っぽさ満載の講師師匠のもうひとつの面、煮詰まった落語家の土俵際の開き直り、 孤高の落語家の生きざまと最期、無敵のハンディキャップ演芸版…。どれも一歩間違 えばウエットになるところを、ぎりぎりで踏ん張ってドライで明るい。<粋>だ。初 心者向けのわかりやすい粋だとは思うけど。

【新潮社】
立川談四楼
本体 1,300円
2000/08
ISBN-4104247022

「川の深さは」
評価:B
 前二作が大好きで、特に『亡国のイージス』にアツくなった身としては、開始そう そう、先任伍長と如月行を彷彿させる桃山と保の登場にない胸を膨らませた。ワクワク して読み進んだが、しばらくして気づいた。「あれ?設定こそ違え、前作達と丸ごと カブってない?」。まあ、これが本当は第一作らしいし、作者がこだわりたい確固た る世界があって、しかも自分もそれが好き、だから問題がないといえばないのだが、 さすがに新鮮さはない。それと、あまりにも直球勝負で終盤、活劇シーンでこっちが 息切れ。目にきた。ずっと眉間に皺を寄せて読んでたからか。読後、眼科に直行。ち なみに「老化かも」とは言いましたが、老眼とは言ってませんので浜本さん。
 心理テスト、川の深さは私は膝まで。情熱云々より泳ぎが不得手ゆえの選択。…つ まんない女だな、私って。

【講談社】
福井晴敏
本体 1,600円
2000/08
ISBN-4062102846

「新宿鮫 風化水脈」
評価:B
 新宿鮫シリーズ、成熟というか円熟の域に達している感あり。今回はドンパチも殆 ど ないし、事件そのものも比較的地味だが、この厚さをユルみもなく読ませる力はさす が。登場人物も、レギュラーは皆、自分の役割を熟知しているし、今回のキーパーソ ンの大江と雪絵の母は、井川比佐志と倍賞千恵子あたりに演ってもらいたい渋さだ。 それじゃ映画『家族』か。ただし、雪絵は魅力なかった。そもそも私は大沢作品の女 性は今イチ派なのだ。唯一、好感の持ててた晶は今回はちらっと2回しか登場せず、 今後に懸念を残したお騒がせカップルぶりである。
 それにしても鮫島、今回は己の警察官としての倫理観を語った語った。そんなに語 っていいのか?と心配なくらい。次回はそれを伏線に急展開か?

【毎日新聞社】
大沢在昌
本体 1,700円
2000/08
ISBN-4620106151

「フォー・ユア・プレジャー」
評価:A
 花咲探偵に再会したいとは思っていたが、こんなに早くお目にかかれるとは!しか も新作が次々出ているのに前作より面白いとは!恐るべし、柴田よしき。
 とにかく話の流れが心地よい。ヘンにリアリティに走らず、予定調和を恐れず、い か に読み手が無意識にページを繰れるか、に徹底しているのがいい。読みやすい。何だ か最近この「読みやすい」ってことが、自分にとっての小説の評価に直結しているよ うで気になるけど。それと、私の中で柴田よしきは近頃どんどん樋口有介化している ことを新刊採点員M氏を気にしつつもここできっちり申し述べたい。(私は氏に樋口 有介の話をしつこくふって「もう勘弁して」と言われた。よほどしつこかったらしい ) ヨシキとユースケの共通点は、潔く軽いところ。自分の世界とファンサービスを自然 に無理なく融合させているところ。一ファンの勝手な願いとしては…ずっと化けない でいてネ。あ、内容に全然触れてないや。

【講談社】
柴田よしき
本体 1,800円
2000/08
ISBN-4062097974

「悪魔の涙」
評価:A
 面白かった!もっと英語に造詣が深ければ楽しめたはず…って本当は「造詣」どこ ろ か、ThereとTheirの違いにも最初気づかなかった。スミマセン、見栄をはりました。 キンケイドというと「マディソン郡の橋」を思い出して困るが、こっちは「ボーン・ コレクター」のリンカーン・ライム同様、頭の切れる男で、やっぱり頭の切れる犯人 との知恵比べが最後までスリリングだった。最後の最後は、マーガレットとの関係を 含めて都合良く行き過ぎな気もしたが、全てのパズルが一気にそろう瞬間ってそんな ものかも。とにかくぐいぐい読めた。
 それにしても、深いぞ文書検査士!オタクというかフェチの世界だが、筆跡分析と の明確な線引きやタイトルの由来周辺にとてもワクワクした。シリーズ化希望!

【文春文庫】
ジェフリー・ディヴァー
本体 848円
2000/09
ISBN-4167218712

「少年たちの密室」
評価:C
 東海地震の必然性があまり感じられない…などと思ってしまうのは、本格推理とい う ものをあまり読んだことがない素人ゆえのあさはか発言か。真相も、説得はされたが 今ひとつ納得しきれなかった。でも、性格に見合った登場人物の配置具合の絶妙さと か、「密室」にとどまらない舞台の設定とか、ものすごく練られた小説だなあと思う。 もう1回読めば、もっと伏線なんかにも気づくのかも、当分読まないと思うけど。
 ただ、全ての真相を解き明かす役は<彼ら>にではなく、当事者の<彼>にしても らいたかった。その方が、事件のやりきれなさがもっと伝わった気がする。 まあ、全て「重箱のスミをつつく」ような感想ですね。

【講談社ノベルス】
古処誠二
本体 820円
2000/09
ISBN-4061821474

「この世の果て」
評価:B
 昨今の海外モノ、主人公にわかりやすい弱点を持たせているのが多いと思う。肉体 的ハンデ、過去の傷、何かの依存症etc…極度のだらしなさもありか。まあ自分が弱点 男モノを選んで読んでいるのかもしれないが。
 この物語の主人公ジョーも、暗い生い立ちと湾岸戦争の後遺症に悩む弱点満載男、 なのだが、凶悪犯の濡れ衣を着せられ逃亡-という足枷がキツくなるほどに、己の潜在 能力に目覚め、どんどん強くかっこよくなっていく。終盤は超人化し過ぎじゃないの ?だけど。ネイティブアメリカンの女性捜査官もいい。カルト教団とのシンクロぶりに 説得力がある。私も一度ぐらい誰かに「おまえがいて世界は幸運だ」なんて言われて ぇ!それにしてもカルとカリという名前、最後までまぎらわしかった。日本で言えば カオルとカオリか。わざわざたとえなくてもいいか。実はたとえ好き。

【扶桑社ミステリー】
クレイグ・ホールデン
本体 838円
2000/08
ISBN-4594029574

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