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    「新宿鮫 風化水脈」
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    【毎日新聞社】
  大沢在昌
  本体 1,700円
  2000/08
  ISBN-4620106151
 

 
  今井 義男
  評価:AA
  この町の名は60年代半ば、永島慎二の作品で初めて知った。ジャズが流れる酒場、風変わりな若者たち、ハイミナールの錠剤、朝焼けのビル街を舞う鳩の群れ。実態はどうであれ、それが私にとっての新宿だ。当然ながら新宿にも歴史がある。町は目まぐるしく様変わりし、人は通り過ぎ、打ち捨てられた情念は地下の水脈で澱となって息をひそめる。そして時を経て水底から排出した瘴気は、声にならなかった悲痛な思いを白日にさらす。自動車窃盗団を追う鮫島が発見した四十年前の死体は、図らずもいまを生きる名も無い人々の、噤んだ過去とはかない明日を交錯させた。属する世界が異なる鮫島と真壁。この両者が我々に突きつけるのは、常人が成し得ない覚悟した生である。この骨太な刑事小説は私の身勝手な心象風景を払拭した。今後、私の夢想する新宿には<フーテン>ではなく<新宿鮫>が回遊することになるだろう。

 
  原平 随了
  評価:C
  シリーズ二作目あたりで、これはどうも体質に合わないゾと、そそくさ退却してしまったので、七作までの間にどのような変遷があったのか知らないのだが、それにしても、鮫島さんも随分と内省的な刑事に変身しちゃったものである。渋めの鮫島さんというのは、それなりに好感が持てなくもないが、すべての事柄がある一点に向かって収束していく展開は先が見えてしまって退屈だし、予定調和の因縁話は、ほとんど浪花節の世界だ。まあ、それでも、ラストは、胸に沁みるいいシーンに仕上がっていて、ちょっと救われたかな。ところで、鮫島って名前、そろそろ、改名した方がいいのでは? ついでに、ロックシンガーの恋人とも早く別れた方が……、って、余計なお世話ですね。

 
  松本 真美
  評価:B
   新宿鮫シリーズ、成熟というか円熟の域に達している感あり。今回はドンパチも殆どないし、事件そのものも比較的地味だが、この厚さをユルみもなく読ませる力はさすが。登場人物も、レギュラーは皆、自分の役割を熟知しているし、今回のキーパーソンの大江と雪絵の母は、井川比佐志と倍賞千恵子あたりに演ってもらいたい渋さだ。それじゃ映画『家族』か。ただし、雪絵は魅力なかった。そもそも私は大沢作品の女性は今イチ派なのだ。唯一、好感の持ててた晶は今回はちらっと2回しか登場せず、今後に懸念を残したお騒がせカップルぶりである。  それにしても鮫島、今回は己の警察官としての倫理観を語った語った。そんなに語っていいのか?と心配なくらい。次回はそれを伏線に急展開か?

 
  石井 英和
  評価:B
   メインのスト−リ−ではなく、背後に重要なファクタ−として語られて行く「新宿考古学」とでも言うべきものに魅せられた。極彩色にそそり立つ今日の新宿の地下に眠っていた「古新宿」が、ひょんなきっかけから目を覚まし、その貌を明らかに明らかにして行く次第が。私の嫌いな「登場人物によるスト−リ−展開のための長話」がもっと少なければ採点Aだったのだが。余談だが、花村萬月もそうだけれど、この種の小説に出てくるロックバンド、なぜ皆、女がヴォ−カルなのだろう?私は、ヴォ−カルだけ女性の、男たちのバンドというのは、ショ−の為のバンドという気がして、芸能界ぽくて好きになれないのだ。女性のみのバンド、あるいは女性の、キ−ボ−ド以外の楽器奏者は大支持だが。

 
  中川 大一
  評価:A
  浜やんがなかなか課題図書を送ってこないので、近所の図書館に出かけた。そこで本書を検索してみたら、予約待機者36人だって\(◎o◎)/! さすが人気シリーズ、これじゃ年内には借りられないよ。すごすご。さて、物語は基本的に新宿署の警部・鮫島の視点でたどられ、時々敵役サイドの描写が入る。つまり、主人公に感情移入しながら、双方の事情を鳥瞰的に眺められるわけだ。読者は、鮫島が的確に相手を追いつめていく様子を、はらはらしながら見守ることになる。後段、視点の転換はだんだん目まぐるしくなり、クライマックスでは一堂に会した主役と敵役の視線が交錯し、一気に炸裂する。今回の相手は自動車窃盗団で、内部に日本のやくざと中国人の対立という火種を抱えている。憎しみをぶつける対象としてはやや弱いが、そのぶん軽薄な勧善懲悪ものに陥るのを免れている。やくざの恋愛を絡めた支脈のストーリーもうまい。関西人には新宿形成史の部分はさっぱりわかりまへんけど、人気通りの実力、今月のいちおしだ。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  私は新宿鮫シリーズはおろか、この著者の作品には一切、触れたことはなかった。本作が初めて。そういう読者に対しては本書はかなり不親切だ。恋人の晶が男なのか女なのかも暫くは不明だし、(最近はわからないからなあ)鮫島の過去も全然知らないので、大して凄い刑事だとは思えないまま話は進んでしまう。前半でやたらと新宿史や犯罪構造など、森村誠一ばりに背景説明があって退屈で眠くなった。本作品は新聞連載だったそうだが、新宿鮫ファン以外はここら辺で脱落するのではないか。が、これを乗り切って流れに乗ると後半は一気だ。40年前の屍蝋化した死体が発見されたあたりから、それまで意味ありげでバラバラだった話が俄然、繋がってくる。一応、読まず嫌いは返上したぞ。

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