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勝手に目利き
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原平 随了の<<書評>>

「子供の眼」
評価:B
読み応え十分のリーガル・サスペンスの大作。裁判の経過がとても判りやすく、二転、三転するプロットは手に汗握るし、ラストぎりぎりまで伏せられている事件の真相にも驚かされる。また、アメリカの離婚事情や、その後の子育て、裁判での子供の争奪戦などが詳細に描写されていて、そういった部分が、主役二人の恋愛も含めて、この小説を味わい深いものにしている。
ただ、主要なテーマの一つが、ああ、またか……の幼児虐待もので、しかも、その部分の展開が、やや、ストーリーの都合上のような印象があって、なんだか、後味がよろしくない。それと、もう一点、引っかかるのが、主役があまりにもエリート過ぎるということ。地位も金もあり、女にもてて、かつ、きわめて誠実な男が主人公だなんて、なんだか、ちょっと……。

【新潮社】
リチャード・ノース・パターソン
本体 3,200円
2000/09
ISBN-4105316028

「ジャンプ」
評価:A
明日の出張に備え、〈僕〉は、空港に近いガールフレンドのマンションに泊まったのだが、翌朝、目覚めると、彼女の姿はなかった――。一気に引き込まれてしまう秀逸な出だしだ。彼女は果たして、何処に消えたのか。そして〈僕〉は、彼女を探して何処に向かうのか……。
〈僕〉も、読み手も、ある時点で、取り返しのつかないミスを犯していることに気づかぬまま、不安と焦燥を引きずって、物語の闇の中を手探りで彷徨うことになる。本格的なミステリーのように緻密に伏線が張り巡らされ、展開は謎が謎を呼び、読み進めるほどに闇は深まるばかり。
それでも、これはミステリー小説ではないから、ラストで、いかに見事に謎解きがなされていようとも、物語の着地点で感じる喪失感は、たまらなく深くて重い。

【光文社】
佐藤正午
本体 1,700円
2000/09
ISBN-4334923240

「コフィン・ダンサー」
評価:D
ああ、やっぱり、まただよ、このオチはないんじゃないの。……と思わずそう呟いてしまう、評価:Dとしかつけられない、にもかかわらず、サスペンスたっぷりのおもしろ本が、この『コフィン・ダンサー』である。
前回、腹立ちのあまり、『悪魔の涙』に、評価:Eをつけてしまい、すぐ後悔して、Dに訂正したという経緯があるのだが、実を言えば、ディーバーは、以前からお気に入りの作家の一人であり、第一作からきちんと追いかけているのだ。更に告白すれば、最初の頃は、ディーバー作品のオチの見事さに、どっぷりはまっていた。とは言っても、せっかくのストーリーをぶち壊しにしてしまうような、驚かせることだけを目的としたドンデンには、もう、うんざりなのである。
今回、評価:Eとしないのは、リンカーン・ライムとアメリア・サックスとの微妙な関係を描いていて、その部分が光っていたから。と言うか、オチ以外は、どの部分も抜群におもしろい。
つまらんドンデンにこだわったりせず、ディーバーには、ぜひぜひ、ストレートなミステリーを書いてもらいたい(ストレート過ぎるのも困るが)。でも、きっと、それじゃ、売れっ子作家にはなれないんだろうな。

【文藝春秋】
ジェフリー・ワイルズ・ディーヴァー
本体 1,857円
2000/10
ISBN-4163195807

「炎の影」
評価:D
誠実なハードボイルドとでも呼ぶべきなんだろうか。その書き方にはとても好感が持てるのだが、いかんせん、小説としてのコクとか深みといったものが致命的に欠けているように思う。
主人公の男は、背中にモンモンを背負ってしまったことのそれなりの屈折を囲ってはいるものの、居心地悪い故郷の田舎町にとどまり、警官であった父親の不審な死の原因をがむしゃらに探っていくキャラクターとしては、あまりにも薄っぺらで役不足である。主人公の胸の内を占める父親像もまた、ひどく類型的で、この長い物語を引っ張るほどの力を持ち得ていない。
ヒロインにも、大した魅力は感じられず、母親や、その他脇役も同様で、役者不在のままでお話の筋立てだけがただ空しく進行していく、そんな印象を最後まで拭うことができなかった。

【角川春樹事務所】
香納諒一
本体 1,900円
2000/09
ISBN-4894569035

「神様がくれた指」
評価:A
ずっとこの心地よさに浸っていたい、このまま終章を迎えず、永遠に読み続けていたいと思わせる小説。文章もセリフも、登場人物達も、軽快で、軽妙で、とっても爽やかなのに、読み終えた後、何かが深く心に残っている小説。男とか女とかと関係なく、人を好きになることがこんなにも気持ちいいことなんだと気づかせてくれる小説。あの『しゃべれども、しゃべれども』と同じ作家が書いたとはとても思えぬ、似ても似つかぬ物語なのに、受ける感触がとてもよく似ていて、それが嬉しい小説。ハートウォーミングなユーモア小説なのに、思いがけない展開が待っている、一筋縄でいかない小説。少年少女達がリアルに捉えられていて、それなのに深刻ぶった調子を毛ほども感じさせない、後口のさっぱりとした小説。こうやって、この小説の良さを上げていくと切りがない、そんな小説……。

【新潮社】
佐藤多佳子
本体 1,700円
2000/09
ISBN-4104190020

「社長ゲーム」
評価:C
薄井ゆうじがこんな話を書いているということに驚いてしまった。コンニャク製造会社の社長である養父によって帝王学を叩き込まれた青年が、養父に反発しながらも、倒産しかけた会社を立て直すというお話である(この作品の前に『社長物語』というのがあるらしいが……)。
物語そのものがつまらないという訳ではない。けっこう楽しめるのではないかと思う。主人公が養父の家に対して抱き続ける違和感や、ラスベガスでブラックジャックの奥義を極め、荒稼ぎするシーンなど、薄井ゆうじらしさを感じさせてくれる部分もしっかりとある。が、後半、日本に帰ってきてからの展開にはかなりの違和感を抱かざるを得ない。
薄井印のファンタジックでハイセンスな話じゃないからという、そんな意味ではなく、基本的な物語の構造が、会社の経営とか、株がどうとか、配当がどうとか……という日常的で窮屈なルールに縛られて、本来の奔放さが感じられないのだ。薄井ゆうじは、こういった話から最も遠い場所に立っている作家だと思っていたのだが……。

【講談社】
薄井ゆうじ
本体 1,900円
2000/09
ISBN-4062103133

「失恋」
評価:C
今回、この『失恋』という短編集を手に取ってみて、鷺沢萠を読むのは実はこれが初めてであるということに気づいた。それなのにと言うか、やっぱりと言うか、この中で描かれている恋愛話が、ほとんど何の違和感もなく、つるりと読めてしまう。
それだけ、癖のないすっきりとした恋愛小説だということなんだろうが、逆に言えば、ここで描かれている恋愛には、迫力とか濃密さとかいったものが、ほとんど感じられない。
そんな物足りなさはあるとしても、恋愛の痛みのようなものを、上手に漂わせているのは確かだと思う。特に、『欲望』という中編のラストは、男と女の気持ちの距離感のようなものをズキンと感じさせてくれて、秀逸だ。

【実業之日本社】
鷺沢萠
本体 1,400円
2000/09
ISBN-4408533858

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