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勝手に目利き
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石井 英和の<<書評>>

「子供の眼」
評価:D
 長過ぎる・・・帯に、「超弩級サスペンス」とあるが、なにしろ、やっと死体が転がるのが、アメリカではよくあるのであろうと思われる離婚劇内幕の描写が150ペ−ジ続いた後なのだ。「すべての法廷スリラ−を越えた」ともあるが、開廷に向けて準備が始まるのは、この書のちょうど半分あたりまで読み進んでから。そして、この書自体は、辞書くらいの厚みがあるのだ。スト−リ−そのものには、意表を突くどんでん返しも、きちんと含まれてはいるのだが・・・物語の主眼である「法廷」で交わされるのは、論理の展開の面白さというより、主に自らの側を有利な立場に導く駆け引き、テクニックであり、その下にうごめくのは権力欲や、薄汚い下半身事情の描写。どうも読後感もすっきりしない。

【新潮社】
リチャード・ノース・パターソン
本体 3,200円
2000/09
ISBN-4105316028

「ジャンプ」
評価:A
 読んでいる間、後ろ向きに全力疾走する人を見るような、不思議な感覚にとらわれ通しだった。あるいは懐にもぐり込んだ著者に、脇腹をくすぐり続けられるような感覚。
物語は、ある人物の、突然の失踪の理由を探るという実にシンプルなものだ。そして、起こっているのも、全く普通の日常の出来事ばかりなのに、どこかでボタンをかけ違った主人公は、事象の流れを踏み外して、奇妙な蟻地獄に捕らわれたように、「真相」にさっぱり辿り着けない。今日の日本の様式で描かれたカフカ的世界とも言えるかもしれない。こんなミステリ−の書き方もあるのだなあ。してやったり、とほくそ笑む著者の顔が見えるようだ。あたかも「社会派」の小説であるかのような帯の惹句は問題あり。そんな話じゃないでしょ、これは?

【光文社】
佐藤正午
本体 1,700円
2000/09
ISBN-4334923240

「コフィン・ダンサー」
評価:A
 オマケでAにしたが、ちょっと、すっきりしない。「悪魔の涙」では、クルクルめくるめく境地に誘ってくれた終盤のどんでん返しが、今作では逆に足を引っ張って、着地で失速の感あり。最後にそんなせせこましい話をされてもなあ。まあでも、全体としては面白かったんで。変に「人間を描く」悪癖もなし、登場人物は精力的に動き回り、座り込んでの説明的な長話などもせず(犯人を追う側のリ−ダ−は、脊椎の損傷で身を動かすのもままならない状態なのにもかかわらず!関係筋は見習って欲しい)犯罪をあくまでもメカニックに断ち割る世界観もカッコ良い!それにしても、この著者の描く「犯人」のキャラクタ−は、毎回、魅力的だ。「悪魔の涙」の。カチッ。ディガ−。には、かなわないが。

【文藝春秋】
ジェフリー・ワイルズ・ディーヴァー
本体 1,857円
2000/10
ISBN-4163195807

「Alone Together」
評価:E
 お定まりの「今日の若者たち」の世界。その種の物語における若者にありがちな「多感な」性格を付与された若者たちは登場し、どれほど傷ついているか、それがいかに社会のせいか、そしてそれに対する無理解のせいで、どれほど傷は深くなっているかに関する台詞を、ただ繰り返す。大人たちもまた、入れかわり立ちかわり、人生がいかに自分を傷つけたかについての独白を、ただ述べる。実際、身の上話をするためのみに現れ、去る作中人物は、一人だけではないのだ。そして、世界への対峙を誤った人々への、手垢の付いた説教群。冒頭に示された「謎」も、主人公の「能力」話も尻すぼみと終わり、淀み続けたスト−リ−は結局、古ぼけたテレビドラマの如き結末を迎える。終盤、「神の登場」が気恥ずかしい。

【双葉社】
本多孝好
本体 1,400円
2000/10
ISBN-4575234028

「雨の鎮魂歌」
評価:C
 この物語を、ネタバレさせずにどう語ったらいいのかと、途方に暮れるのだが・・・ただ、スト−リ−展開や「謎解き」を、登場人物のセリフによって延々と語らせ、説明する小説を、私は決して高く評価する気にはなれない、とだけは言っておきたい。(毎度、こればかり言ってますが、でも、ほんと、納得できないんで)で、本題。描かれた少年たちの世界の生々しさはどうだ。メンタル面もフィジカル面も。彼等の体臭までが伝わってくるようだ。著者は何故、こんな感覚を覚えていられたのか?そして、むしろそんな少年たちにこそふさわしい、著者の過剰な思い入れが物語を覆っている。冷静に振り返れば、良くできた物語とも思えるのだが、それが、そんな思い入れの奔流に水没してしまった感がある。

【幻冬舎】
沢村鐵
本体 1,800円
2000/10
ISBN-4344000269

「生への帰還」
評価:B
 サスペンス小説、というには気温も湿度も高い。鋭角というよりは鈍角の切れ口。厚ぼったく淀んだ空気の中で登場人物たちは、大切な人の死に真っ正直に泣き崩れ、思い出にすがりつき、助けが欲しいと神に祈る。雑多な人種構成が示され、彼らの「血縁」へのこだわりが語られる。多くの小説の中の銃器や車がそうあるように、音楽もまた、細かく「銘柄指定」される。「ソウル風の曲」ではなく、何の誰それのどのアルバムに入っている何という曲、という具合に。その他、日常雑貨、食物、性などなどがそんな具合に、まるで何かの目印のように物語中に刻印されてゆく。「人種の坩堝」たる合衆国において失われて久しい、「一族の神話」の蜃気楼をまさぐらんとする人々のあがきを描いた物語と思う。犯罪は、その上に浮かんで出た気泡のようなもの。

【ハヤカワ文庫】
ジョージ・P・ペレケーノス
本体 940円
2000/09
ISBN-4151706569

「神様がくれた指」
評価:C
 合法、違法、あるいは実業、虚業を問わず、特殊技能を中心に据えた物語は面白い。この小説で言えば、スリ。その上この作品は、ありがたい事に登場人物はきちんと動き回り、人間関係を織り成し、スト−リ−を編んでゆく。登場人物の事情説明的セリフに頼りつつ、ではなく。主役も脇役も、そして敵役の秘めた「謎」の提示も、その真相が明らかにされてゆく過程も、十分魅力的だ。が、弱った事に著者は、クライマックスに至って、恋愛やら人と人の絆やらに関する感傷を物語に大量に注入してしまうのだ。湿度過多、ビショビショになった世界で、終局の「対決」もふやけたものに終わってしまう。この終わり方は残念。また、焦点がちょっとはっきりしないので、もっと「スリ」に視点を絞ってみるべきだったのでは?

【新潮社】
佐藤多佳子
本体 1,700円
2000/09
ISBN-4104190020

「社長ゲーム」
評価:B
 とにかく、著者の意見を2分割して登場人物AとBに割り振った、そんな会話がやたらと繰り返されるので、この調子で「経済学入門」を読まされるのは?と危惧したが、その経済論をきちんとドラマとして展開してくれたので、最後まで興味を失わず読むことができた。が、主人公が「経済」によって世界のすべてを読み解けると信じた結果、恋愛不能症、というか、ある種の人間関係不全に陥っている内面が明かされながら、それが掘り下げられずに放り出されたまま話が終わってしまうのはいかがなものか。その辺をコロッと忘れて「良質の事業が成功すれば、全ては丸く納まるのさ。わはははは」と、主要登場人物全員集合で青空を見上げて、爽やかに笑いつつエンドマ−クを出されてもなあ。

【講談社】
薄井ゆうじ
本体 1,900円
2000/09
ISBN-4062103133

「失恋」
評価:C
 読み終え、「失恋」というタイトルになっているが、さて?と首をひねる。収められているのは、どちらかと言えば、いったいどこが失恋なの?という作品群だ。だから、著者のあとがきに、<読んでいただく方によっては「失恋」の物語ではない、と感じられる方もいらっしゃるかも知れない>とあるのを見て、もっと広い意味で考えていいのだと納得。が。さて?「恋」といってもさまざまな意味があるから・・・では「失」の方で考えてみようとするのだが、何かを「失う」物語だろうか?出てくるのはむしろ、あらかじめ「失われた」人達ばかりのような気がする。などとさんざん頭を悩ました挙げ句、タイトルにこだわるのをやめて再読してみると・・・読んだ事のあるような物語が多いかなあ?と言う気もしてきたので。

【実業之日本社】
鷺沢萠
本体 1,400円
2000/09
ISBN-4408533858

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