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      「ジャンプ」

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    【光文社】
  佐藤正午
  本体 1,700円
  2000/09
  ISBN-4334923240
 

 
  今井 義男
  評価:B
  付き合っている女性にこんな失踪の仕方をされたらたまらない。理由もわからないままでは心の整理もおぼつかないし、途方に暮れるのも無理はない。三谷の心中を推し量るあまり、中盤までは南雲みはるの行動に対して批判的にならずにはいられなかった。しかしよくよく冷静に考えてみると、被害者面を装うまでは体よく二股恋愛を続けていたのだから、この男も決して誠意のある人間とはいえないのだった。いともたやすくしがらみを払い落とすみはるとは対照的に、熾火のような情熱を内に秘める鈴乃木早苗は三角関係の中で一人割を食っている。三者三様に言い分はあろうが、ここは再会後のみはるが得意満面に自身を語るにつれて、存在感がくっきり際立つ早苗の側に一票を投じたい。

 
  原平 随了
  評価:A
  明日の出張に備え、〈僕〉は、空港に近いガールフレンドのマンションに泊まったのだが、翌朝、目覚めると、彼女の姿はなかった――。一気に引き込まれてしまう秀逸な出だしだ。彼女は果たして、何処に消えたのか。そして〈僕〉は、彼女を探して何処に向かうのか……。
〈僕〉も、読み手も、ある時点で、取り返しのつかないミスを犯していることに気づかぬまま、不安と焦燥を引きずって、物語の闇の中を手探りで彷徨うことになる。本格的なミステリーのように緻密に伏線が張り巡らされ、展開は謎が謎を呼び、読み進めるほどに闇は深まるばかり。
それでも、これはミステリー小説ではないから、ラストで、いかに見事に謎解きがなされていようとも、物語の着地点で感じる喪失感は、たまらなく深くて重い。

 
  小園江 和之
  評価:C
   こういう小説をどう受けとめていいものか、正直言ってよく分からない。たしかに複数ある選択肢の中から選んだ結果としての現在の自分を、肯定できるかどうかという問いはあってもいいと思う。しかし、それを突きつけられたところでどうしようもないよなあ、とも思う。過去に拘泥し、もしあの時こうしていたら、などと愚痴り暮らすほど老いてはいないが、山のように選択肢が残っているほど若くもない。積極的にだろうが何となくにだろうが、選んだツケが自分にまわってくるのは当たり前だし、現状をひとまず受け容れなければ前に進めないことも分かってはいる。自分がそんな年齢だからこそ、しみじみとした読後感があふれてくるんだろうけど……二十代のころに読んだら説教くさいと感じたかもしれない。

 
  松本 真美
  評価:A
  この、せつなくてやるせなくていとおしくて後味が悪くて心地よくていらいらしてすっ きりする読後感はなんだろう。とにかく、この後しばらく他の本を読みたくなかった。 新刊採点本の中の1冊として出会ったのが残念、と思ったくらい。
『Y』もそうだったが、これもif小説。毎日の暮らしには無限の分岐点あって、意識的にも無意識にも、それをセレクトし続けることが人生っつうもんなんだろうけれど、ふと過去のある分岐点の自分を振り返ったときに感じる気持ち、もしかしたらこの小説の読後感と同じなのではないか。そしてそれを引きずりながらも、人は正解の見えない日常を生きるしかないのだ、時にジャンプ願望を抱きながらも…なんてな。ちなみに、私は粘着質、且つ諦めの早い人間なので、何かを選んで後悔したとき、よく「ちぇっ!違う道を選んだパラレルワールドの自分は今頃よろしくやってんだろーな。今に見返してやる!とりあえず次行くぞ、次!」と思う。…ヘンですか?

 
  石井 英和
  評価:A
   読んでいる間、後ろ向きに全力疾走する人を見るような、不思議な感覚にとらわれ通しだった。あるいは懐にもぐり込んだ著者に、脇腹をくすぐり続けられるような感覚。
物語は、ある人物の、突然の失踪の理由を探るという実にシンプルなものだ。そして、起こっているのも、全く普通の日常の出来事ばかりなのに、どこかでボタンをかけ違った主人公は、事象の流れを踏み外して、奇妙な蟻地獄に捕らわれたように、「真相」にさっぱり辿り着けない。今日の日本の様式で描かれたカフカ的世界とも言えるかもしれない。こんなミステリ−の書き方もあるのだなあ。してやったり、とほくそ笑む著者の顔が見えるようだ。あたかも「社会派」の小説であるかのような帯の惹句は問題あり。そんな話じゃないでしょ、これは?

 
  中川 大一
  評価:B
  27歳で高校教員から角界に転じた智乃花が、引退の崖っぷちにいるらしい。いま36歳の関取は言う、「人生は一度しかない。悔いを残さないのが大切」。こんな新聞記事が目にとまるのは、長年会社勤めをしてると、「これでええんやろか?」という疑問が頭をもたげてくるからだ。そう、本書もまた、堅実・ビジネス・安定・サラリーマン路線と、理想・自己実現・漂流・芸術家路線との対立を暗示している。のっけから主人公のガールフレンドが失踪し、そのわけを追ううちあっという間に読み終わる。でも謎解きは眼目ではない。失踪から5年、若手だった主人公は課長になり、大きなプロジェクトも成功させる。では、出世の影で主人公が見逃したものは何か? それを読者に突きつけることが肝なのだ。

 
  唐木 幸子
  評価:B
   前半、とにかく腹の立つ女が出てくる。失踪した南雲みはるの姉のことだ。恋人に突然去られて呆然の主人公・三谷を最初から喧嘩腰で怒鳴りつけ、人の話を良く聞かず、とにかく居丈高。みはるが自分の意志で失踪したらしいことが判明すると途端に、三谷と会うのも拒む。こやつを殴りつけない三谷は偉い。
 、、、と怒りも冷めない後半、なぜ南雲みはるが三谷の元を去ったのかが徐々に明らかになって来る。
 確かに、誰でもこんな経験はあるのだろう。『あの時、あんなことがなければ、今、こんなことにはならなかった』という小さな出来事の積み重なりで毎日をすごしているようなものだ、と私自身、読後に感じた。でも忙しい時に読むと、「そんなん当たり前じゃ、それがどうした!」とムっとなるので避けよう。

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