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中川 大一の<<書評>> |
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「子供の眼」
評価:A
そうかあ。高給取りの嫁さんと離婚して子供をこっちの手元に置くと、養育費ををたんまりもらってぶらぶら暮らせるんだ。いやあ羨まし……ハッ、いかんいかん。下司野郎の敵役に肩入れしてどうする。やり直しっ。冒頭から、マイノリティの配役・家族の崩壊・主人公のトラウマと、アメリカン・ミステリお約束3点セット(いま考えたの)が登場。先月評価Dの『この世の果て』を髣髴とさせる。いやな予感。だがその杞憂も、陪審員の選定が始まるとぶっ飛ぶ。自殺か殺人か。有罪か無罪か。公判での丁々発止の攻防に、ぐいぐい引き込まれる。絶対確実なはずの証言も、有能な検事の弁舌に攻められると夏の陽炎より頼りない。いかにも無理のある証拠も、手だれの弁護士次第でぐっと現実味を帯びる。量刑のための「真実」って、法律家のパフォーマンスによって「創り出される」んだねえ。巻末に明らかになる真相は意外ではない。でもそれは、本書が、アクロバティックな謎に頼るような際物じゃないことの証左なんだね。
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【新潮社】
リチャード・ノース・パターソン
本体 3,200円
2000/09
ISBN-4105316028 |
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「ジャンプ」
評価:B
27歳で高校教員から角界に転じた智乃花が、引退の崖っぷちにいるらしい。いま36歳の関取は言う、「人生は一度しかない。悔いを残さないのが大切」。こんな新聞記事が目にとまるのは、長年会社勤めをしてると、「これでええんやろか?」という疑問が頭をもたげてくるからだ。そう、本書もまた、堅実・ビジネス・安定・サラリーマン路線と、理想・自己実現・漂流・芸術家路線との対立を暗示している。のっけから主人公のガールフレンドが失踪し、そのわけを追ううちあっという間に読み終わる。でも謎解きは眼目ではない。失踪から5年、若手だった主人公は課長になり、大きなプロジェクトも成功させる。では、出世の影で主人公が見逃したものは何か? それを読者に突きつけることが肝なのだ。
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【光文社】
佐藤正午
本体 1,700円
2000/09
ISBN-4334923240 |
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「コフィン・ダンサー」
評価:A
浜やんがなかなか課題図書を送ってこないので、近所の図書館に出かけた。そこで本書を検索してみたら、予約待機者12人だって\(◎o◎)/!=
さすが映画化された『ボーン・コレクター』の続編、これじゃ年内には借りられないよ。すごすご。まず、巻頭の「つかみ」がうまい。読者の予測に軽く蹴りを入れつつ、一気に物語に引きずり込む。「ダイ・ハード3」の感触。あとはもうドラマティックな展開の連続、息つく暇もない。細かく見るとご都合主義の部分もあるんだろうが、考えてるうちに「どかん!」と事件が起こるから、とにかくページをめくっちゃう。ちょっとサービスしすぎの気もするけど。これだけの人数を登場させながら、ノッペラボーの端役ってのがいない。ほとんどの人物にそれらしい性格づけをほどこし、きっちり書き分けている。私ゃ二丁拳銃のベル刑事ってのが気に入ったよ。いやー、先月は『悪魔の涙』をB級映画だなんて言ってすまなかった。今回はハリウッド超大作へ、二階級特進!
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【文藝春秋】
ジェフリー・ワイルズ・ディーヴァー
本体 1,857円
2000/10
ISBN-4163195807 |
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「Alone Together」
評価:D
他人の心を覗いてみたい。下賤だけれど、誰にでもある欲望。これまでも多くの本が扱ってきた題材だ。夢枕獏のサイコダイバー・シリーズしかり、筒井康隆の七瀬三部作しかり。【ネタバレ注意】本書の主人公もまた不思議な能力を持っている。会話の相手と波長を合わせると、自他の垣根が取っ払われてしまい、相手はとうとうと内面を語り出すのだ。我が子を心配しているかに見える母親が、実は自分の体面にこだわってるだけだとか。しかし、この仕掛けは分かりにくい。そもそも心って、自分でもよく分からないでしょう、どこまでが建前でどこからが本音だとか。それがこんなにするすると吐き出されるのは、神である作者があらかじめ答えを用意していたから。それを読者に気取られちゃあ興ざめだ。
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【双葉社】
本多孝好
本体 1,400円
2000/10
ISBN-4575234028 |
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「生への帰還」
評価:C
音楽と車に関するうんちくを思い切って剥ぎ取ってみると、驚くほどシンプルなストーリーが浮かび上がる。殺人と報復。だから読みやすく、すいすい進む。500ページ以上あるとは思えない。構成も緩急が効いている。被害者の親族が内奥に抱えた思慕と苦悩。犯人たちがそっと研ぎすます、次なる牙。これらが交互に描かれることでリズム感が出ている。でも、早く読ませる技術はすごいとは思うが、物足りなくもある。レストランでの人間模様とか、底意地の悪い牧師とか、一つ一つのエピソードはうまくても、主脈と絡んでこないので読み飛ばしちゃう。カーペンターズとアバ(むかしファンでした)、ホンダとトヨタ(日本車でしょ)しかピンとこないこちらが無知なのかもしれないが(俺って弱腰?)。
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【ハヤカワ文庫】
ジョージ・P・ペレケーノス
本体 940円
2000/09
ISBN-4151706569 |
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「炎の影」
評価:C
ヤクザのくせに正義漢の主人公。はしっこい舎弟と度量のある兄貴。昔気質で頑固者のお袋さん。ヒロインは、過去に何やら因縁を持つらしい芯の強い女。湿っぽいナニワ節だなあ。でも、嫌いじゃないんだな、これが。パターンかもしれないがみんないい味出してるよ。特に、舎弟のアキラが去るシーンは泣ける。でもこの主役、自分は頭が悪いから身体で勝負、なんて言ってるわりに、始終「あっ」とひらめいちゃあ真相にぐんぐん近づいていく。ずるいぞっ、切れ者のくせにアホのふりするなんて。読者がついていけないじゃないか。最後に、とっても書きにくいことなんですけどぉ……76ページの「外陰茎」って、「大陰唇」の間違いじゃないのかね。ストリップの場面だぜ? 本年度の誤植大賞に決定?
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【角川春樹事務所】
香納諒一
本体 1,900円
2000/09
ISBN-4894569035 |
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「神様がくれた指」
評価:B
スリと占い師の不思議な友情。ベタつかずそっと見守るような、でも相手のことがとっても気になる感じ。ありそうもない話だけど、読んでて不自然ではない。登場人物の数がちょうどよいから、読者がすみずみまで見渡せる。ただ、この書き出しだと大体結末の予想はつくわけで、もう少し中程をカットしてサッと終わらせた方がよかったかも。それにしても、集団スリってこんなふうにやるのか。内ポケットにボタンを掛けようが鞄のジッパーを確かめようが、これじゃあダメだ。俺なんていっつも注意散漫だし、特に東京出張の時が剣呑。不案内だとすぐ巻かれちゃう。ああ周りが皆スリに見えてくる(東京の人ゴメン)。読んだ人の後の行動に影響を及ぼすなんて、描写にそれだけ真実味があるってことだね。
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【新潮社】
佐藤多佳子
本体 1,700円
2000/09
ISBN-4104190020 |
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「社長ゲーム」
評価:E
作者はよく勉強している。舞台となる蒟蒻(こんにゃく)会社の業態。主人公が資本を稼ぐ、ラスベガスのカードゲームの内幕。中盤に出てくる自己啓発セミナーの実情。だけど、どれもそれぞれの情報や資料を引き写しにしたようで、小説の描写としてこなれていない。一方、会話もかなりの説明調。「 」を外せばそのまま地の文になるんじゃないかと思えるくらい。ああ、石井採点員のしかめっ面が目に浮かぶ(会ったことないけど)。タイトルから分かるように、作者あるいは主人公は、ビジネスや人生をゲームに喩えようと懸命だ。しかし、その比喩自体は陳腐なものだし、会社経営と賭博を重ねることで何が見えてくるのかが伝わってこないんだ。前作『社長物語』(講談社)を評価してた人、どう思います?
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【講談社】
薄井ゆうじ
本体 1,900円
2000/09
ISBN-4062103133 |
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「失恋」
評価:C
嘉門達夫の「鼻から牛乳」って名曲、ご存じでしょうか? 二股をかけてる男が、一人の女がシャワーを浴びてるうちに別の女に電話する。シャワーから出てきた女がその様子に気づき、「リダイヤルしても、いい?」。長々と紹介したのは他でもない、この小説集のうち3篇目の「記憶」が、同じネタを扱ってるんだ。音楽と文学、分野は違っても心の琴線に触れるのは同じなんだねえ(笑)。作者が二股男をこてんぱんにやっつけてないのでホッとした(別に私が二股かけてるからじゃないぞ)。そういやパール調のこの装幀、『炎の影』や『川の深さは』と同じ多田和博氏なんだ。本によってこれほどコロっと雰囲気変えるなんて、お見事。えっ、中身に全然触れてない? ご明察、苦手なんだ、恋愛小説。
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【実業之日本社】
鷺沢萠
本体 1,400円
2000/09
ISBN-4408533858 |
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