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      「生への帰還」

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    【ハヤカワ文庫】
  ジョージ・P・ペレケーノス
  本体 940円
  2000/09
  ISBN-4151706569
 

 
  今井 義男
  評価:B
  殺伐とした犯罪小説には何度かはまりかけたことがある。毒に引き寄せられるような抗いがたい誘惑は本書にも色濃くある。こいつらはなんでこんなに簡単に人を殺せるのかという思いと同時に、他国の荒廃ぶりを高みから見物しているかのごとき後ろめたさもないではない。肉親を喪った者同士が寄り添う姿に、過剰な自意識の発露が臭うなどと発言したなら人でなしのように非難されるのだろうなきっと。アメリカ製の小説には、やたらと家族という単位に固執する人物が登場する。最近の日本も追随気味ではあるが、結局<家族>と<そうでない者>との分別は他者の権利や命に優先順位をつけることに他ならないのではないか。加害者側のオーティスやファロウの、身内へのこだわりに眉をひそめる向きは天に唾する己に気づくべきだ。

 
  小園江 和之
  評価:A
   リベンジものではあるが、謂れのない暴力により家族を失った人々の悲しみがひしひしと胸にせまってくる。主人公が勤めるバーの同僚たちの仕事ぶりが細密に描かれているが、そういった当たり前の生活がどんなに大切なものかを思い知らされる。法律のおよばない所などそこら中に存在しているのだし、生きて普通に生活していけるかどうかなど、ほんのちょっとした運の問題だという気すらしてくる。もちろん銃があふれ返ってる国だからこその筋立てではあろうが、人間が集まり暮らす以上、こうした日常と隣り合わせの危機はかならず生じてしまうんだろうな。弾が当たらないのは映画のヒーローだけだからね。会話と地の文とのバランスがよく、とっても読みやすいので翻訳小説が苦手の向きにも無理なく読めると思う。しかしこれ、映画化してくんないかなあ。主人公はちょっと思いつかないけど、フランク・ファロウ役ならゲイリー・オールドマンにやって欲しいぞ。

 
  石井 英和
  評価:B
   サスペンス小説、というには気温も湿度も高い。鋭角というよりは鈍角の切れ口。厚ぼったく淀んだ空気の中で登場人物たちは、大切な人の死に真っ正直に泣き崩れ、思い出にすがりつき、助けが欲しいと神に祈る。雑多な人種構成が示され、彼らの「血縁」へのこだわりが語られる。多くの小説の中の銃器や車がそうあるように、音楽もまた、細かく「銘柄指定」される。「ソウル風の曲」ではなく、何の誰それのどのアルバムに入っている何という曲、という具合に。その他、日常雑貨、食物、性などなどがそんな具合に、まるで何かの目印のように物語中に刻印されてゆく。「人種の坩堝」たる合衆国において失われて久しい、「一族の神話」の蜃気楼をまさぐらんとする人々のあがきを描いた物語と思う。犯罪は、その上に浮かんで出た気泡のようなもの。

 
  中川 大一
  評価:C
  音楽と車に関するうんちくを思い切って剥ぎ取ってみると、驚くほどシンプルなストーリーが浮かび上がる。殺人と報復。だから読みやすく、すいすい進む。500ページ以上あるとは思えない。構成も緩急が効いている。被害者の親族が内奥に抱えた思慕と苦悩。犯人たちがそっと研ぎすます、次なる牙。これらが交互に描かれることでリズム感が出ている。でも、早く読ませる技術はすごいとは思うが、物足りなくもある。レストランでの人間模様とか、底意地の悪い牧師とか、一つ一つのエピソードはうまくても、主脈と絡んでこないので読み飛ばしちゃう。カーペンターズとアバ(むかしファンでした)、ホンダとトヨタ(日本車でしょ)しかピンとこないこちらが無知なのかもしれないが(俺って弱腰?)。

 
  唐木 幸子
  評価:A
   冒頭で、強盗殺人の逃走の巻き添えを食ってそれはそれは可愛らしい5歳の男の子が、轢き殺されてしまう。本当に読むのも辛い部分だ。そこから先の読者の関心はただ一つ。残されて悲嘆のどん底にいる父親のディミトリ・カラスが、息子を奪った憎き犯人を八つ裂きに出来るのかどうか。頑張れ、カラス!
 同じ事件で大切な人を失った遺族の集まりの哀しさや殺人者集団の悪人ぶり、カラスを支える調査員のステファノスの人間性などにリアリティがあって話にぐんぐん引き込まれる。ストーリーには直接関係ないが、暴力夫に殴られて痣を作りながらも毎日、明るく働きに出てくるマリアには泣かされた。
 苦しみながらも信じあい助け合う人間同士の強さに焦点を合わせた胸に迫るハードボイルドだ。

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