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      「失恋」

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    【実業之日本社】
  鷺沢萠
  本体 1,400円
  2000/09
  ISBN-4408533858
 

 
  今井 義男
  評価:A
  生まれてこの方、男女の恋愛を描いた作品は頑なに避けて通ってきた。自慢ではないが、我々の世代なら必修ともいえる『ある愛の詩』も『ロミオとジュリエット』も『個人教授』も観ていない。これが小説となると題名を知っているものさえほとんどない。従ってこの『失恋』が記念すべき第一冊目の恋愛小説体験である。思っていた以上に面白かった。人が殺されない物語もたまには読んでみるものだ。<恋愛沙汰>には男も女も大量のエネルギーを消費するのだということがよくわかった。やっぱり私は一人で本を読んでるほうが性に合っている。この作家は以前に小説誌のホラー特集で短編を一作読んだきりだ。祖父が切り盛りする居酒屋にまつわる心に染み入るような怪談だったと記憶している。当たり前すぎることだが、才能のある作家にはジャンルの垣根など無意味なのである。

 
  原平 随了
  評価:C
  今回、この『失恋』という短編集を手に取ってみて、鷺沢萠を読むのは実はこれが初めてであるということに気づいた。それなのにと言うか、やっぱりと言うか、この中で描かれている恋愛話が、ほとんど何の違和感もなく、つるりと読めてしまう。
それだけ、癖のないすっきりとした恋愛小説だということなんだろうが、逆に言えば、ここで描かれている恋愛には、迫力とか濃密さとかいったものが、ほとんど感じられない。
そんな物足りなさはあるとしても、恋愛の痛みのようなものを、上手に漂わせているのは確かだと思う。特に、『欲望』という中編のラストは、男と女の気持ちの距離感のようなものをズキンと感じさせてくれて、秀逸だ。

 
  小園江 和之
  評価:B
   恋というのは理不尽な感情なのだろうと思う。分別をわきまえた社会人も恋愛の前ではただの阿呆に成り下がり、おのれの理性と矜持をねじふせながら相手になにものかを与えようとする。だが、その与えるという行為がもしも自分の欲望の産物に過ぎなかったとしたら? それでも人は恋をする。これは大変に心身のエネルギーを消耗することだと分かっていながら、自分はなにゆえにこの関係を維持したがっているのか? そいつが見えたときに恋は失われ、あとは未練に楔を打ち込んで幕を引くだけ。この本に出てくる女性たちが涙しながらも自らピリオドを打ち、次の一歩を踏みだす様子はいさぎよい。彼女達に比べると……なんだか男は情けない。最後の一篇、ほろ苦くて洒落たショート・ショートも素敵です。

 
  松本 真美
  評価:B
  失恋がキーワードの短中編集。なんとな〜く1冊読んだだけで今まで敬遠していた作家だったが、巧いなあと思った。「記憶」がいちばん好き。出てくるふたりは好きじゃないが、こんなことってあるんだろうなと思わせ、でも展開はありがちじゃなくて、最後はカタルシス感あり。「欲望」も内容に目新しさは感じなかったが、語り手の位置と捉え方がちょっと新鮮だった。
でも一番気に入ったのはあとがき。作者には失礼か。基本的に小説のあとがきは好きじゃないが、これは例外。先日、若い男性にメールで「恋と愛の違いって何?」と聞かれ妙に動揺したからかも。そうそう、恋って面倒くさいんだよ、出来れば距離を置きたいんだよ、私もずっとそう思ってた。今度、この人のエッセイ読んでみよう。

 
  石井 英和
  評価:C
   読み終え、「失恋」というタイトルになっているが、さて?と首をひねる。収められているのは、どちらかと言えば、いったいどこが失恋なの?という作品群だ。だから、著者のあとがきに、<読んでいただく方によっては「失恋」の物語ではない、と感じられる方もいらっしゃるかも知れない>とあるのを見て、もっと広い意味で考えていいのだと納得。が。さて?「恋」といってもさまざまな意味があるから・・・では「失」の方で考えてみようとするのだが、何かを「失う」物語だろうか?出てくるのはむしろ、あらかじめ「失われた」人達ばかりのような気がする。などとさんざん頭を悩ました挙げ句、タイトルにこだわるのをやめて再読してみると・・・読んだ事のあるような物語が多いかなあ?と言う気もしてきたので。

 
  中川 大一
  評価:C
  嘉門達夫の「鼻から牛乳」って名曲、ご存じでしょうか? 二股をかけてる男が、一人の女がシャワーを浴びてるうちに別の女に電話する。シャワーから出てきた女がその様子に気づき、「リダイヤルしても、いい?」。長々と紹介したのは他でもない、この小説集のうち3篇目の「記憶」が、同じネタを扱ってるんだ。音楽と文学、分野は違っても心の琴線に触れるのは同じなんだねえ(笑)。作者が二股男をこてんぱんにやっつけてないのでホッとした(別に私が二股かけてるからじゃないぞ)。そういやパール調のこの装幀、『炎の影』や『川の深さは』と同じ多田和博氏なんだ。本によってこれほどコロっと雰囲気変えるなんて、お見事。えっ、中身に全然触れてない? ご明察、苦手なんだ、恋愛小説。

 
  唐木 幸子
  評価:B
   読者は本を開きながら、ふと顔を上げて、これまで自分が経て来た恋とその結末について、忘れていたことを沢山思い出す、そんな感じの1冊だ。4つの物語それぞれがとても丁寧に書かれているが、私は『記憶』が印象に残った。複数の女を操って貢がせて平気な医学生、政人という男が出てくるのだ。
 これまで、男に貢ぐ女を描いた小説では森瑶子や山口洋子の作品があった。これらの小説では女たちは、もう貢げなくなるトコトンまで貢ぐ。もう、読んでいて情けなくなるくらい。しかし、『記憶』の主人公、樹子は冷静に局面を判断しつつ、自分の力で踏みとどまる。今現在、しょうもない男に貢いでいる女の人たちに読んで欲しい。いとしさが残っていても別れられるよ、一番大事なのは自分だと気が付けば。

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